気温が下がったのは気のせいかな

「こんにちは鉢屋くん………どうしたの…?」
「先ほど雷蔵と話をしていなかったか?」
「うん、さっき会ったから話したよ。」
「雷蔵に甘味をやるのならば私も欲しい。」

ですよね〜〜絶対そう言うと思ってた。
かと言って不破くんと同じものをあげるとなれば買いに行かなければいけない。久々知くんにあげる予定だったこの豆腐で良いかな……。

「えっと、不破くんと同じものは難しいけど、他のものなら……」
「私は雷蔵と同じのが良い。」
「鉢屋くん……そんな突然言われても…ばれんたいんでーは明後日なのに…」
「2日もあるだろう。冬子なら何とかなる。大丈夫だ、私が保証しよう。それに、急遽学園長先生が明後日を休みにしてくださったぞ。」
「えっ、そうなの?」

それが本当ならみんなで甘味を食べたい。丁度買ってきたし、佐和ちゃんや咲良ちゃんは空いてるかな…?燕ちゃんも、予定入ってないかな?燕ちゃんは人見知りしないのでくのたま内でも友達が多いみたいだし。
って、私だって予定入れたいのに何で鉢屋三郎のために甘味を買いに行かないといけないのか。どうにか諦めて貰おうと思い、違う甘味の方が一緒に食べられるのではないかと案を出すが悔しそうに歯を食いしばるだけで頷いてはくれなかった。

「雷蔵が…!冬子からのばれんたいんを私に分けてくれると思うかっ!?」
「それは、不破くんの自由だからなんとも……」
「私は全て雷蔵とお揃いが良いんだ…冬子なら分かってくれるだろう…?」
「それはあんまり分からないけど……」
「銭が足りないのか?私がだす。」
「鉢屋くん…それなら私買わなくても良いんじゃないかな……。鉢屋くんが不破くんのも買ってきたら同じものも食べられるよ。」
「何言ってるんだ。雷蔵は冬子が選んだ甘味が欲しいんだから冬子が買わないと意味が無い。冬子は男心が分かってないな……。今まで接してこなかったのか?色の授業で何を学んでいたんだ…!」
「す、すみません……。何も学んでいませんでした…。」

何故か私が怒られはじめ、もしかしてこの話しは長くなるのでは無いかと思ったが、頷いておくのが1番の近道だろうと思い、素直に頷いていた。すると何故かやる気になった鉢屋くんは私の荷物を近くの縁側に置き、私の変装をした。…………はぁ、長くなるぞこれは。

「いいか、雷蔵に渡す時は引き止める所から気合を入れろ。馬鹿正直に出会ったから渡す、などではなくいっぱい探して漸く見つけた風を装うんだ。こうすることによって、男は自分を必死に探してくれたことに喜びを感じる。」
「そうなんだ……いっぱい探させて申し訳なく思わないかな…?」
「何を鈍感な女みたいなことを言っているんだ。そんなことで私の雷蔵に甘味を渡すなど片腹痛いわ!」
「すみません……。」
「そして呼び止める時は袖口を少しだけ摘んで頬を赤らめて目線を下に向けて「やっと見つけた…。」と言って微笑むんだ。」
「あの、頬はどうやって赤くするの……?」
「裏々山でも走ってくるか化粧をしたらいいだろう。」
「な…なるほど………。」
「良いか、私が実践する。これに着替えろ。」

渡されたのは5年生の忍装束で、鉢屋くんに顔を触られて何故か不破くんの顔にさせられた。解せない。
渋々服を着替えたが、やはり少し大きい。だが、鉢屋三郎は何故かそのことに感動していた。

「4年生に上がったばかりの雷蔵みたいだ……!小さい…!可愛い……!」
「わぁ!?」

突然抱きつかれたので私も驚いて抵抗したが、何に興奮しているのか羽交い締めにして離してくれなかった。

「は、鉢屋くん、私は不破くんじゃないよ…!」
「おい、何地声で話しているんだ。それでも忍びを目指すたまごか?それに雷蔵は私のことを三郎と呼ぶ。」
「はい……ごめんなさい…。」

それじゃあ始めるぞ、と最早意味不明な実践が始まってしまったので私もそれに付き合うべくなんとなく歩くふりをする。そうしていると、突然袖口を軽く引かれた。


「不破くん…!えへへ、やっと見つけたぁ。あの、今少し時間あるかな…?」

いや、待って本気だな!恥ずかしいんですけど!

「冬子ちゃん、疲れてるみたいだけど大丈夫?急がなくても遠くから呼んでくれたら良かったのに……。」
「不破くんを驚かせたくて……ごめんなさい、迷惑だった…?」
「そんなことないよ。探してくれたの?嬉しい。時間あるよ、どうしたの?」
「あの…これ、ばれんたいん……不破くんが好きなものなら良いんだけど…。」
「!ありがとう……凄く嬉しいよ。」
「違う。雷蔵だったら「冬子ちゃんが選んでくれた甘味なら嬉しいよ。一緒に食べない?」と言う。」

めんどくさいやつだな!

「………冬子ちゃんが選んでくれた甘味なら嬉しいよ。ありがとう。時間があるなら、少し座って食べない…?」
「えっ!私があげたのに、私が食べていいのかな……?」
「うん、冬子ちゃんと食べたいんだ。」
「ウッ!雷蔵……!なんて可愛いんだっ!」
「っ!?………三郎、突然飛びついてきてどうしたんだい?実習で疲れちゃった?」
「雷蔵………さぁ、こっちで一緒に食べよう。」

いつ用意したのか、彼の手の中には甘味があり、私の手を引いて縁側に並んで座った。一体何をさせられているのかと思いながら茶番の続きが始まる。

「うん、凄く美味しいよ。ありがとう。」
「本当に…?良かった……実は少し不安だったの。」
「ほら、冬子ちゃんも食べてみて。」

やけくそ気味に甘味、もとい かすていら を楊枝に刺して鉢屋くんの口元へ持って行くと、食べてくれた。不破くんが安易にあーんとするとは思えないが、鉢屋くん的には良かったらしい。

「美味しい…!美味しいものを、不破くんに渡せて良かった。」
「……僕も、冬子ちゃんと美味しい甘味が食べられて良かったよ。」

鉢屋くんが笑顔で食べてくれたので私も精一杯ふわふわ笑って返せば、私の顔した鉢屋くんは一旦かすていら を置いて、またもや飛びついてきた。発情期の犬かコイツは!
体勢を崩し、後ろに倒れてしまった所で何かが落ちる音がし、そちらを見るとなんと久々知くんが桶を落として私達を見ていた。
本当に間が悪いし鉢屋も悪い!

「ゲッ、ヤベ……」
「冬子と、雷蔵……?」
「兵助、何か音がしたけど……えっ!?冬子さん…!と、雷蔵…?え?でも雷蔵はあっちに……」
「僕がどうかした?」
「何々〜なんの音?」

続々と人が集まってしまい、私と鉢屋くんを見てその光景に混乱している。だって、私の変装をしている冬子が押し倒しているんだから。
ゆっくりと起きあがって、どう弁解しようかと頭の中で必死で考えていたのに、鉢屋三郎はなんと私を置いて逃げようとした。

「後は任せた。」
「まっ!?待って!置いて行かないで…!」
「ぐっ!雷蔵の顔で泣きそうな顔をするな!」
「そんなこと言われても…!」

「へぇ、そっちが三郎か。」

不破くんが不穏な笑みを浮かべ、辺りの気温が下がった気がした。気のせい?気のせいなの?
鉢屋くんは直ぐ様私の背中に張り付き顔を隠した。雷蔵に嫌われたくないよぉと弱音を吐いているのが聞こえ少し可哀想に思った。いや、自業自得なんだけどさ。

「三郎、冬子から離れろ。」
「いやだ。」
「あ?」

久々知くんが私と鉢屋くんを離そうと彼の肩に手をかけたが、鉢屋くんは私のお腹に手を回して絶対離れない意志を見せた。彼のお陰で、ただでさえ寒いこの時期にもっと温度が下がった。……気がした。だめだ、このままでは凍死してしまう。

「あの、私も1回きちんと変装したくて……不破くんの顔、勝手に使っちゃってごめんなさい…。あの…鉢屋くんだけ悪いわけじゃなくて…」
「それとこれとは関係ないだろう。」
「く、久々知くんも落ち着いて…。」
「冬子、三郎に甘くしたらまた調子乗って巻き込まれるよ〜?」
「顔を使ったのは別に良いんだ。それより、どうして三郎が冬子ちゃんの格好して押し倒していたのか知りたいな。」
「それは………変装は私がして欲しいって頼んだの…!押し倒したのは…」
「雷蔵が私に優しかったから……嬉しくて…」
「私の変装してた雷蔵くんに本物を重ねちゃったみたい…!あの、だから、えっ?」

突如顔を赤くした不破くんは視線を下に向けてしまった。なんだろう、何でそんなことを……はっ!?今雷蔵くんって、呼んじゃった!?

「ごめんなさい…!あの、私、えええと、あっ!かすていら あるの…!良かったらみんなで食べよう?」
「えっ!かすていら あるの?食べる食べる〜!」
「おっ!かすていら いいな!どこで食べるんだ?あぁ、桶片付けないとな。」
「あっ!久々知くんにあげるものがあってね、これお豆腐なんだけど……」
「これはっ…!日替わり限定の豆腐……!どうして冬子が……いや、俺が貰っていいのか…?」
「久々知くんを驚かせたくて………あの、迷惑だった…?」
「………そんなわけないだろう。凄く嬉しい。ありがとう冬子。」
「冬子……早速復習が出来てるじゃないか。その調子だ。」
「三郎はいい加減離れろ。」
「私だって好きでくっ付いているわけじゃない。自分を守るために仕方なく くっ付いているんだ。」
「鉢屋くんも かすていら食べよう?くっ付いていたら食べられないよ。」

結局、鉢屋くんは離れはしたものの私の変装のまま過ごし、私も何故か不破くんのまま変装を解いてくれなかった。鉢屋くんは本当によく分からない人だと思ったが、不破くんが笑みを無くして怒り始めたら直ぐに解いてくれた。
寄り道するつもりは無かったのに、自室へ帰ってきた時にはもう夕暮れ時だった。今から夕餉を作るなんて面倒だなぁと思ったが、生憎今日は当番だったので重たい体を起こして何を作ろうか考えながら台所へと向かった。



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