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ピンポーン、よくある家のインターホンの音が鳴る。この家に訪れるようになって初めて聞く音に警戒を強める。
「バボ、大丈夫だから。そのデリンジャーは仕舞ってて。」
腰に仕舞っていたそれに手を掛けていたことを彼女は気付いていたようだ。
「まぁ、見ててよ。」
口端を上げ心なしか楽しそうにPCの操作を始めた。
大きな三つのモニターが十六分割されこの家の周辺と室内の様子が映し出される。さらにノートPCも起動させた。その様はかの鈴木次郎吉も顔負けだ。
忙しなくキーボードを叩く音はいつもと違う音だ。今回は名前さんの護衛が僕の任務であるから、本来ならば率先して排除に取りかからなければならないのだが彼女がこれから行うことに期待しているのが実のところだ。

「…ビンゴ。この人最近この辺で空き巣を繰り返してた人だよ。」
大きなモニターの一つに男の顔が映し出される。半分はどこかの防犯カメラの画像だろうか。梓さんから話は聞いてはいたがこんなに早く会うことになるなんて。
インターホンへの応答がなく室内の明かりも点いていないことから留守と判断したのだろう。門に手が触れた刹那、男の汚い悲鳴が住宅街に響く、慌てて手を口にもっていくが時すでに遅し。
「高圧電流ですか。」
「いつもはすぐ引っ越しちゃうけどバボのおかげでしばらくここに住めそうだからいろいろいじってみた。ちゃんと対人間用に改良してあるよ。」
男は少しの間その場で蹲っていたが意を決してもう一度門に手を掛ける。
「馬鹿なんでしょうか。」
もう一度痛い思いをするだけなのに。僕なら他の入り口を探すかこの家は諦める。しかし僕の思いとは裏腹に門はキィと高い音を立て開いた。
「なぜ、切ったのですか?」
「この先にも面白い仕掛けがあるから。」
男はドアに手を掛ける手を一度引っ込め深呼吸をしてから手を掛ける。
「ここには何の仕掛けもないのですか?」
「本当は高温に熱しようかと思ったんだけど、ここでもう一回何かしたら帰っちゃうかもしれないでしょ?」
合衆国の某留守番映画か、という突っ込みは飲み込んだ。というか追い返す為の防犯装置ではないのか。振り向いた彼女の顔はまるでいたずらっ子のようだった。

玄関まで入り込んだ残念な男に待ち受けるは天井からの小麦粉シャワー。からの水。
「これは…掃除が大変そうですね。」
「頑張って。あ、次はバボの出番だよ。」
あんな目に遭ったにもかかわらず歩を進めようとする空き巣犯に呆れを通り越し尊敬の念さえ覚え思わず笑みが零れた。水を掛けられると同時に落とされたロープに彼は気付いていないようだった。
「…Good boy.」
足を踏み入れた先には輪になった縄。
「うわぁぁぁあ!」
この家に狙いを定めたために男は汚い悲鳴を二度も上げる羽目になった。モニターに映し出されるは片足をロープに吊られ天地が逆転した惨めな犯人の姿だった。
ぽん、と肩に手を置かれ、それはそれは良い笑顔で。
「回収よろしくね。」
「わかりました。正直まだあるのかと思いましたが。」
「だって、これ以上家の中に入られたくないしバボが片付け大変になっちゃうからね。」
思わずため息が出てしまったが地下室から出て間抜けな男の前に立つ。
「初めまして。慎重で計画的なウカンムリさん。あなたがここにいることは僕にとってとても都合が悪いんですよね。なので早く出て行ってもらえますかね。」
縄を解きながら先程の彼女の笑顔を模倣しとてもいい笑みで犯人に語りかけた。
「な、なんで男がいるんだ!ここには少女が一人で住んでいたはず!」
「ほぉ、一応調べてはいたようですが及第点ですね。これに懲りて二度と空き巣などしないことをおすすめしますよ。」
次はどうなるかわかるな。と防犯カメラの音声に載らないよう耳元で囁く。
「…ひぃっ。」
ばたばたと慌てて外に出た男の後に続く。門に手を掛けた男の体が痺れるのをもう一度見ることになるとは思わなかったが。
「全く。いたずらなお姫様だ。」
きっとモニターの前で笑っていることだろう。今日は愉快な思いが出来た。足取り軽く家から少し離れたところで携帯を取り出す。
「僕だ。杯戸町二丁目付近に小麦粉塗れの男がいる。そいつは手配中のマル被だ。確保を頼む。」
城に一人残してきた姫の元へ戻ろうと踵を返した。先程ポケットに仕舞ったばかりの携帯が震える。
「もしもし、バボ?玄関の片づけは今度でいいから今日はそのまま帰っていいよ。」
「名前さんですか。いつ僕の携帯の番号を?というかあなたにそう言われてもこんなことがあったというのに一人に出来ませんよ。」
「番号はベルに教えてもらった。もう犯人捕まったし、バボもやることあるでしょ。私も一人になりたいし。」
「そうですか。では今日はそのまま失礼します。」
はーい。と呑気な返事を聞いて通話を終える。やることあるでしょ、か。少し引っかかるが、庁舎に戻り書類を片付けたかったため彼女の提案を受け入れることにした。