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誰もいない教室、野球部の掛け声とテニスのボールが当たる音。皆目標に向かって努力している。選んだ競技が違えば私もこんな日常があったかもしれない、とグラウンドを駆ける自分を思い浮かべた。

それでも私はバレーを選んだことを後悔はしていない。そしてこれからも関わることを止めようとは思わない。それでも少し寂しい気持ちになるのはなぜだろう。

「影山さん、今からでもバレー部入らない?」
「すみません。私はもうプレーはできないので…」
「そう…でも諦めずに声掛け続けるから!」
「…はい」

女子バレー部の主将は何度断っても勧誘してくるツワモノだ。こんな私を必要としてくれるのはとても嬉しいけれど毎回断るのも辛いものがある。


「名前ちゃん、忘れもの見つかった?」
「はい、付き合わせてすみません」

廊下から顔を出した潔子さんの元に駆け寄り学校を出た。
――来週、新入生が入って来て私は先輩になる。


△△


「おつかれさまでーす」

声を掛けてみたものの体育館にはまだ誰も来ていない。身長的にも一人でネットを張ることは難しいので軽くモップ掛けをしてからボールを準備する。

「誰もいないし、いっか」

自分を納得させるために呟いてからボールに触れる。高校生になってからやらなくなったレシーブ。ポンポンと懐かしい音でリズムを奏で、少しの痛みさえ楽しく思う。

「名前?」

近付いてくる足音に気が付かない位集中していたようだ。背後で私の名を呼んだのは同じ家に住んでいながら滅多に会話しない弟だった。

「飛雄…?何でここに」
「それは…」
「おーっす、影山早いな〜」

理由を言おうとした飛雄の言葉を先輩である菅原さんが遮った。どこかおっとりとした先輩はこの得も言われぬ雰囲気の悪さに気付いていないようだった。

「スガさんお疲れ様です。今日みなさん遅くないですか?」
「あー、学年集会で主任のありがたーいお話があってな。大地はまだ捕まってるよ」

ちなみに俺は間一髪逃げられた、ニシシと可愛らしい笑顔を浮かべた。
何故才能に恵まれた弟が元強豪の我が校にいるのか気になる所ではあるがあれ以上会話をしたくなかったのも事実なので可哀想に思いながらも存在を無視し先輩との会話に花を咲かせた。

「っていうか、お前北一の影山!?」

私の方ばかり見て話をしていたので気付いていないと思ったのに急に存在を視認したようだ。そして有名な弟は名前も知られていた。

「…ぅす」
「ちょっと、ちゃんと挨拶!」
「えっちょっと待った、もしかして影山って…」
「名前は俺の姉です」

言った、言ったよこいつ。挨拶は適当だったくせに。バカ、王様、わがまま、カレー狂い飛雄…と心の中で思いつく限りの悪態を吐いた。




△△



「では改めて、俺は部長の澤村大地」

我が烏野バレー部の頼れる主将から自己紹介を始めた。今年の新入部員は四人だ。大きな子から小さな子まで、同い年なのに人間って不思議だなぁ。なんて関係のないことを考えているうちに全員の自己紹介が終わり、主将がまとめに入った。

「二年マネージャーの影山と一年の影山は姉弟だそうだ。紛らわしいから姉の方を名前で呼ぶことにする。いいか?」
「…はい」


不愉快さを前面に出した返答をしたが名前で呼ばれることが嫌なわけではない。これから起こることの予想が付くから憂鬱なのだ。

「名前と影山、あんまり似てないな!」
「姉弟揃ってバレーに関わってるんだな」
「名前さんはプレーはしないんですか?」

私と飛雄の関係が露見したことでそういった興味本位の、聞いたからってどうにもならない質問をされるのが嫌なのだ。いくら尊敬している先輩でも、仲の良い同級生でも、可愛がる予定の後輩でも不愉快なものは仕方ないと思う。

気になるのはもちろんわかるのだけれどそれに対して優しく答えられるほど私は人間が出来ていない。

「…そういう話はもういいじゃないですか。練習しましょう!ね!」
「そうだな。それじゃあストレッチー」

澤村さんはそんな私の気持ちを察したのか無駄話をさっさと切り上げ練習を始めてくれた。
休憩時間や片付けのときも質問攻めにあったがひらりとかわしてなんとか練習を終えることが出来た。これからみんなが飽きるまでこの生活を続けなければいけないのかと思うと胃が痛い。

部活を終え、飛雄と帰りが被らないよう急いで学校を後にした。
玄関を開けると食欲をそそるスパイシーな香りが家の中を満たし、ぐぅと痛んだ胃が声を上げた。少し大きめにただいまと言うと間延びしたおかえりが聞えたので声のする方へ近づいた。

「お母さん!なんで飛雄烏野なの?」

キッチンでカレーの最終調整をしていた母に文句の声を掛けるとお玉片手にぱっとしない答えが返ってきた。

「あれー知らなかった?白鳥沢落ちちゃったの」
「知らないよ!落ちたからって何で烏野?」
「それは知らないけど、名前がいるからじゃないの?」
「なにそれ、何の嫌がらせ?」
「こら、そんなこと言わない。飛雄は名前と前みたいに話したいって思ってるの」
「ふーん。その割に話しかけてこないけど」
「そりゃ、思春期ですもの。緊張してるのよ」

話しながらも手を止めない母は手早く副菜と汁物を盛り付けた。運ぶの手伝って、 と言われたが玄関から飛雄の声がしたので急いでキッチンを後にした。

飛雄は帰宅するとシャワーを浴びてから夕飯を食べる。その間に私は食事を済ませ、自室に籠った。まだ、飛雄とまともな会話が出来ない。




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