あれからしばらくして、彼が遅れてお見舞いにきた。
おばさんと彼は少しだけ話をして、私たちは門限が近づく前に早めに帰る事にした。
手を繋いで歩いていると、彼が何かを思い出したように立ち止まった。
「焦ちゃん?」
ポケットに手を入れ何かを掴んだ後、その拳をゆっくりと私に差し出した。
5本の指が開き、見慣れた赤色が目に入る。
「爆豪から預かってきた」
そこには仮免試験で爆豪君に取られてしまったヘアピンがあった。
試験後、なかなかタイミングが合わずに返してもらえずにいたものだ。
「よかった。ずっと返してほしかったの。やっぱりそれがないと落ち着かなくて……」
受け取ろうと手を伸ばしたが、大きく空ぶってしまった。
まるで小さな子供のいたずらのように、彼が私の手の届かない高さにヘアピンを持ち上げている。
らしくない彼の行動に思わず目が点になる。
「焦ちゃん?」
「……お前は隙が多いんだよ」
彼は怒っていた。
不機嫌なその表情に、今回のお説教は長くなりそうだと悟った。
「もっと必要以上に周りを警戒しろ。簡単に気を許すな」
「でも、爆豪君は後輩で顔見知りだし……」
「後輩だろうが顔見知りだろうが触らせてんじゃねえよ」
「焦ちゃんもしかして………やきもち?」
私の言葉に、彼は舌打ちをして顔を逸らした。
口元を覆って顔を隠しているけど、頬や耳が赤くなっているのが見える。
ああ、もう。
ずるいよ焦ちゃん。
「……何笑ってんだよ」
口元を隠したまま彼は私を睨み付けた。
顔が赤く染まっているせいかいつもの威勢の良さは感じられない。
「だって嬉しいんだもん。焦ちゃん、私の事好きでいてくれてるんだなって思って」
素直じゃない焦ちゃんもかわいい、なんて本当の事を言ったら怒るだろうから口にはしないけど。
こういう一面を見ると愛おしいなと思える。
小さい時からずっと一緒にいてたくさんの彼を見ているはずなのに、こうも思いが強まっていくのはなんでだろう。
「焦ちゃん。私、仮免を終わってから色々考えて、焦ちゃんに伝えたいことがあるの。聞いてくれる?」
彼の表情が一気に真面目な顔つきに戻った。
それを合図に息を少し長く吸って吐き、瞬きをして彼を見つめなおす。
「……コスチュームの話か?」
私の声を遮るように彼がかぶせていった。
リズムを乱され、内心大きく肩を落とす。
「俺も言おうと思ってた。やっと変える気になったか」
「またその話?」
「違うのか?」
露出が多い。個性の補助性もない。誰に見せつけてるつもりだ、等。
くどくどと以前言われた時と同じ小言が降りかかる。
このままでは話が進まずに寮についてしまう。
「焦ちゃん、あの……そうじゃなくて……」
「変えねえのか?」
「いや、私が今したいのはその話じゃなくて……」
「そうやって話を逸らすつもりだろ」
「違うんだってば。あとでその話は聞くから……!」
「いや、今しろ。じゃねえとまたうやむやにされるからな」
ああ、もう。
焦ちゃんのばか。
こうやって熱くなると周りが見えなくなるところとか。
意外と頑固なところとか。
無神経で、天然で、あんまり他の人の気持ちとか気づけないところとか。
彼のいいところも、悪いところもたくさん知ってる。
もう嫌だって思う時もあるけど、時間が経てばその全部が愛おしく思える。
あなたはたくさんの時間を一緒に過ごしてくれて、たくさん私を支えてくれた。
そしてそれは、今も。
そしてきっと、これからも。
「焦凍」
少し背伸びをした。
彼の肩に乗せた手に思わず力が入った。
ほんの数秒だと思う。
けれどなぜか、とても長い時間触れ合っているように思えた。
「………大好き」
伝えたかった言葉を零すと一気に頬が熱くなった。
彼の顔を見ていられなくて、視線をローファーの爪先に移した。
自分からした、初めての、キス。
いつも彼がしてくれてるみたいにできなかった。
自分からするのがこんなにも恥ずかしいなんて、知らなかった。
「……彩海」
彼の低い声が私の名前を呼ぶ。
俯いたままの私を優しく包み込んでくれる。
「ありがとう」
ねえ、神様。
彼と私を出会わせてくれて、ありがとう。
こんなにも好きになれる人に出会わせてくれて、ありがとう。
きっとこれからも私たちはぶつかり合う。
辛い事もたくさんある。
乗り越えなくちゃいけない事もたくさんある。
けど私たちはお互いに支え合っていて。
私達だけじゃない、多くの人たちに支え、支えられ生きている。
きっと、彼となら。
「……彩海」
全部乗り越えらえるはずだと思うから。
「……焦凍」
私たちは互いに顔を近づけて、目を閉じる。
触れ合う唇と体から互いの鼓動と体温が伝わってくる。
彼の左手が私の髪を撫で上げる。
それがとても心地よくて、幸せだと心の底から思えた。
Fin.
first kiss
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