27

次に目を覚ましたときにはもう部屋は真っ暗になっていた。玄関の方から音がする、朦朧としていた意識はすぐに覚醒した。微かに血と硝煙のにおいがする。気配を消し引き戸を開けるとセンサーライトが反応しある人物が照らされた。
「…っ!降谷さん!」
玄関に横たわっていたのは血まみれで息も絶え絶えの降谷さんだった。
「降谷さん!降谷さん!死なないで!」
目を閉じたまま応答のない彼を見て血の気が引いた。怪我もしていないのにこちらが気を失ってしまいそうだった。
「…っ、はぁ、大丈夫です。生きて、います…。」
降谷さんと出会ってから弱ってしまった涙腺がこれでもかと大暴れしている。
「よか、った。ごめんなさい、バボ…。」
朝着て行ったバーボンの服を着て、暴行され拳銃で撃たれたであろう傷もある。理由は想像に難くない。
「なぜ、貴女が謝るん、だ。」
「だって…だって私のせいでっ、」
垂れ流した涙を弱々しい力で拭われる。
「違いますよ、貴女のせいでは、ない。」
それにラムから貴女を奪ってこれだけで済んだのだから儲けものです、と力なく笑った。バーボンが、降谷さんがここまで傷付けられたのは明らかに私のせいなのに、いくら言っても謝っても彼はそれを認めようとしなかった。気を遣ってくれた彼の思いを尊重し彼の前では何も言わないことにし、心の中で何度も何度も謝罪した。
「…携帯、貸して。風見さん呼ぶから、」
「あ、ぁすまないな。」
彼が内ポケットから出した携帯端末を受け取るとそれを最後に降谷さんは気を失った。


風見さんはワンコールで応答した。理由を説明すると少し慌てたしゃべり方ですぐに向かうと言ってくれた。この小さい身体が今までで一番恨めしい。大切な人が目の前で苦しんでいるというのに何も出来ない。
風見さんが到着するまで眉間にしわを寄せ苦しむ意識のない彼に幾度となく謝り続けた。
私に出来ることを、身を呈して私を守ってくれた彼の力になりたい。強く思った。




数十分後到着した風見さんは気絶した降谷さんをベッドに運び手当てをしてくれた。
「大丈夫。降谷さんはとても強いお方ですから。」
そう言って私の頭を撫でた手は降谷さんとは違った安心感があった。
「コーヒーでも淹れます。今夜は泊らせていただきますが、よろしいですか?」
「ありがとう、ございます。」
この身体では満足に看病も出来ない。それに傷だらけで苦しむ降谷さんと二人きりでいるのは耐えられそうもないので風見さんの提案に意慾的に乗ることにした。
まだ一日目とはいえ自分が住む家なのに風見さんにもてなされてしまい反省する。
沢山の人間を消してきた組織であっても私の専門はクラッキングであり実行部隊とは関わりがなかった。今回その不道徳さを眼前に叩きつけられたことで組織に対する怨讐を確かなものにした。

「…絶対に許さない。」
「あんな組織、絶対に壊滅させます。」
カップを手渡しながら私の小さな独り言を聞いたであろう彼は目を見開き口端を上げてから私の発言に同意した。
「私にも協力させて欲しい。…お、お願いします。」
初めて頭が真下を向くほど低頭した。風見さんは私に優しく接してくれるがそれは上司である彼からの命だからだと本当は気付いていた。この世界から消し去りたい組織に在籍していた女が突然協力者になったと報告されても簡単に認められるはずがない。信用できるはずがない。
人に信用してもらう術が私にはわからなかった。誠意を伝える方法が日本人が得意とする最敬礼しかわからなかったのだ。これでほんの少しでいいから私の気持ちが伝わって欲しいと切に願った。
「はい。もちろん協力していただきますよ。」
顔を上げると笑みを浮かべる風見さんと目が合った。伝わったと思ってもいいのだろうか。
「正直、貴女のことがわからなかったんです。でも、今の貴女を見て信頼に足ると判断しました。改めてこれからよろしくお願いします。」
差し出された手にどう対応すればよいか逡巡した。
「握手です。」
「握手。」
大きな手を力を込めて握る。大きくて暖かくて強い手だ。
日本を守ってきた手。