春に咲く


小さい頃から夢見てた。清く正しく美しい警察官になりたいって。

彼女は知っていた。親友である桜庭小鳥が何かの事件に巻き込まれている事を。その親友の恋人が、何かを隠していることを。そして親友の周りに、沢山の護衛が居ることを。知っていたが何も言わなかった。聞くべきではないし、聞いたところで教えてはくれないだろうと分かっていたから。親友なのに教えて貰えない――そんな風に悲観するつもりは全くない。知ってしまったら自分にも危険が及ぶことを小鳥は分かっていて、そんな彼女の事を自分はよく知っているからこそ何も問わない。そんな関係で構わないのだ。巻き込みたくないから話さない、そんな彼女の気持ちを汲み取れなくて親友が名乗れたものか。四条八重はぼんやりとそう思いながら雨道を歩いた。台風が近づいてきている東京は、今朝から雨と風が猛烈だ。夜は雷を伴う大雨になるそうで、早く帰らねばと帰路を急いだ。正確には急ごうとしたとき、横から聞こえてきた小さな声に足を止める。道端に置かれた段ボール――嫌な予感がして中を覗けば子犬が一匹入れられていた。

「誰だよ、こんなところに…捨てるなら飼うなっての。まあこの状況じゃ、飼い犬が子供産んだけどコイツだけ親が見つからなくて捨てたって感じかな。ほら、おいで」
八重は上着を脱ぐと、子犬を抱き上げて包み込む。長い間置かれていたのか、すっかり冷え切って震えていた。
「とにかく、温めて何か食べさせないとな…」
「どうした、具合でも悪いのか?」
「!?」
突如かけられた声に、八重は驚いて後ろを振り返る。そこには、降谷の部下である風見裕也が立っていた。
「あ、いや…子犬が捨てられてたから拾ったんだけど…」
「子犬?飼い犬が子供を産んで手に負えなくなったのか…全く、無責任な飼い主が居たものだ」
「はは…あたしもそれ思った。って、貴方もしかして小鳥の…」
そこまで言って、八重は慌てて口を塞ぐ。小鳥の護衛に気が付いている事は小鳥にも言っていない(彼女は気づいているだろうが)。当然、風見の顔は青ざめる。
「い、いや、その…私は決して彼女のストーカでは…!」
「は?」
「え?」
少しの間、乾いた沈黙が流れる。これはまずい、と風見は内心思った。小鳥を護衛していることは絶対に他の生徒に感づかれるなと降谷からの命令だった。しかし恐らく目の前の彼女は、自分が何のために小鳥の傍にいるのかを察している。どう誤魔化すか、必死に思考を巡らせた。
「あーー…いいよ、別に。誤魔化さなくても。多分、小鳥が危ない事に足突っ込んで貴方たちが危険が無いように護衛してるんでしょう?ちゃんと守ってよね、あたしの親友なんだから」
「…普通は、親友だからこそ知りたいと思うんじゃ無いか?」
風見の質問に、八重は目を丸くした。そして、両腕で子犬を抱きながら笑った。
「親友だからこそ、あの子があたしを巻き込みたくないって気持ちがわかる。だからあたしも聞かない。あの子も、あたしが気づいてる事を知ってて何も聞かない。あたしたちはそう言う関係が良いの――人間底まで深入りすると関係崩れちゃうよ」
八重が顔を上げたとき、突風が吹いて彼女の傘を飛ばす。手を離れた傘は、電柱に当たって骨が砕けた。
「あ!…あちゃー…これは濡れて帰るしかないっか…ごめんよ、濡れちゃうけどもう少し我慢してくれないか?」
「その子犬、どうするんだ?」
風見は、自分の差していたいた傘に八重を入れ問う。
「あたしが飼うよ。大丈夫、ばあ様犬好きだから許してくれるさ」
「そうか、なら家まで送っていこう。そのままでは風邪を引く」
八重はきょとんとした顔で風見を見上げる。顔は少し強面でぶっきらぼうだが、優しさが垣間見える彼に、少し心を動かされた。
「刑事さん、名前は?」
「風見裕也」
「風見さんか!あたしは知ってると思うけど四条八重!」
「前から、君にぴったりな名だと思っていたよ」
風見の言葉に、隣を歩く八重は彼を見上げた。
「春に咲く、八重の桜――花は大きいが、花弁は丸くふわりとしている。君によく似合っているよ」
「な、なんか照れるな…。あたし、結構さっぱりしてるし…あんまり花が似合うとか言われたことないから」
少し頬を染めると、腕の中にいた子犬が「くぅん」と鳴いた。八重はハッとなって顔を上げる。
「そ、そうだ!この子の名前、風見さんがつけてよ!」
「私が?」
「うん、風見さんなら、この子にピッタリのいい名前つけてくれそうだもん!」
八重は風見の目の前にずい、と子犬を差し出す。クリッとした目が特徴的な豆しばだ。風見は少し悩んだ後、思い浮かんだ名前を口にした。



数年後

「本日より警視庁公安部に配属された四条八重警部補です!よろしくお願いします、風見警部」
制服を着こなし、ピッと綺麗な敬礼をした八重は、前と変わらない笑顔で風見に笑いかける。
「――…変わらないな、君は。今日から君も日本を守る警察官だ。心して仕事にとりかかるように。それと…」
風見は一拍置いて八重を見た。
「小太郎は元気か?」
「勿論、たまには顔を見せに来てくださいよ!名付け親!」


end
*前

top