「私、本当にあなたの妹になろうかしら」
「えっえっ、どっ、どういうことですか」
さあっと顔が一瞬で青ざめるのがわかった。お姉ちゃんと呼んでくれるのは受け入れたし、嬉しいけど、そんな、全力で明美さんを敵に回すようなことしたくない。かわいいかわいい妹がどこの誰ともわからぬ女の妹になろうとしてるなんて、本当の姉の立場からしたらあまり気分のいいものじゃないはず。まだ一度も会ったことのない明美さんの好感度を下げたくない。これからも哀ちゃんと普通にお話しできるように、哀ちゃんのお姉さんに嫌われたくない。
「……なに、私のこと、妹にしたくないの? いや?」
蒼白としている私を見て機嫌が悪そうに睨みつけてくる哀ちゃんにブンブンと首を振る。勘違いしないでほしい、哀ちゃんが妹ならとってもとっても嬉しくて毎日が幸せなのは間違いなし。ただただ哀ちゃんの本当のお姉さんに申し訳ないだけで。
「……お姉ちゃんはそんなことであなたのこと怒らないわよ」
それを拙くもどうにか伝えれば呆れたように笑われる。
「それにお姉ちゃんを替えたいって言ってるわけじゃなくてお姉ちゃんを増やしたい、だから大丈夫よ」
「そ、ういうものですかね」
「そういうものよ」
何が大丈夫なのかさっぱりわからないのに力強く言い切られて思わず頷いてしまった。
「あの、それで、なんでそんなことを言い出したんですか」
「私達、物語の登場人物なんでしょう?」
「いや、それは、その、私はもうどっちも現実だと思っててその、」
「変な気は遣わないでとりあえず聞いて」
私のよくわからない言い訳は哀ちゃんにすぐ止められて口を閉じる。気を遣ったわけじゃないんだけどどう言葉を紡げばいいのかわからなくてしどろもどろになってしまった。
「お姉ちゃんは登場人物じゃないから存在があやふやになるんじゃないかと考えたの。だから、私が本当にお姉ちゃんの妹になればお姉ちゃんも登場人物になって存在がしっかりするんじゃないかしら、って。お姉ちゃんが灰原になってもいいし、私がお姉ちゃんの妹になってもよくて、……でも私の方が簡単に戸籍かえられるだろうし、だからさっき、本当にあなたの妹になろうかしらって言ったの。良い案でしょ?」
ふふ、と楽しそうに微笑まれて胸がときめく。えっかわいい。
あまりの可愛さに胸がときめきすぎて物理的に胸をおさえて耐える。可愛過ぎる。
哀ちゃんにきゅんきゅんときめき続けて返事も何もできない状態で呻いていた瞬間、ゴッ!と目の前で衝撃波が起きてさっきとは違う意味で心臓をおさえる。えっなに。衝撃で前髪ふわって浮きあがったような気がしたんですけども。
驚いて衝撃波があった場所をみれば机の上に、コップ、と、降谷さんの手。ということは、今のは降谷さんが思いきり机にコップを置いた衝撃なんだろうか。コップが割れてても不思議じゃないほどの音と衝撃だったんですけど、コップは無事だし、あんな音がするほど叩きつけたはずなのに水も少しもこぼれていない。どういうこと。
ほんの少しの恐怖を抱きながら手、腕、首、顔、と恐る恐る視線を上げれば恐ろしいほどの笑顔。
「ぴ」
思わず悲鳴が出そうになった。いつも通り美しいけど今降谷さんの表情に関して何か一言でも言えば蛇が私に向かってきそうで唇をきゅっと引き締める。一音変な音が溢れてしまったけど聞こえなかったふりをしてください。
「よく僕がいるところでそういう話ができましたね?」
「寧ろあなたがいる場所で話してあげた私、とっても正々堂々としてて良い女でしょう?」
────ッカーーーン!
えっ今ゴング鳴りました? なんでですか? なんでふたりはいつもそう争うんですか?
「二度手間になるので君の提案は却下です」
「二度手間? ずいぶん自信があるのね。友達にすらなれずにあんなに手こずってた人に何ができるのかしら」
火花が全力で散らされる風景に思わず助けを求めようとぐるりとポアロの店内を見回したけど私達以外に誰もいなくてできるかぎり身を縮こませて蛇をつつかないように存在感を薄くする。
「……大人には大人の事情があるんですよ」
「ふうん。私子どもだからわかんなーい」
「ぐ」
哀ちゃんの貴重なぶりっこが可愛すぎて我慢しきれずにとうとうむせてしまった。ふたりの呆れた視線が突き刺さる。相変わらずどうしようもない人だな、なんて思われてるのが言われなくても痛いほどわかるふたつの視線がつらい。
「考えておいて」
待って私があまりにも気持ち悪かったから帰るんですか。ごめんなさいちょっと哀ちゃんが可愛すぎて耐えきれなかったんですけど次からはちゃんと耐えるので、と情けなくも縋りつきそうになったけど、吉田さんと約束があるの、と続いた言葉にどうにか情けない姿を晒さずに済んだ。ホッとしたのも束の間からんころんと音を立てて爆弾だけ置いていった哀ちゃん。困ります。この空気どうすればいいんですか。
ちら、と降谷さんを見ればばちりと青い目と視線が絡んで固まる。
「僕が言いたいことがわかります?」
「ええと、」
「ヒント、あの子に先を越された上にこんなムードも何もないとこで言いたくないことです。いえ、ポアロはとても良いお店ですけどね」
あえて考えないようにしていたことを問いかけられて息が止まる。自意識過剰な答えを導き出してしまっていないだろうか。でも、たぶん、合っているはず。
「……僕だってそれくらい考えてたんですよ。なんならあなたの許可も取らずに勝手にとりあえず書類上だけでもそうしてやろうかと思いました。嫌われたくないのでやめましたけど」
だけど続いた言葉にばくばくと鼓動が早まる。いやまあ別に嫌なわけじゃないんですけど勝手に"そう"なっていたら驚きすぎて心臓止まるかもしれないので思いとどまってくれてよかった。
「あの子に先を越されたから言うわけじゃないし、あなたをこの世界に繋ぎ止めるためだけにするわけじゃなくて、ただあなたとずっと一緒にいたくて、……こういうの、予告するのっておかしいかもしれませんけど、ちゃんとした日にちゃんとした場所で聞いてくれます?」
「ひゃい」
噛んだ。覚悟してたのに噛んだ。
あとなんで降谷さんはいつも予告してくるんですか? 今日の予告はたぶんアレですよね。私自意識過剰になってないですよね。合ってますか。大丈夫ですか。
「大丈夫です、合ってますよ」
心の中でぐるぐる考えてたのがあまりにも顔に出過ぎたのか降谷さんが小さく笑った。
「あの時のように泣かせたり気絶されないように頑張るので」
「う」
急にほじくり返された悲惨な過去に呻いてしまう。これ私もダメージきますけど降谷さんもダメージないですか? 安室さんの穏やかな仮面は全くダメージを受けていなくてひたすら私だけが恥ずかしくなる。あの時はだって、ようやく友達ということに自信をもてたところだったからその、……微笑ましそうに見つめるのやめてください。
「僕からももう一度釘を刺しておきますけど、あなたもあの子にきちんと断りを入れてくださいね」
「……はい」
哀ちゃんの厚意を袖にするのはほんの少しだけ残念な気持ちになる、だなんて一瞬逡巡してしまったのがいけなかった。ぴくりと安室さんの眉が動いて降谷さんが私を覗き見る。
「いつか言いましたよね、一番ならちゃんと一番見ててください、嘘ついたら捕まえますよ、って。捕まりたいですか?」
「ひえ」
ぶんぶんと首を振って降谷さんに嘘なんてつかないと全力で否定する。哀ちゃんと降谷さんは好きの意味が違うというか。どう言えばいいのかわからなくて一瞬覗いた降谷さんの表情に首を振るしかできない。
「まあもう捕まえちゃったようなものですけどね。一生逃がさないので」
ふふ、と笑われて言葉にならない間抜けな声ばかりがこぼれた。
2020/12/09