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「名前ちゃんさ、バレー嫌い?」
「え、何でですか」
「たまにすごーい悲しい顔して試合見てるからさ」

音駒主将、黒尾鉄朗。
彼は本心を隠すのが上手で、他人の本心を見抜くのもうまい人だと、勝手に思っている。一歳差とは思えないほど大人びた高校生。

「私のことよく見てくださってるんですね」
「あれ、聞いちゃいけないことだった?」
「…バレーは好きだと思います」
「不確定なの?」

よくわからない人なのに何故か甘えたくなってしまう。私は長女だけれど兄がいたらこんな感じなのかな、なんて妄想もした。


昼休みはあと三十分はある。

「ちょっと昔話をしても良いですか?」
「いいよ」

今まで誰にも言わなかった私の話。飛雄のことをみんなに聞かれる度に関係のない誰かに聞いて欲しかった私の話。ぽつぽつ、慎重に言葉を選びながら始めた。

「私は五歳からバレーを始めました。…ポジションはセッターです」
「あれ、でもベストリベロ取ったって…」

私の昔の話は夜久さんから聞いたのだろう。初対面の黒尾さんは私がバレーをしていたことを知らなかった。
日向とラリーをしているのを見てちびちゃんより上手いね、 と言ったのだから。

「私がセッターをやっていたのは飛雄がバレーを始めるまでです。飛雄はすぐに才能を開花させた。もちろん才能だけでなく飛雄は努力もしていた。努力した才能の持ち主には勝てない。そんな弟を前に私は夢を捨てざるを得なかったんです。…なんて、人のせいにしてはいけませんよね」
「あんなとんでもない奴が身近にいたら辞めたくなるのも妬んじまうのも当然じゃね?」


黒尾さんは手放しで飛雄のことを称賛した。身内でもありライバルでもある飛雄のことは純粋にすごい選手だと思う。それでも私はちっぽけなプライドと未熟な精神が邪魔をして賛辞を口に出せないどころか飛雄とまともに会話することも出来ない。

「…そうなんですかね」
「そうだよ」

弟をやっかんでしまうことの恥ずかしさと情けなさを今まで誰にも言うことが出来ず、でも抱えたこの気持ちを誰かに理解してほしかった。だから黒尾さんの言葉に私は勝手に救われた気持ちになった。

「じゃあ途中からリベロに転向したの?」
「はい。出来得る限りの努力はしました。でも私はリベロに向き合えなかったんです。プレーする飛雄を見る度にやっぱりセッターになりたかったと思ってしまって。それは今でも思ってしまうんです。そんな思いを抱えながらリベロをやるのは辛かったし真剣にやっている他の人に失礼だと思ったんです」

黒尾さんは私の懺悔にも似た独白を茶化すことなく真剣に聞いてくれた。

「私はこの淀んだ気持ちに折りあいを付けることが出来なかったんです。…だからプレーヤーを辞めました」
「最初の質問の答え曖昧だったけどさ、プレーヤーを辞めてもなお苦しみを抱えながらバレーに関わっている。それってちゃんとバレーが好きってことだろ。思ったんだけどあの悲しそうな表情は嫌いだからじゃなくて好きだから、プレーしたいからこそだったんだな。いつも自分の気持ち押し殺してきたんでしょ。ここは他校の先輩に寄り掛ってみなさい」


俺の観察眼もまだまだだなぁ、と黒尾さんは笑った。
彼の一層優しくなった声音と暖かく大きな手はぎりぎりで留まっていた涙を誘った。

「…っぅ、こんな、どろどろした汚い感情の話を聞いて引かないんですか?」
「引かないしそれが人間だ。俺としては何でも完璧にこなす名前ちゃんにも人間らしい感情があってよかったと思ってるよ。俺らはまだ十代、青春真っ盛りの高校生だ。まだまだ成長できる。その気持ちも受け入れられるようになるさ。焦らなくていい。そんで弟くんとも仲良くなれるさ。彼休憩中名前ちゃんのことちらちら見てるから、仲良くしたいんじゃないかな」

「黒尾さんは大人ですね。…話聞いてくださってありがとうございました」
「うちの夜久もすげぇけど、名前も十分すごいリベロだ。だからさ、うちのリエーフにも教えてやってくれな」

「…はい」


最後の最後に宥めるような慈しむようなそんな声で褒められて心臓が跳ねた。急に顔が熱くなって黒尾さんがキラキラして見えた。

見られないように顔を背けて自分の冷えた手で頬を包みこんだ。




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