タイトルを考えるのが死ぬほど苦手
← →
2022/03/02
力の限り叫んだ思い・不必要な自己犠牲・さよなら、さようなら
▼
夜遅くまで働くサンジくんはきっと、誕生日のことなんて忘れてる。大好きなサンジくんの誕生日を迎えた瞬間、彼の目に私を映してもらいたくて。なんて恋に浮かれた私はエゴに塗れたことを思ってダイニングへの扉を開いた。予想通りサンジくんは誕生日だっていうのにいつも通りキッチンの奥にいて、望み通り日付が回った瞬間はじめて彼の瞳に写ったのは私。
「誕生日お、」
めでとう、と続くはずだった言葉は宙に消えて、次いで大声で呼んだ名前は我らが船の偉大なお医者様。いつもならどうしたの、ととろけて柔らかくなる目がそのまままっすぐ私を見つめている。おかしい。目の前に女の人がいてくねくねと動かないサンジくんはおかしい。どうした?だなんて普通に不思議そうに尋ねながら私と話すサンジくんはおかしい。
船中に響かせた声にドタバタとあちこちでみんなが飛び起きて音の出所へ駆けつけようとしてくれる足音を聞きながら私も慌ててサンジくんに近寄って手を伸ばす。ぽかん、と尚も不思議そうに頭を傾けたサンジくんはいよいよおかしい。サンジくんの片方の瞳を隠す長い金糸をくぐって額に触れさせた手が、じゅっ、と焼けた感覚。いや、焼けるはずない。焼けるはずはない、けれども、焼けるように熱い。サンジくんの瞳には焦り困惑する私が映るほど距離が縮まっていて、だけどそれに浮かれる暇なんてない。だってサンジくんがあまりに普通だ。普通が、異常だ。
バンッ、と勢い良く開いた扉にふたりして視線を向ければ、私の声に起きたみんなが駆けつけてくれて、そしてあまりにも近い距離で額に手を当てている私と当てられているサンジくんを見てみんながみんな、サンジくんの異常に一瞬で気付いてくれた。
▼▼
「おれ全然平気だよ」
「平気じゃねェよ何度だと思ってんだ普通なら立ってられねェし喋るのもつらいはずだよ」
息次ぐ暇もなく聞き分けのない患者に言葉を紡ぐチョッパーに、くるんと巻いた眉毛を垂れ下げたサンジくん。思わずため息を吐きそうになるのを堪える。
「おれ、どんどん丈夫になってんだ。だから風邪も引かねェし、ちゃんとお前らのメシだって作れる。おれから仕事を取らないでくれよ、チョッパー」
「それを言うならサンジもおれの仕事を奪おうとするなよ。サンジの今の仕事は医者の言うことよく聞いて体を治すことだよ」
唇を動かしたけど反論の言葉が思いつかなかったのか困ったように笑うだけのサンジくんのそばに近寄る。
「チョッパー、あとは私が診てるからもう一回寝ておいで」
眠たくないのか?と聞かれて、うん、と頷くことしかできない。もともとサンジくんの誕生日を一番に祝いたくて夜更かしをするつもりだったから、なんて少し気恥ずかしくて言えないから。だけどなんとなく察しているのかそれ以上質問を重ねることなくおやすみと二度目の挨拶をしたチョッパーを見送って、ベッドに寝転ぶサンジくんの横の椅子に座る。
「レディも眠って大丈夫だよ、おれなら平気だからさ」
散々みんなに叱られ心配されもみくちゃにされたくせにまだことの重大さがわかっていないらしい。額には氷嚢がぶら下がっているから、頬を撫でるようにして体温に触れたのに、サンジくんはくすぐったそうに笑うだけ。普段なら良くてとろけるか、悪くて鼻血を出してしまうのに、ただくすぐったそうに笑うだけ。とんでもない重症患者なのに全く自覚がないことに呆れてしまう。
「いいの。私がサンジくんのそばにいたいだけ」
また困ったように笑う。
「朝メシは何が食べたい?」
「……」
「寝て起きたらチョッパーも許してくれるって」
休もうとしないサンジくんにじっとりとした視線を向ければまだ自覚がないのか起きたら治ってると思っているらしい。いくらサンジくんの回復力がすごくても、メロリンさえできなくなっている重症っぷりを鑑みれば許可なんて降りないのはわかりきってる。
「大丈夫なのになァ」
まだ言ってる。変なところで強情なんだからと思わずため息をついて、これ以上の問答は許さないとばかりに頬に触れていた手を瞼の上へ移動させて視界を覆う。
「おやすみなさい」
▼▼
「おやすみなさい」
視界を覆う冷たい手の感触に瞼を下ろした。平気なのに。平気だ。おれは風邪を引かない。だって、出来損ないでもジェルマだから。イチジ、ニジ、ヨンジ、あいつらが寝込んでいる姿を見たことがない。だから、おれも、寝込んだりするはずない。のに。わんわんと泣き喚いて謝罪を乞うだけのおれはもういない。いない、はずなのに。瞼に触れる冷たい手のひらがあたたかくて、ふ、とあの人を思い出して気が緩んだ。
死んだことにされ、地下牢に閉じ込められ、重たい鉄仮面をかぶり、見つかり、ぼこぼこにされ、レイジュに逃がされ、船に乗り、ジジイと共に遭難し、ここにいる。それよりもっと前、遠い昔におかあさんに撫でられた時を思い出す。あの人も、訓練について行けてなくて、だけど強がるおれに困ったように笑っていて、笑ってほしくて平気なふりをすればするほど笑ってくれなくて、抱きしめてくれた。
おかあさんは、どうすれば笑ってくれたっけ。
▼▼
平気だよ、だなんて言いながら、視界を閉ざした瞬間すこんと眠りについたサンジくんを眺める。誕生日当日に、メロリンすらできないほどの重症患者になってしまったサンジくんを労りたくて頭を撫でる。体調を崩しても朝ごはんの心配をするコックさんに頭が下がるけど、とにかく休んでいてほしい。常日頃、働き過ぎなサンジくんをどう休ませようか頭を悩ませているけれど、まさかこんなふうに強制的に休ませることになるのは望んでいなかった。せっかくの誕生日なのに。にこにこ笑って、ただみんなに甘やかされてほしかっただけなのに。
▼▼
ぱち、と目を覚まして寝てしまったことを悟る。おはよう、サンジくん、と心配そうな視線と声を向けられて目を向けた。ぺた、と頬に手を添えられて心臓が変に跳ねる。寝る前よりはマシだけどまだ熱は下がってないね、と困ったように笑うから申し訳なくてごめんと謝ればもっと困ったように眉毛が垂れ下がってどうすればいいのかわからなくなる。
「……もしかしてずっと診ててくれた?」
「うん、サンジくんのこと独り占めしちゃった」
困ったように肩をすくめられたのに、言われた言葉はなんだか甘くて口籠る。
「おれ平気だよ」
とりあえず平気だと伝えればまた困らせる。
「朝メシ、作ってきていいかなァ」
「だめ。チョッパーがサンジは今日は動いちゃダメって言ってたよ。ウチの優秀なお医者さんの言うこと、ちゃんと聞いて」
チョッパーが来たことにも気付かなかったでしょ、と頬をまたひと撫でされて瞬く。いつの間に。そんなに深く眠っていたのか。これじゃいくら平気だよって言っても信じてもらえないわけだ。思わずおれも困った笑いが浮かんでしまう。
「ごめん」
「なにが?」
氷嚢を変えてもらってひんやりとした感覚に肩をすくませながら謝罪したのに本当に不思議そうに首を傾げられてしまえばもう何も言えない。
「夜もダメかなァ」
「ダメに決まってるでしょ」
ぼそりと呟いたおれにとうとう優しいレディが怒って視線を泳がせる。でも、だって、
「今日は宴なのに、メシがなかったらみんな困るだろ? そりゃ酒だけありゃ良いってやつらもいるだろうけど」
返事が返ってこなくて泳がせていた視線をおずおずレディに戻せば目をまんまるくさせて固まっていて首を傾げる。
「……なんの宴?」
「え? ルフィの気まぐれだろ?」
驚き顔だったけどせっかく困った笑み以外の表情だったのにすぐまた困った笑顔に戻ってしまって答えを間違えたことを悟っても、他に何も思いつかなくてまた視線が泳ぎそうになる。レディを見上げたままどうすればいいのかわからない。
「サンジくんの誕生日だからだよ」
「え」
「サンジくんの宴なんだから、サンジくんの料理だけあっても仕方ないんだよ。サンジくんの料理があって、サンジくんがみんなの真ん中で元気に笑ってくれないと誕生日パーティーの意味がないから。サンジくんの誕生日なんだから、サンジくんが元気になるまで延期に決まってるでしょ」
今度はおれがぽかんとする番で何度も瞬く。
「……私が昨日あの時間にキッチンに行ったのも、一番にサンジくんをお祝いしたかったからだよ」
「え、」
眠る前のことを思い出す。そうだ、いつもならレディはナミさんやロビンちゃん達と一緒に23時には眠りにつくのに、昨日、いや、今日、は0時を超えるか超えないかの時間にキッチンに来てくれた。視線が絡んだ瞬間に大きな声でチョッパーを呼ぶものだから驚いてしまったけど、あの時間に、わざわざキッチンに。ぎゅ、と胸が引き攣って思わず胸をおさえる。
「……しんどい」
「しんどい? ……よかった」
思わずこぼした声に返ってきた言葉に瞬く。レディが可愛すぎてしんどい、と溢れてしまった言葉だけどどうやらレディには熱があるからしんどいの意味に捉えられてしまって、なのに良かった、と笑われてばくばくと心臓が変な動き方をする。
平気だよ、風邪なんて引かない、大丈夫。そう言ってた時は困ったように笑われて、完全に気を遣われているようにしか見えなかった。なのにどうして、含んだ意味は違えどしんどい、だなんて面倒なことを言った今の方が、レディの頬が緩められているのかがわからない。ただただ不思議でじっと見つめていればまたにっこり笑われる。かわいい。けど、意味がわからない。
「しんどいって言ってくれて嬉しい」
心底嬉しそうにとろけた笑みにじわじわと体が火照っていく。
「サンジくんが優しくて気を遣ってくれてるってわかってても、大丈夫だよって言われると壁を感じて寂しくなっちゃうから、……しんどいって本当のことを言ってもらえるのが嬉しいの」
サンジくんがしんどいのは私も悲しいから早く治ってほしいけど、と緩んだ頬のまま付け足しながら何度も頬を撫でられてぶわりと汗が浮かぶ。
「誕生日なんだからいっぱいわがまま言っていいんだよ。サンジくんは毎日頑張ってくれてるし、誕生日じゃなくてもわがまま言っていいんだけど、こういう日でもないとわがまま言ってくれないでしょ?」
わがまま。そうだ、わがまま。あの人も、平気だ、大丈夫だよ、と言えば困ったように笑って悲しそうだったけど、それでも子どもだったからふと口をついて出てしまった些細なわがままを聞いた瞬間それはそれは嬉しそうに笑ってくれた。忘れてた。だって、わがままどころか、どれだけ叫んでも声は誰にも届かなかった。ずっと地下牢で、ずっと孤島で、成長して子どもでもなくなって、ふと口をついて出ることもなくなって。
「……わがままが嬉しい?」
「好きな人のわがままだから嬉しいの」
今はどんなに小さな声で呟いてもこの船のみんなが声を拾ってくれる。すぐに返ってきた言葉にギュッとシャツの上から心臓をおさえて、レディをじっと見つめる。
「誕生日おめでとう、サンジくん」
じっとそらすことなく見つめられて落とされた言葉はとても甘くて、胸いっぱいになる。
「わがまま、言ってほしいな。……ふふ、私の方がわがまま言ってるみたい」
小さく笑ったレディに、小さく口を開く。
「このまま撫でててほしい」
「うん」
「レディが眠たくなるまで、そばで診ててくれる?」
「もちろん。なんだったら一緒に寝る?」
「……それはちょっと、刺激が強すぎるから、眠たくなるまででいい、です」
「ふふ、ちょっと調子取り戻してきたね。他には?」
「おめでとう、ってもう一回言って」
「誕生日おめでとう、サンジくん」
「ありがとう」
← →