過去編
名前の通う小学校への送り迎えは少し前から留学中の赤井に代わりジョディが務めている。明朗快活、 それでいて一般的な小学生より良く回る頭はきっと両親譲りなのだろう。子供相手にもかかわらず話がしやすく助かる。今日はどんな話をしてくれるのだろう。 とジョディは車を走らせながら考えた。
「え?もう帰った?」
把握している時間割に従い、彼女を待たせることの無いよう到着したつもりだったのだが名前は一向に校舎から出てこなかった。
友人と放課後を楽しんでいるのかもしれない、 と三十分程度待ってみたが同年代の生徒も出てこなくなったところでジョディは職員室に赴いたのだ。
「いつものようにホームルームが終わってすぐ教室を出て行きましたよ」
送迎を任されてから一度もなかった出来事に胸騒ぎがした。ジョディは担任に焦りを悟られぬようあくまでも冷静に礼を言い足早に学校を出た。
「もしもし、ジェイムズ?名前は帰っているかしら、…そうわかったわ」
今日は一日屋敷にいるジェイムズも名前の姿は見ていないそうだ。大人びた小学生とはいえ遊びたい盛りだ、 事を荒げる前に周辺を探してみようとジョディは車を走らせた。
学校近くの公園にはまばらに子供が走り回っているがお嬢の姿は確認できない。初めての事態に思っていた以上に動揺していた彼女は名前の携帯にGPS機能が付いていることを失念していた。
ばっ、 と勢いよくポケットに手を突っ込み先程まで使用していた携帯を取り出し現在位置の取得を試みた。彼女の位置を指す青い丸はジョディが今立っている場所を指していた。
名前の携帯にコールしながら入念に公園内を探すとベンチの下に彼女の白い携帯が放置されていた。
「誘拐…」
□
「なんで名前ちゃんはいつも車で来るの?」
「ずるい」
「一人で歩けないの?」
子供の純粋な疑問とそれに感化され出てきた妬み。一人が口に出すと実は言いたかったとばかりに皆が声を上げ始めた。
名前の家のことを教師陣はもちろん生徒の保護者は知っている。送迎も許可を得て行っているが年端もいかない子供たちが彼女の家庭の事情を理解することは難しいだろう。
命の危険がある、 なんてことは創作の世界にしかないと思っていることだろう。
名前は自分の家が特別なことは理解していて、それを嫌だと思ったことはなかったが今回のことは幼い心には堪えた。
「今日は一人で帰るよ、迎えも来ないもん」
それはもちろん嘘だ。
送迎担当のジョディはいつも十分前には学校前で待機している。ホームルームが終わったらすぐに教室を出て靴を持って裏から学校を出よう。 と名前は授業そっちのけで計画を練った。
「…よし、脱出成功」
名前は本来の目的を忘れ、任務をこなす仕事人のような気持ちになっていた。脳内BGMはもちろん必殺仕事人、いざ出陣 だ。
いつもは後部座席で見るうす暗く流れの速い景色はただ歩いているだけなのに初めて見るような新鮮さがあった。
「この公園、入ってみたかったんだー」
通り過ぎる度に楽しそうに遊ぶ子供を恨めしく見ていた彼女の意識は数メートル先の遊具に向いており、背後にいる刺客に気が付かなかった。
公園まで到着したところでジョディのことを思い出し携帯を取り出したところで名前の意識は途切れた。