18

「バボ、頭痛い。」
僕が彼女の護衛を始めてから早三ヶ月。共同任務も幾度となくこなし空き巣襲来などのイベントも共に楽しんだ僕達の間には絆のようなものが生まれつつあり彼女の信頼も得られたと自負している。そんな折、名前から前述のような申し出があった。外は今にも雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空だ。
「気圧の変化ですかね。今日はお仕事はやめにして横になっていてください。」
キッチンに立っている僕の服の裾を弱々しい力で掴む姿は庇護欲をそそられる。
「名前さん?」
「…一緒にいて。」
信頼を得られた、とは言ったが壁が全くなくなったわけではなかった。ここまで素直に甘えられる日が来るとは。捉え所のなかった初対面の時とは大きな違いだ。まるでずっと世話をしていたノラ猫が初めて膝に乗ってきたような喜びが身体を駆け抜ける。
「わかりました。ダージリンティーをご用意しますので少し待てますか?」
「…うん。」
少しの間の後ぎゅっと腰に抱きついてきた。
「…っ、名前さん。申し訳ないですが動きますよ?」
彼女は動く僕を意に介さずくっついたままだった。

やかんに水を入れ沸騰させる。茶葉の入っていないティーポットに熱湯を注ぎ入れ温める。今回は大きめの茶葉を使用するのでティースプーンに山盛り一杯を湯を捨てたティーポットに入れる。改めて湯を入れ蓋を閉めてからじっくり四分間蒸らす。

「まだぁ?」
のんびりと支度をしているように見えたのだろう痺れを切らした彼女にぎゅうっと先程より強い力で掴まれる。
「もう少しです。」
ジャンピングを見届け、スプーンで一混ぜ。茶漉しで茶葉を濾しながらカップに注ぎ入れる。完璧な一杯の出来上がりだ。
「ここで飲んでいかれますか?」
「うん。」
「暑いので気を付けてくださいね。」
偏頭痛に少量のカフェインは症状の緩和に効果的だ。ふぅふぅと少し冷ましてから一口。ほぅと眦を下げた。
「おいしい、ありがとうバボ。」
「それでは寝室へ行きましょうか。」
小柄な体躯を抱え上げる。彼女は驚きの表情でこちらを見る。
「えっ、なんで、自分で歩けるよ。」
「階段の昇り降りでも偏頭痛は悪化するんです。落としたりしませんから大人しく抱っこされていてください。」
「…ぐぅ。」
「なんですか。」
「ぐぅの音ってやつ。」
「よく知っていましたね。いい子ですね。」
頭を撫でてあげると恥ずかしそうに僕の胸に顔を埋めてきた。
寝室に入りまず遮光カーテンを全て閉める。名前をベッドへ降ろしタオルで包んだ保冷剤を額に添える。
「きもちいい。」
「お気に召していただけて良かったです。眠れますか?」
「…多分ムリ。」
「では目を閉じていてください。目を閉じ横になるだけで疲労は軽減するといいます。」
「あのときのバボみたいに?」
「気付いていたんですか。」
心拍と同じリズムで軽く叩く。
「ゆりかごのうたを カナリヤがうたうよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ。」
「何それ。」
閉じていた桑色がこちらを凝視する。
「日本伝統の子守唄ですよ。こうやって母親に歌ってもらうと眠ることが出来るそうですよ。」
「そうなんだ。バボは歌も上手なんだね。」
再び目を閉じて口角を上げた。そのまま子守唄を歌い続けると規則正しい呼吸音が聞こえ始めた。
「おやすみなさい。名前さん。」
可愛らしいわがままと寝顔を見たことで束の間の安らぎを感じた。出来る限り彼女の分の仕事も終わらせておこうと寝室を後にした。