お嬢とコンビニ

「お嬢、待って下さい!」
「だーかーらー。外でそれはやめてって言ってるじゃない!」

私は東京を本拠地に活動するヤクザ屋さん、工藤組の長女名前。そしてあの嫌な呼び方をするこの男が若頭補佐兼私の用心棒、降谷零。

ただちょっとコンビニに行こうとしているだけなのに過保護すぎる。

「夜に一人で行くなんて危険過ぎます」
「私がそこらの女より強いの知ってるよね?」

ハワイで親父に…じゃなくて普通に父が所有する国内の施設でそれはもう色々な経験を積んできた。

「名前さんがゴリラ並みに腕っ節が強いことは重々承知ですが…」
「ふーん」


「…っいたたた!お嬢ギブギブ!」

ヘタしたら私より綺麗なのではないかというその顔で罵られると余計に腹が立つ。
腹の虫が収まらないのでタップアウトしてもしばらくは技を掛け続けてやった。痛みで歪んだ顔さえも美しい。

「っはぁ。ちょっとは手加減してくださいよ」
「零が悪い」
「とにかく!一緒に行きますから」

私が了承する前に手を取って歩き出してしまったので仕方なく隣を歩く。季節は夏、手なんか繋いでいたら暑くて堪らない。振りほどこうと思えば振りほどけるがそれをしないのはこの状況が嬉しいからだ。

零は私が五歳のときうちにやってきた。うちのシマで悪さをしていたしょうもないチンピラを彼がシメて周っていたところをパパが拾ってきた。

最初はとても無愛想でパパ以外には全く近付こうとしなかったが私の用心棒になってからは少しずつ心を開いてくれるようになった。とはいえ今でももう一人の若頭補佐である赤井さんとは仲が悪いけど。

「ところで、何を買いに行くんですか?」
「アイス」
「はぁ?アイスならこの間赤井がしこたま買ってきていたじゃないですか」
「ダッツのメルティーメープル&クッキーが食べたくなったの」
「メル?なんですかそれ。家になかったんですか」
「さすがになかったよ」

暑いからアイス食べたいな、と独り言を呟いただけで一時間もしないうちに冷凍庫に入りきらないほど買ってくるのが赤井さんだ。
もちろん、買い過ぎだと横の彼に怒られていたけれど。

「新商品でなおかつコンビニ限定品なの!」

季節限定、新商品、○○限定…私は制限が付けられると絶対に手に入れたくなる質なのだ。
わくわくが止まらず零れ出た笑顔で隣の彼に顔を向けると空いている手で頭を抱えていた。しかもため息が聞こえる。そこまで呆れられると途端に恥ずかしくなってくる。

「別にいいじゃん。誰にも迷惑掛けてないんだから…」

自然と言葉尻が小さくなっていることに気付いた。私が泣いていると勘違いしたのか彼は慌ててフォローを始めた。空いている手は忙しなく動き空間を切る。

「俺が悪かった、言い過ぎた、いや違うんだ…かわいくて…」
「…かわいい!?」

零にかわいいなんて言われるのは小学生ぶりだ。嬉しいやら喫驚やらで俯いていた顔を上げるとはっと口を押さえている彼と目が合い、自分の顔がゆでダコのように赤くなっていると自覚した。夜でよかった、さすがに顔色までは分からないはずだ。

「っはは、おっかしい!」
「メルなんとかを買って早く帰ろう。赤井には俺が文句を言っておく」

零は早口で捲し立てずんずんと大股でコンビニまでの道を進む。


いつからか零と上手く話せなくなって、零も私に敬語を遣うようになって昔と比べて随分距離が空いてしまった気がする。
私はずっと零のことが好きだったからそれがとても悲しかったけど、近くにいられるだけで幸せだった。

今日もちょっと喧嘩のようになってしまったけれど、図らずも夜のコンビニデートをするという小さな目標が達成できたので万々歳だ。

家に帰ったら八つ当たりされるであろう赤井さんにバーボンの差し入れでもして一献傾けよう。


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