それは私の中の一番古い記憶。
「俺と名前はずっと一緒だ。だから大人になったら結婚しような」
大人びた言葉とは裏腹に指にはめられた輪はお菓子というムードもへったくれもない幼く愛らしいプロポーズ。
それでもあの頃の私は大好きな相手が一生の契約をしてくれたことに大層喜び、足取り軽く帰宅した。
嬉々として語った理由を聞いた母は少し悲しげな顔をして“名前は悠仁くんとは結婚できないのよ。”と現実を突きつけてきた。
あの時私は泣き腫らしながら何と言ったんだっけ。
中学生最後の年。悠仁と共に過ごせる時間も残りわずか、出来ることなら遠慮したいカウントダウンは既に始まっていた。
当時は理解も納得も出来なかった理由も中学3年にもなれば否応なく受け止めるところとなった。
「悠仁ー!…っうわ」
今日も悠仁は人、人ならざるもの全てから愛されている。人たらしも大概にしてほしいところではある。
大きさは手乗り猿くらいかーー造形は似ても似つかないが。
姿は見えずとも左肩に違和感はあるのだろう、お婆さんの荷物に気を遣いながら肩を回している。
恐らく4級、もしくはそれ以下。悠仁の前で呪具を振り回すわけにはいかないので呪力を込めて指を弾く。
「gッギャギャギャ…」
その呪いは耳障りな音を立てて形を失ったが、突然違和感が消えたことに気づいた様子はなく安心した。
本日一体目の討伐は至極簡単に終わらせることができ無意識に口角が上がった。
当たり前だけど誰にも褒めてもらえないから自分を褒めてあげよう、 ご褒美に帰りにドーナツを買おう。 なんて心に決めた。
ふぅ、 と一息ついてからお婆さんに手を振っている悠仁に改めて声を掛ける。
「おはよう、名前」
「…っう!」
ニカっと効果音が付きそうな笑顔の襲撃を受け思わず心臓の辺りを押さえた。
びっくりした…多分一瞬心臓止まったよ?
どうした、大丈夫か?救心家にあったかな…なんて心配する悠仁を無視して話を逸らす。
ーー君の笑顔に心臓撃ち抜かれちゃってさ!なんて言えるわけがないからね。
「それ、さっきのお婆さんから?」
「そう、おすそわけしてまわっているんだってさ」
私の行動が少し変わっていることはみんなももちろん悠仁もよくわかっているから、なんとなく軽く流してくれてとても助かってる。
制服の袖で軽く磨いて一齧り、小気味良い音が耳を撫でた。
「ん、んまい。名前も食う?」
差し出されたりんごはさしずめ王妃から与えられた毒りんご。口にしたら最後、永遠の眠りについてしまうことだろう。――私の王子様は私を貰い受けてはくれないのだから。
それでも私の視線はりんごに釘付けだ。さっき一瞬止まった心臓が、聞えてしまうのではないかと不安になるほどに拍動を奏でている。
落ち着け、落ち着け私。
「名前?」
悠仁の声さえも遠くに聞え、返事もできないほどに魅惑のそれに意識が集中している。こんなに緊張したのは初めて夜蛾学長に会ったとき以来だと思う。
間接キスなんて昔は日常茶飯事だったはずだし、悠仁は全く気にしていない様子だ。
これじゃあどっちが思春期男子かわからない。
本日二回目ふぅ、 と一息ついて意を決しておずおずと手を伸ばす。
瞬間、りんごは悠仁の手から離れ側溝へと吸い込まれていった。
「えぇ?!さっきちょっと浮いてなかった?!」
「か、風かなぁ?」
極力平静を装いながらも内心は八大地獄の熱湯が煮えたぎる大釜の如く怒り狂っていた。
魅惑のりんごを奪った張本人(憎き呪霊)は側溝の横で不気味な笑い顔をこちらに向けていた。
見た目は先程祓ったものと同じ、低級呪霊にも仲間意識があるのかとどこか冷静に思ったりもしたが絶対に許さないという強い気持ちが身体を巡った。
なに!?ポルターガイストってやつ!?朝から!? なんて慌てふためく悠仁を放置し湧き上がる怒りを抑えながらゆっくりと憎いあんちくちょうに近付く。
「お前…絶対に許さないからな」
呪力を込めて拳を振り落とすとそれは聞くに堪えない断末魔を上げ消えた。
「ど、どうした?」
「虫がいただけ!あ、もうこんな時間早く行こう!」
頭上に? がたくさん浮かんでいる悠仁の手を引きこれ以上詮索されないよう学校への道を急いだ。
ーー悠仁の足が速すぎて途中から引きずられるようにして学校に到着した私はせっかく間に合った授業に参加せず保健室で吐き気と戦っていた。