零〜ZERO〜


濡れた髪を適当にタオルで拭った降谷は、肌着を羽織らずスウェットのズボンのみでバスルームを出る。家に居るときの彼は、外での姿が嘘のように適当だ。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出せば、リビングのソファに小鳥が膝を抱えて座っているのが見えた。右手に携帯を持っているところから見て、何か調べ物をしているのかと思ったが、彼女があのように膝を立てることは珍しい。不思議に思って角度を変えると、彼女の頬に涙が伝うのが見え、降谷は驚いた。
「小鳥?ど、どうかしたのか?」
「あ…零さん…零さん〜…」
グスッと鼻をすすった彼女は、降谷の身体がまだ濡れているのにも関わらず抱き着いてくる。その細い背中を降谷は撫で首を傾げた。机に放りだされた小鳥の携帯がメディアプレイヤーを表示していたからだ。
「音楽…?」
「…今日配信されたMASHAの新曲なんですけど…もう歌詞が!すごく零さんで…まるでMASHAが零さんの歌を作ったんじゃないかってくらい零さんで…感動して涙が止まらないんです…」
降谷は滝のように溢れる小鳥の涙をタオルで拭きながら、興味深そうにイヤホンを取り音楽を再生した。色気のある声が流れ、降谷の胸にもすっとその歌詞が入ってくる。
「あー…これは確かに、俺っぽいかも?って、そんなに泣くなよ…」
「いつか…いつかさ、零さんがこの国を守るために新一くんと対立したって、私はずっと零さんの傍に居るよ。ずっと零さんを支えるし、間違った方向に進みそうになったときは私が正してあげる。ずっと、ずっと零さんの味方でいてあげる」
泣き疲れた彼女の目元は赤くなっていて、明日は腫れそうだ、とそっと眼尻を撫でる。確かに、真実を追い求める小さな探偵と、国を守ることを宿命とする自分では、相対し刃を交えることも想定していた。ずっと一人で戦うことを考えていた降谷にとって、小鳥の言葉は暖かく、少し涙が滲んだのは仕方のない事だろう。
「…それは、俺と一生添い遂げてくれるって捉えても良いのかな?」
「勿論、私の人生全部あげますよ」
そっと小鳥の後頭部を抱えるように手を回すと、彼女は目を閉じた。ピンク色の健康的な唇に降谷は自分のそれを重ねる。何度か角度を変えながら舌を絡めると、次第にお互いの息が上がってくる。まだ鼻で息をするのが苦手な小鳥は限界を迎え、とんとんと降谷の胸を叩いた。
「ぷは、…ながい…」
「悪い…でも、お前を泣かせるほど良い曲を作るMASHAに嫉妬したのは事実だからこのまま覚悟を決めておけよ」
「ま、零さん…私明日一限…あっ、ああ〜!」


ー翌朝ー
「酷い…暴君だ…加えて絶倫だ…」
「悪かったって。ほら、大学送ってってやるから」
腰を抑えながらフラフラと歩く小鳥を見て降谷はやり過ぎたな…とぼんやりと思う。最も、反省はしていないのだが。
「零さん、今日は本業ですか?」
「ああ、東京サミットの警備の件でな…」
「東京サミット…?ああ、ゴールデンウイークのあれですね。零さんもお仕事頑張ってくださいね」
家を出れば、小鳥は丁寧に鍵をかける。日本を揺るがすあのゴールデンウィークの足音が、すぐそこまで迫っていた――。
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