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警察病院、最上階の角の一人部屋。それが今の私の住処。何カ月も眠っていたらしい私の体は骨折後の老人のような筋肉量と体力になっていると先生に説明された。通りでベッドから起き上がるのも一苦労なわけだ。
目が覚めたときは閉められていたカーテンも今は纏められていて、外の景色が良く見える。今日は天気が良いぽかぽか陽気だ。
コンコンコン、ノック三回で扉が開く。これは降谷さん。ちなみに風見さんはその後に失礼します、と言ってから入ってきた。目が覚めてから風見さんの方がよく病室に来るのだ。
「気分はどうかな?」
「元気だよ。」
スーツに花束を持つ姿はモデルのようにきまっている。病室を訪れる度に色んな花を生けていくのだと看護士さんに教えてもらった。
昨日彼に謝罪をしてからもう少し話がしたかったけれど半ば無理やり先生に引き離されてしまったのでまともに話をするのは今が初めてだ。少し、いやかなり緊張する。降谷さんの表情も硬い。
「あのっ、」「あの、」
「あ、さきどうぞ。」
「いや、まあそうだな。まずは報告がある。例の組織を壊滅させた。名前のおかげだ、ありがとう。」
「よかった。こちらこそありがとう。」
あの組織のことだ、一筋縄ではいかなかったはず、降谷さんの仲間が無事でありますようにと願わずにはいられない。
「それで、名前の話は?」
「えっと、最後に会ったとき酷いこと言ってごめんなさい。」
会いたい、側にいたい、役に立ちたい。そんな思いでいっぱいだった、でもそれが何を意味するのか当時の私にはわからなかった。否、浮かび上がってくるその言葉を必死に沈めていた。でも私の手を握りしめ泣きそうな顔をしながら私の名前を呼ぶ彼を見て確信し言葉にしたいと思った。
「それと、降谷さんが好きです。」
百面相とはこのことか、喫驚、慈しみ、悲しみ、怒り。最後には優しい微笑み。とても穏やかな顔で言葉を発した。
「先に言われてしまったな。俺も名前が好きだ。」
緊張から来る掛け足の鼓動が彼の本当の笑顔に一層強く音を立てた。こういうときどんな態度でいたらいいのか、なんと言葉を続けたらいいのか圧倒的経験知不足で戸惑っていると彼の綺麗な顔が近付いて来た。鼻、首、腕、そして唇。以前より痩せてしまった体は彼の体にすっぽりと収まった。
「名前、もう俺の前からいなくならないでくれ。」
表情こそ見えないものの昨日聞いた声と同じ、泣きそうで震えた声がした。垂れ下がったままの腕を持ち上げ彼の大きな背中に腕を回し、少し撫でる。
「もういなくならないよ、嫌って言っても離れないからね。」
久方ぶりに訪れた甘い雰囲気に胸の辺りがきゅんと締め付けられた。同時に、自分の意思と関係なくだらしない顔になってしまう。
「ぜひそうしてくれ。このまま名前を満喫したい気持ちは山々だが、あの日のことを詳しく話してもらおうか。説教はその後で。」
彼は身体を離し、とても素敵な笑顔でこちらを見つめた。甘い雰囲気はどこへやら、これまた久しぶりに見た般若のような笑みに生唾を飲んだのは言うまでもない。