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私の死を偽装した翌朝、降谷さん早くからバーボンとして家を出て行った。帰りは遅くなるだろうからあまり気にしないように、と言い残して。
ベッドにいる相棒をリビングに連れ出し本を読み耽る。降谷さんに与えられた新しい携帯端末が陽気な音を鳴らした。
「風見という男がそちらに向かっています。眉毛が特徴的な真面目くん、怪しい者ではないので入れてやってください…。」
メッセージを読み終わると同時にインターホンが鳴った。モニター越しに訪問者の確認をすると噂に違わぬ件の男が真っ直ぐカメラを見つめていた。
「…眉毛もだけど、まずメガネって言わないかな。」
少しだけその男を観察してから返事をする。
「風見と申します。」
返事まで真面目だ。はーい、と適当に返事をし下の鍵を開けた。数分後今度は部屋のインターホンが鳴ったので解錠した。
「初めまして。名前さん。初対面で失礼かと思いますが、確認もせず鍵を開けるのは如何なものかと。」
「ごめんなさい。」
風見は一度驚いた顔を見せたがすぐに真面目そうな顔に戻った。
「いえ。私だからよかったものの…。一応降谷さんには報告させてもらいます。」
降谷さんが身体的特徴ではなく、”真面目くん”とわざわざ紹介したのも頷ける。上司に忠実な真面目くん。これ以上の説教は面倒なのでこれで終わらせようと部屋へ招き入れる。
「まあまあ、話しは中で。」
「…失礼します。」
風見さんは怪訝そうな顔を見せながらものっそりと足を踏み入れた。ソファに座らせウエルカムドリンクとしてコーヒーを淹れた。
「恐れ入ります。」
カップを受け取り何の躊躇いもなく口に含んだ。自分の分をテーブルに置き向かいのオットマンに腰を下ろす。
「風見はブラック派なんだね。」
「…えぇ、甘いものはあまり得意ではなくて。…ところで、この方は?」
風見は隣に鎮座するぬいぐるみに興味を持ったようだ。
「相棒のテディさん。」
そうでしたか、初めまして風見です。なんて、ぬいぐるみ相手に礼儀正しく挨拶なんてするもんだから緊張も警戒も溶けてしまった。
「今日は、どうしたの…ですか?」
「話しやすいように喋ってくれてかまいませんよ。」
「わかった。どうも日本語、敬語?は難しくて。」
今まではほとんど英語で会話をしていたのでどちらかというと母国語は英語だ。組織に入って暫くしてからジンやウオッカ、ベルモットが話しているのを聞いて覚えたので敬語なんて使えるはずがない。バーボンによく指摘されていたんだけどすごい恥ずかしくて変な態度取っちゃって…と今まで誰にも話したことのない小話をした。
「周りに敬語を使う人間がいれば自然と身に着くと思いますよ。貴女は頭が良いんですから。」
きっと降谷さんも正しく使えるようになって欲しいから訂正していたのだと思いますよ。と優しくフォローもしてくれた。私の中でこの風見株は爆上がり中だ。
「風見…好き…。」
「はっ、え、すみません。そういった発言は控えてください。」
忙しなくメガネをカチャカチャと上げているので動揺したようだ。もう少しだけからかってみよう。
「降谷さんが、盗聴しているから?」
「何故それを…。」
先程まで動揺していた彼はさーっと血の気が引いたように青ざめた。用心深い彼が何の対策もせず元組織の構成員を一人にするとは思えないし。と何の気なしに言うとさすがですね、と感情の読み取れない声で言われた。
「降谷さんは名前さんを大切に思っておられます。なので…。」
「大丈夫。私も降谷さんのことは信じている。」
空気が悪くなってしまったので話を変えようと風見さんが持ってきた紙袋に視線を向ける。彼はその視線に気付いたようで話を始めてくれた。
「今日はこちらをお届けに参りました。」
中身の説明はせずこちらに手渡してきたので覗きこむ。
「…いや、何これ。」
「見て分かりませんか?暇つぶしグッズです。」
紙袋の中にはけん玉やお手玉、竹トンボなど昔本で見たようなおもちゃから何に使うかわからない物まで様々な玩具が入っていた。お気遣いには感謝する。しかし見た目はともかく私はもう成人しているのだ。
「イギリス育ちの名前さんに日本の伝統的なおもちゃの楽しさを知って欲しいと降谷さんが…。」
そんなネタばらしをされたら全力で楽しむしかない。
「ありがとう、風見。」


それから風見と日本の伝統とやらを楽しんだ。彼はとても不器用でお手玉なんてまったく見本にならなかった。意外にも私にはけん玉の才があったようで宇宙一周という大技をすぐにやってのけた。
無心でけん玉を極める私とレゴで謎の花を作る風見さん。傍から見たらとてもシュールな画だ。
しかし、心地よい静寂に響く木琴の音楽でこの愉快な時間は終わりを告げた。
「…もうこんな時間か。」
風見が家に来てからすでに数時間経過していた。手早く荷物を片付け、玄関へ向かう。
「今日は楽しかった。また来てくれる?」
「ええ、機会があれば。」
頭を撫でてくれた手は懐かしく胸が少し苦しくなった。軽く手を振り風見は家を出て行った。
時刻は午後四時。珍しく眠気が襲ってきたので落ち着く気配が残るリビングで相棒と一緒に惰眠を貪ることにした。
「Good Night Teddy.」