泣かない君へ

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再会の才 / よろずりんく

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クルアミからのあやアミで月食ネタ。
前提。アミティの前世は月の女神。
あやクル登場の都合で、クルークが不憫な目にあっています。
月食についてあまり詳しくないです。











「……はぁ……はぁ」

道の真ん中にも関わらずこの場でうずくまる少女アミティ。
彼女は胸に手をあてがい、浅い呼吸を繰り返す。確実に感じているのは、自分の身に起きている身体の異変だ。

辺りはもう陽が沈んで暗闇に包まれてしまっている。それ所か、暗闇に浮かびながら自分を照らしてくれている月明かりすら、もうすぐ完全になくなってしまうだろう。
即ちそれは暗闇の中での独りぼっちを意味していた。
『今日の夕方すぎからは月食が始まります。暗くて危ないですから、早めに帰宅するように』
先生の言う事をちゃんと覚えていれば、聞いていれば。今更後悔した所で遅い。
先生に言われた事を思い出して、慌ただしくシグと別れたのは先程の事だった。
家路を急いでいた時に、突如としてそれは起きたのだ。

胸の辺りが熱い、苦しい、痛い。自分は何かの病気なのだろうか。
身体に起きている異変に戸惑い、不安が彼女を襲う。
このまま苦しんで死んじゃうの?体験した事のない死を想像して身を震わせた時、一つの暗い影が彼女を覆った。

「アミティ?」

「っ!!」

「誰……?」

恐る恐る勇気を振り絞りながら振り向くと、そこにいたのは同級生の男の子。
眼鏡と秀才帽子がトレードマークの彼が、まだ大分明かりを残した月を背にして立っている。腕にはいつも肌身離さず持ち歩いている本の他に、小型の望遠鏡が抱えられていた。
姿を確認し、なんだクルークかと小さく笑ってほっと安心するように胸を撫で下ろす。今までの不安がまるで嘘のよう。恐怖など何処かに吹っ飛んでしまったようだ。

「月食をもっと良い場所で観測しようと思って移動していた所なんだ。それより君はどうしたんだい?」

「うん、ちょっと……。なんだか具合が悪くなっちゃったみたいで」

クルークは胸元を押さえて苦笑するアミティを一瞥すると、しゃがみ込んで覗き込むようにして彼女を見る。
それから彼の口から溜息が漏れ出たのをアミティは不安げな眼差しで見送った。
しかし新たに生まれた不安は杞憂にすぎない。クルークは優しい声で言う。

「立てるかい?」

「クルーク……?」

「家まで送ってあげるよ。無理そうなら状態が良くなるまで待つか、肩貸すけど?」

「でも、月食は……」

「仕方がないだろ。顔色の悪い君を放ってはおけないし、万が一ここで野垂れ死にでもされたら後味が悪いからね」

ぶっきらぼうにそっぽを向けるクルークを目で追えば、頬に赤色が差しているのが見えた。
くすり。
おかしそうに微笑むアミティに、ほんの少しばかり不快感を示した彼は眉を寄せて抗議する。

「な、なんだよ!」

「ううん、嬉しいの。ありがとう」

「……!」

しかしそれもつかの間の事だ。
不満だったクルークの心は彼女の笑顔を見た瞬間、晴れたように安らかになるのである。

(全く、君には勝てないよ)

どんなに口悪く言っても、なんだかんだで彼はアミティに優しい。
どんなに秀才だったとしても、どんなに物知りだったとしても、女の子に惚れた弱みに勝つ方法だけは一生わからないだろうとクルークは思う。

「あ、もうすぐ月が全部隠れちゃうね」

「暗いから危なくなる。アミティはドジだから、そこらへんに転がっている石に躓くかもね」

「なにそれひっどーい!あたしだって……」

ズキンッ。

(……え?)

「アミティ?」

クルークの目に映ったものは、胸元を抑えながら崩れ落ちて行くアミティの姿だった。
まるで世界の全てがスローモーションにかけられたみたいに。膝から下の支えをなくしたように崩れ行くアミティ。

「アミティ!!」

誰もいない静粛の中で大きく響いた声。
そんな間にも天高く二人を照らしていた僅かな月の光はなくなり、とうとう全てが闇夜に包み込まれる時がやってきていた。


「く、苦しい。苦しいよ。……クルーク、クルークっ!!」

「アミティ!?どうしたんだよ、アミティ!!」

「……っぅ」

苦しみながら胸元を押さえ、何度も何度も必死にクルークの名を呼ぶ。
今までの痛みとは比べものにならない程の苦しみに喘ぎ、苦痛で顔を歪める彼女の姿にクルークは次第に青ざめていく。
もう、どうすれば良いのか、どうしたら良いのか分からなかった。

(クルーク……。誰か……っ!!助けてっ!!)

「アミティ!アミティ!くそっ!!」

彼女にとって、運が悪いとも言える要素は3つあった。その3つが重なってしまった事が最も運が悪いと言えるかもしれない。
1つ目は今日の夜が月食だった事。今日が月食ではなかったら、そもそもこれは起こっていなかっただろう。
2つ目はアコールの言った事を忘れて遊びほうけていた事。アコールの言った通り早く帰っていれば、ここまで苦しまずに済んだ筈だ。
3つ目は、通り掛かったのがクルークだったという事。クルークが所有していたそれが、アミティの心の奥底を大きく反応させてしまった。


「なっ、本が……!?」


傍らに放り込まれていた一冊の本が紅い光を放つ。
もう一つ、それは運が悪いとも良いとも言える4つ目の要素がそこにあった。
クルークが肌身離さず持ち歩くそれ。

蝕まれた黒い月。
照らされていた光がなくなった時、闇は大きく目覚める……!!




「今宵は月蝕か」



アミティは苦しみに悶えながら、横目でハッキリと見えていた。
紫色が紅色に染まっていくのを。きっちり纏められ、整っていた筈の彼の髪が乱れ揺れるのを。
彼の得体の知れない魔力が大きくなっていくのを。

「ほう、月蝕の影響で衰弱したか。お前にとって月は力の源。当然の事か」

「……え?」

「そして、私もまたこの時だけは強くなるのは当然だな。照らされる光がなくなれば闇が広がるのと同じ事だ」

横を見ればそこにはクルークがいた。
しかし、彼はクルークであってクルークでないものである事は既に体験した事のある経験で知っていた。
今回と合わせて二回目の邂逅なのだ。分からないわけがない。

「き、み、は……っ!」

「そう、私はクルークの本に宿っていた者だ」

「どう…して……。君は3つのアイテムがないと出てこれないってクルークが」

「言っただろう?闇が私を強くしたのだ」

「……」

「どうした」

黙り込むアミティに彼が何かしら問い掛けても返事は返ってこない。
訝しげにずっと見つめていた彼は次に動揺する。
瞳を揺らしながら黙ったままの彼女が取った行動。それは、身を震わせて後ろへ一歩下がる事だったからだ。
その瞳に宿るのは、絶対的な恐怖。
いつものアミティだったのなら、彼を前にしても己のペースに引き込んでそこでお終いだっただろう。しかし、痛みと苦しみと、目の前で感じる魔力の強大さを肌で感じている事から来る恐怖が、今のアミティには何より耐え難かった。

「何故だ」

「……っ」

「何故逃げる」

「こ、来ないで……っ」

痛みなんかよりも一刻もここから逃げ出したい。
そう思っても恐怖で頭の中は支配されて、思考の中の僅かな間をかい潜って脳から発せられる指令も届かない。身体は震えてまともに立ち上がる事は出来ず、下半身を引きずりながら離れようと必死にもがく。
そんな彼女を見て彼は焦り戸惑う。
これではまるで、遠い昔に己の姿を見ては恐れ、逃げていった人間達のようではないか。

痛みが、苦しみが、いつもとは違う身体の異常が、月が暗闇に覆われて光が見えなくなってしまうように、彼女の心の中で不安を孕み続けて止む事はない。
怖い。目の前で自分を見下ろす紅い彼が、彼が纏う闇がどうしようもなく怖かった。

「……や、来ないで…!やだ、いやっ、こわい!誰かっ!」

「ああ、そうか。そういえば、力を無くしたお前はいつも闇に怯えていたな」

「な、何を、言って……っ!」

言い終わる前に言葉は失われた。それと同時にアミティは彼の突然の行為に目を丸くして驚愕する。
何故ならば彼がアミティの腕を引っ張りあげ、己の胸へと抱き寄せたから。
彼の腕の中で離れようともがく彼女などお構いなしに。それどころか抜けだそうと力を込めれば込める程、抱きしめられる力はより一層比例するように強くなっていく。

「私もまた、闇という存在だったというのにな……」

「は、離して……っ」

「もう、お前は眠ると良い。深い夢へ堕ちるのだ」

「……!」

「眠れ」


耳元で囁かれる音色が何故だか心地良く、気持ち良いとアミティは感じていた。恐怖や痛みを忘れた気になってくる。
小さな子供を寝かせる為の子守唄のように、それは優しく暖かくアミティを包んでくれる。

(……なんだか、ねむい)

その温もりが本物か幻か、今ある意識が夢かうつつか。それさえも、今のアミティには区別がつかなかった。

(ああ、そうだ。あたし、月食の時はいつもこうやってもらっていたな……)

『眠れ』

(気持ち、良い……)

「眠れ……」


次第に薄れていく意識。
それが、アミティが聞いた彼の最後の言葉だった。





「すまない。せっかく会えたというのに、私は……っ!!」






****

アミティが目を覚ましたのは、次の日の朝の事だった。
気付けば自宅のベッドで綺麗に寝かされていた自分。胸の痛みは既に消えていたが、断片の記憶しか残っておらず、どうしてこの場所にいるのか理解出来る筈もない。

学校で昨晩の事をクルークに聞くが、自分も気付いたら家にいたから分からないと言うので、アミティは不思議に思いながら直ぐに納得してしまう。

(全く、アイツ……僕の身体を使うなんて!!!)

それ故に彼の言葉に怒りという感情が滲み出ていた事に、アミティは気付けなかった。
本から出てきた彼の代わりに本に封じ込められ、尚且つ全てを見ていた事をアミティは知るよしもない。

「うーん、全然覚えてないや……」

悩んでいても仕方がない。
心にわだかまりを残すも気にしない事にしたアミティは、いつも通り元気に振る舞う事に決めた。


(あの時、あたしの身に何が起こったのか分からない。あの人が何をしようとしていたのかも分からない。でもあの時感じたのは、どこかで感じた事のある暖かさだった。それをあたしは気付けなかったんだ。あの人はきっと優しい人。それなのにどうしてあたしは怖いなんて思ってしまったのかな。ねぇ、また貴方に会える?)


(ううん、会いたいな)




眠っている間のおまけ


11.12.27
//total eclipse of the moon