*天女連載のあとのはなし
*オリキャラ視点
*不器用主は名前しか出てこない








犬猫を助けて代わりに跳ねられたとか、子供を助けて代わりに跳ねられたとか、そんなのじゃない。

いつも通り学校帰りにiPodを聞きながら携帯をいじって、大通りを歩いていたときだったと思う。
そういえば三ヶ月くらい前に一つ下の女の子が神隠しにあったとかなんとか、それが発表されてたなと考えていたんだと思う。

ぼこん、という妙な音と共に私の身体が突然空に近付いた。
くるりとゆっくり仰向けからうつぶせに変わって、何故か私の結構下にあった凹んだ車があった。

あれ、私車よりずっと高くにいる。そう何処か遠くにそれを捉えていたとき、ふっと突然地面に身体が近付いて、ぐしゃり。
卵が地面に落ちて潰れたみたいに、私も潰れた。


「〜〜〜〜っありえなあああああい!」


今まで回想ついでに丁寧に状況を説明してたけど、もう我慢できない!
私まだ中学三年生よ?!まだ終わってない乙女ゲームだってあったし、私は死ぬとき棺に同人誌を入れてもらって一緒に燃やしてもらう予定だったのに!

お母さんやお父さんに処分されるとき絶対に中身見るじゃない!?18禁だってあるのに!
良い子してた私の信用どころかいろんな何かがガタ落ちになるじゃないの!


「あら、ごめんなさーい。部下の手違いで貴方殺しちゃったわあ」


そしてまさかの神様?らしき女の人の登場。
なんで神様かって分かったのかって?ほら、女神さま的なあれ着てるもの。
にしてもこの神様ふてぶてしい。っていうか胸でかすぎる。なにこれこんなでかい人漫画かゲームかギャルゲーでしか見たことないわよ。

ぽかんとその人を見つめていると、くわえていた煙管からぽわんと煙を吐き出した。
にい、と真っ赤な口紅を引いた唇が三日月を描く。
え、なに、もしかして神様じゃなくて閻魔様だったりしちゃいます?


「と、いうわけでえ、貴方を何処か好きな世界で生きれるように飛ばしてあげるー」
「うっそ!まじで?!夢オチとか許さないからね!」
「夢オチじゃないから早くしてくれなあい?」


まさかの!まさかのトリップ!どれだけどこでも○アが欲しかったことか!
夢小説に浸ってどれだけ夢を見続けたことか!
あんなの夢小説にしかないと思ってたんだけど本当にあったのね!
お父さんお母さん、二人は名残惜しいけれど娘は別世界で幸せに生きます!

トリップといえば逆ハー!それはもうキャラ皆から恋されて愛されて求愛されて!
いろんなイケメンに守られて幸せに生きていきたいわ!それが夢だったんだから!

私は興奮ぎみに神様を見上げて、鼻息荒く声も荒げた。


「落乱の世界にトリップさせて!逆ハー!補正あり!あ、傍観主とかそんなのはいらないわ!私はめいっぱい愛されたいの!殺されるなんてまっぴらごめんよ!補正が効かないなんてのも嫌よ!キャラから恨まれて殺されるのも絶対に嫌!皆から愛される天女さまになりたいの!」


神様は早口にまくしたてた私を見つめて何度か瞬きを繰り返し、またにまあと怪しく笑う。


「おっけえ〜。とりあえず補正をばっちりかければいいのねえ」
「そう!お願いよ神様!」
「はいはあい。じゃあまあ、頑張ってえ〜」


口紅と同じように真っ赤なマニキュアを塗った、よく漫画にある吸血鬼とかみたいな長くて尖った爪が、とんと軽く私の額を突いた。
途端、勢い良く私の身体は後ろへ吹っ飛ばされて、がくんと何故だか落ちた。

ぎゅうと目を瞑って恐る恐る開けた時には、たくさんの星が瞬いた空が目一杯に広がった。
トリップによくあるあれね!落ちたところを落乱キャラが助けてくれて、その子から私に惚れて忍術学園に保護!

薔薇色の世界が始まるんだわ!私は引きあがる頬の筋肉を押さえながら、遠くへ届くように大きく叫び声を上げた。



***



「おい、皆。ちょっと来てくれ」


重たい瞼をゆっくりと押し上げたあたりで、いつもはテレビ越しにしか聞くことの出来ない、でも聞き慣れた声が私の耳に届いた。
最初視界はぼんやりとしていたけれど、焦点があって私の顔を覗きこんでいた人物と、声の人物を理解することができた。

嗚呼!嗚呼!私の天使!
実物はやっぱり背が高いのね!筋肉質でその身体にどれだけ抱きつきたいと思ったことか!

興奮のあまり身体も声も震えるし、思わず後退してしまったけれど、見知らぬ人に怯えてる風に見えるから結果オーライよね!


「あ、あ、なた…」
「大丈夫か。お前空から降って来たんだ」
「空から降って来た…?それは本当か」
「嗚呼、しっかり見た」


私は空から降って来た。どうやら受け止めてくれたのは小平太らしい。
何それ恋人フラグ!焦るわ!少し視線が冷たいのは、彼らが忍だからよ。
きっと信頼してくれたら綺麗な顔で微笑んでくれるんでしょう!

小説みたく現実は甘くないはず。
とにかく彼らの信頼を取らなくちゃいけないわ。
一目惚れしたからといって簡単に学園には入らせてくれないはずよ。
私は普段滅多と使わない頭をフル回転させて、言葉を紡いだ。



***



「で、未来から来たわけ、か」
「信用してもらえるとは思ってないわ…私自身、信じられないもの」
「……大丈夫です、僕たちが町まで護衛しますから」
「でも…」
「こんな夜更けに貴方一人を置いていくことなど出来ません」


目を伏せ瞼を震わせるそれは、勿論演技。やばい私、女優になれるかもしれない…!
事情を一番近くで聞いてくれていた伊作と仙蔵が、私の肩を持ってをじいと見つめてくる。

嫌だもう…リアルイケメンに見つめられる体験なんて平成にはないんだから慣れてないのよ!
自然と目を逸らすことになってしまって、不信感を煽っていないかが不安だった。

その時、伊作と仙蔵を留三郎と文次郎が引っ張って、少し離れた所で輪になって会話を始めてしまった。
所どころ聞こえる会話の中には、俺が、私がと若干の言い争いをしているみたいで。

なになに?!もしかして私を運ぶ人を決めてるとか?なにそれやばい!
必死に表情を隠して口元がにやつかないように引き締めていると、六人が戻ってきて、長次が私の手を取った。
大きくて傷がたくさんある手は若干冷たくて、もう一瞬で恥ずかしくなってきてしまう。なにこのイケメン!

ぼそぼそと話す長次の口元へと耳を寄せると、低い声が至近距離で私の鼓膜を揺らした。
耳レイプとはまさにこのことね…!なんて破壊力!


「俺が、町まで運びます…」


その長次の言葉に不満を露わにした伊作と仙蔵が、突然声を荒げた。


「何を言う!学園に運ぶのが一番安全だろう!」
「そうだよ、彼女きっと身寄りだっていないんだ。危険だよ」


なに、ここは私の為に争わないで!とかっていうべき?いやあ空気は読めるほうよ、私は。
手をとってくれている長次の手をぎゅうと握り、いざ上目遣い!


「あの、貴方たちがよかったら貴方たちの住んでいるところに…出来ることはなんでも手伝うわ。自立出来るまで…どうか…」


長次は少し考えた後目配せをして、こくりと頷いてくれた。
嗚呼私を少しは信頼してくれたのね!
とにかく嬉しくて長次にぎゅうと抱きついた。抱き返してくれたっていいのよ!むしろ抱き返して!

そう思っているとひょいと身体が浮いて、徐に手をついた場所は長次の胸板で…え、なにこれもしかして姫抱き?!
長次の胸板固いなんて筋肉質なのあああかっこいい!
つい調子乗って顔を胸元に寄せてしまったのだけれど、長次は何も言わずに走りだす。

さあ、学園に着いたら私のパラダイス!天国よ!



***



此処は裏山なのか裏裏山なのか…私にはまったくわからないけれど、徐々に月明かりもわからないほど暗くなっていってるのがわかった。
凄い、皆この真っ暗の中でちゃんと見えているのよね…。
教育アニメではまったく伝わらない、彼らが忍であるということを私はしっかりと実感した。

突然、私を抱えていた長次が止まり。きっと他の皆も止まったんだと思うけれど、暗いうえに足音がないから、まったくわからない。
暗闇が急に怖くなって、長次の装束をぎゅうと強く握り締めた。

また突然、私の身体を支えていた長次の腕がふっと消えて、重力に従って私は地面に、落ちた。
そう落ちた。落ちたのだけれど、地面に着く時間が少し長かった気がして、そして腰もお尻も痛い。
何するのよ!そう言うつもりで見上げたら、厚い雲に覆われていた月が姿を現して辺りを照らしていて、私は丸く切り取られた空を見た。

何度瞬きを繰り返しても空は丸いまま、私の周りには土の壁があって、まるで、まるで落とし穴みたいな、それで。
ひょっこりと、長次に続いて小平太や皆が私を覗き込んだ。
もしかしてこれ、本当に、蛸壺…?


「…一月経ったからって油断できねーな」
「まさかの天女二人目とはなあ…」
「え、なに…どうして、なに、これ…」


疲れたように溜め息を零しながら、文次郎と留三郎が私を睨みつけてくる。
い、今、何て…?天女、二人、目…?

もしかして傍観主によって殺されちゃった逆ハー主?
違う、違うの、私はそんな女とは違うわ!私は下級生も上級生もくのたまの子たちもみんなみんな大好きだから、分け隔てなく愛をあげるのよ?!
ただ与えた愛を愛で返してほしいだけなの!大切な誰かを奪うとかそんなつもりもないのよ!

どうして!補正が、神様がそんなことないようにしっかり補正をかけてくれたはずなのに!
どうして私が敵として大好きな六年生の皆に殺されなくちゃいけないの!
よく見てよく考えて!私は貴方たちが愛するべき存在なのよ!


「なあなあ、さっさと殺してしまおうよ。長次も風呂に入らないと、そんなばっちいのに触ったんだからさ」
「嗚呼」
「そうだね消毒もしないと。というか僕たち皆消毒しないとね」
「嗚呼、でなければ大河に触れられないからな」


仙蔵が名前、恐らく男の子の名前を出した。
大河、大河、そいつね、そいつが傍観主なのね。
どうしてよく見てよ!そんな男のモブより、私は女だから胸もあるしセックスだって出来るわ!硬くなんてなくて寧ろ柔らかいし、癒しを与えられるわ!
結婚だって出来るし子供も生める!ねえ!私は愛される存在なんでしょう?!

きらりと、皆が黒い物体を構えた。
月の光が反射して一瞬だけ見えたそれは、本当に、本でしか見たことなんて、なくて。
ひやあせが背中をびっしょりと濡らして、着ていたセーラー越しに土を強く感じた。


「まったく、町までなら本当に穏やかに送ってあげるつもりだったのに」
「きっとこの女も大河を誑かそうとしてたんだろうよ」
「なあ、裏山の警備を万全にするように学園長に交渉しないか?大河が危ないぞ」
「そうだな、大河に触れられでもしたら、私は発狂するぞ」
「まあ、元凶は…此処で駆除…だ」
「さっさとやってさっさと帰ろうぜ。今五年に独り占めされてるんだからよ」


うそ、うそ、違うわ違うってばよく見なさいよ!私はモブより綺麗よ!モブより美しいわ!モブなんか見ないで私を見なさいよ!
ちょっと神様!私は傍観主にもキャラにも殺されない、最強の補正を頼んだはずよ!どうなってるの!
こんなのおかしいわ!モブが、モブが愛されてるだなんておかしいに決まってる!
ヒロインはここよ!ねえ気付いて!


「ほら、数えんぞ」


いち、にい、さん。―――ブラックアウト。



***



「…神様」
「なあにい天使くぅん」


机に足を乗せて煙管をふかしている美女を、天使の羽が生えた青年が見つめていた。
両拳をぶるぶると震わせ、突然項垂れていた頭を持ち上げたかと思うと、思い切り声を張り上げた。


「あそこの世界はこの前貴方が送った女の子が!排除されて!一ヶ月しか経っていない、記憶のある場所だったのを忘れていたんですか!」
「覚えてたけどお、仕方ないじゃなあい?あの子が望んだんだものぉ」


にいと笑った神様に反省の色はなく、自分だけ真面目に怒っているのが馬鹿らしいと思ったのか、天使は諦めて怒りのあまり撒き散らしてしまった書類をかき集める。
ぷかぷかと、器用にわっかを作った煙管の煙が、天井にある通気工に吸い込まれていった。


「…いくら補正をかけたって、無駄なことぐらい貴方が一番知ってらっしゃるでしょう」
「まあねえ。今日も大河くん、男前だったわあ」
「そうですか」
「天使くんが大河くんみたく男前になったら、私仕事頑張っちゃうんだけどお」
「…整形なんてしないですからね」
「んー、いけずよねえ」








風よ吹け ひとつ残らず花を散らしてしまえ









(物語は始まる前に終わってしまった)(つまり、ただの神様の暇つぶしでした)(ただそれだけの、はなし)


title:リラと満月


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