お嬢と拐かし2



「このガキの親、金持ちって本当か?」
「あぁ、こいつの身なりを見りゃわかんだろ」

名前は男達の会話で自分が誘拐されたことを察し、同時に恐怖で体が冷えていくのを感じた。
はっはっ、 と呼吸が浅くなったことで誘拐犯は彼女の意識が戻ったことに気が付いた。

「おい、これで親に電話を掛けろ」

押しつけられた携帯に顔を顰めると男は自分に向けられたものと勘違いしたのかその小汚い手を名前の白い頬にぶつけた。

「っいた、い…」

溢れ出た涙を見て男は一層名前に蔑んだ視線を向けた。

「おい、大事な人質だぞ傷付けるなよ」
「わかってるよ、平手くれぇ大丈夫だろ」

名前は熱を帯びジンジンと痛む頬を押さえることもできなかった。フルスモークの窓からはここがどこなのか、あれからどれくらい経過したのか何の情報も得られない。
こんなときお兄ちゃんならどうするだろう。名前はどうするべきか考えられるほど冷静でいられずただ歯を鳴らした。

「何してんだ、早く掛けろ」

使い方が分からない訳ないよな。 とせっつかれるも押すべき番号が浮かばない。シュウ、パパ、お兄ちゃん、ジョディ、助けて… 名前の頭の中は助けを乞うことで一杯だった。

バクバク大きな音を立てる心臓と深く吸うことが出来ない空気。名前の視界はどんどん狭まり目が回り始めた。


――コンコン


車内の三人の心臓が同時に跳ねた。

「すいませーん、車移動して欲しいんですがー」

遠のく意識の中で聞えてきた声は片手で数えられるほどしか聞いたことのない至極明るい降谷の声だった。

「おい、早く!早く車出せ!!」
「わかってるよ!エンジンが掛らないんだ!」

男は必死にキーを回すがセルモーターが音を立てるだけで一向にエンジンは掛らない。慌てる男達と反対に外にいる降谷は随分と機嫌がよさそうにニコニコと笑みを浮かべていた。


「もしもし、聞えてますか?そっちがその気なら窓割っちゃいますよ?」

誘拐犯の応答を聞く前にその拳一つで運転席のガラスを割った。男達は汚い悲鳴を上げ抱きしめあっていた。

「ここに僕の大事な人がいると思うんですが中、改めさせてもらっても良いですか?」

先程までの柔和な笑みはすっと消え三人の表情も空気も凍った。首根っこを掴まれている男は短い悲鳴を上げ繰り返し謝罪した。



「怪我はありませんか?」
「っ…うん…」

誘拐犯達は降谷により車から引きずり出されたこ殴りにされた後警察に引き渡された。
降谷と出会って数年、名前は彼のことが苦手だった。今もこちらに向けられている冷たい目が怖くて仕方がない。

「もうすぐジョディさんが迎えに来ます」

何の感情も含まないような言い方に名前は小さく頷いた。

降谷は怯えきっている名前を見て頭を掻いた。 彼もまた名前の扱いに戸惑っていたのだ。もちろん彼女が感じているような冷たい視線を向けているつもりは毛頭ない。幼子との関わり方を知らない降谷はただ観察していただけだった。そうして彼は意を決したように息を吐き彼女の丸い頭を一撫でした。


そんな彼の葛藤を知らない名前は彼が指示されるでもなく自分に触れてきたことに酷く驚いた。しかし思っていた以上にあたたかな彼の手や触れ方に名前は安堵した。

「ふ、降谷さん。ありがとう」
「零でいいです、お嬢」
「じゃあ零、名前です」

この日から降谷と名前の仲は急速に深まった。自ら進んで関わって来なかった彼がなぜ名前の誘拐に気付き、場所を特定するに至ったのかは謎だが事後処理が慌ただしく誰も突っ込むことはなかった。

迎えに来たジョディは名前よりも涙を流していたし家に帰ってからは海外にいる両親に代わり新一にこってりと絞られた。


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