Text
君が君だからの数時間前のお話。
仕事を一通り終えて職員室を後にする。廊下の窓から見える空は、夕暮れで赤く染まっていた。そんな夕焼け空を見上げながら感傷に浸っていた時に、パタパタと歩く音が近付いてくる。
「コバセンー」
「おぅ、なんだ森じゃねぇか」
姿を現したのは自分の教え子である森あい。こんな時間まで何してんだと聞くのも野暮だと思ったので、適当に返事をしておく。
多分、部活で遅くまで残っている植木を待っている途中なのだろう。なんたって、こいつ等は…。
「ねぇ、ちょっとコバセンに聞きたい事があんのよ」
「なんだ、そんな真剣な顔して」
「…やっぱり、男の人は女のカラダってやつに興味があるものなの?」
森の口から出るとは思わなかったその質問に、思わず度肝を抜かれる程驚いた。
しかしこんな馬鹿げた質問をしている森自身は真剣そのもの。眉を吊り上げ、なおかつ瞳は真っ直ぐに自分を見上げている。そんな森の姿に笑いが出てしまう。
「何言ってんだ、お前」
「だ、だって、男子が今朝話してたのを見たんだもん!女の人の胸がどうとか、お尻がどうとか…」
涙目になりながら、そう訴える森。そんな森に、溜息を一つ。
おいおい、そもそもここは誰もが通る廊下だぞ。しかもそこに立っているのは教師と生徒。誰かに良からぬ誤解をされる可能性もあるというのに…。
幸い今は誰も居ないみたいだが…。周りを見渡して、一人ほっとする。
しかし、それと同時に森の言いたい事を理解した。
「…植木の事かよ」
「…やっぱり、植木もそういう事に興味があるのかなーって。よく男の人は胸が大きいと良いって言うじゃない?だから…」
「まぁ、そりゃ、植木だって健全な男子学生だからな。興味ぐらいはあるだろ」
「なら、私…」
途端に口ごもる森。
…こいつは気にしているのだ。自分が植木に釣り合う女かどうか。思春期だからこその初々しい悩み。大人から見ればそれは些細な事であり、昔の青春の日々が懐かしく思える。
「だからといって、胸の大きさぐらいで植木がお前を嫌いになるわけないだろ。植木は、お前がお前だから好きになったんじゃないのか?」
「…!!」
お前だって、植木がどんな姿でも好きでいるんだろう?そう言って森の頭を乱暴に撫でてやる。森が少し顔をしかめたが、拒否はされなかった。
…教師である俺がしてやれる事は、子供である森に自論という教えを説く事だけだ。
「そうだよね。ありがと、コバセン!」
元気を取り戻したのか、さっきと打って変わってにっこりと笑う森は、じゃあもう行くからと言って駆け出して行った。
廊下は走るなよとツッコミつつ、遠くなる背中が見えなくなるまで生徒を見送った。
(青春ねぇ…。あいつ等が羨ましいぜ)
10.5.9
//教師と生徒の他愛ない会話