この手が離さない




時々見かける、こういう人間が嫌いだ。

「お助けください、神様……」
「ねえ、あなた神様に会ったことあるの?」

目の前で起きている事から逃げるように視界を遮って。
見たことも会ったこともない、不確かなものに縋って。

「ヒッ……!!」
「ないのに呼んだの?見ず知らずの奴に、命を助けてほしいって頼んだの?いい奴かも、悪い奴かもわかんないのに?」
「あ……う……」
「私思うんだけどね。あんたが死んでも神様ってやつはきっと現れてもくれないと思うよ」

やっとこちらを見た。
そうそう、それでいいんだよ。
あんたの目の前にいるのは神様なじゃない、”私”なんだから。

「だってあいつ、薄情者だもん」

可愛そうに。いい大人が泣きじゃくって、漏らして、言葉を失って。
それほど強烈な恐怖をあなたに与えられてるんだなんて、私も嬉しいよ。
これできっと忘れないね。ずっと覚えていてね。

「私は黒縄夜行のリア。出会ってくれてありがとう!

……バイバイ」





――世界は二分されている。
楽園の『アーク』と、荒廃の一途を辿る『地上』。
そんな『地上』の第12地区に生まれ落ちた私は呪われているらしい。

「リア、どこほっつき歩いてた」
「ヴィダ!ごめんなさい。ちょっと変なのに絡まれたから遊んでやったの」
「遊んでやっただあ?」

ポーチにしまい込んでいたそれをヴィダに見せつけるように突き出した。
宝石のついたネックレスが3本と、金貨の入った包みが1つ。

「これ、オルカに渡したら高く売ってくれるかなあ?」
「お前、それは遊んでやったって言わねえだろ」
「ええ〜?だって、あっちがいきなり私に襲い掛かってきたんだもん」

この地に『女』として生を受けたものは『男』よりも過酷な運命が待っているのだと、母が言っていた。

「殺さなきゃ分が悪いじゃない?」

そんな不条理な世界を作った神など、いてもいなくてもいい。必要ない。
だって、私には神なんかよりも確かな、絶対的な正義がいるのだから。

「ヴィダ、大―好き」

ヴィダ――……私の兄は面倒そうにため息をつく。
けれど、私の両腕を振り払った事は一度もない。
そんなところも大好き。

ヴィダの香りと、体温と、鼓動を感じる。
それだけで私はとてつもなく落ち着けて、自分が生きているのだと実感するのだ。










第12地区に戻ると、プラセルが行商を殺したらしく、大量の金品と食料を持って帰ってきた。
「ボクの方が多い。やった〜。ボクの勝ち〜」とゆるく張り合われ、思わずイラっとする。

「しょうがないじゃん!こっちは行商じゃなかったし!金品狙って殺したわけじゃないし!」
「そうなの?じゃあなんで殺したの?」
「ムカついたから」
「そっか。じゃあしょうがないな」
「でしょ!」

傍らで話を聞いていたらしいオルカは、「お前らな……」と呆れ声でため息をついた。
何か言いたそうにはしていたけれど、奪ったネックレスを差し出すと黙って受け取り、まじまじと眺めてから「まあいいや」と、大事そうに袋の中へとしまった。

「リア。さっき3人で話して決めたんだが、プラセルが今夜、リベリオンを襲いに行く事になった」
「リベリオンを?なんで?」
「なんでも天子を拉致ってるらしい。それを奪いに行く。お前鼻利くだろ。一緒に行ってやれよ」
「え〜!!やだ!!ヴィダが行かないなら嫌!!」
「お前、本当我儘だな……」
「だって夜でしょ?暗いの怖い〜」
「おい。この間ヴィダと一緒に夜中、仕事してたじゃねえか」

頑固な私の態度を見て、オルカは諦めたようで、「ゆっくり寝とけよ、お姫様」と皮肉を言って去っていった。
内心ガッツポーズをして、隣にいるプラセルの背中を叩く。

「プラセル、ファイト!天子を連れてきてくれたら監視役は私がやるね!」
「お〜。よろしく〜」
「あと、はい!これ、景気づけに!」

先ほど殺した男から奪った小さな菓子の包みを渡すと、プラセルは顔を明るくした。

「おお〜!ありがと、リア!」

それは小さい頃から変わらない、屈託のない笑顔だった。










私は第12地区の、黒縄夜行の1人として生まれた。
黒縄夜行には色々な決まりがあった。
この土地から離れてはいけないとか、よその人は入れていけないとか、死んだら奈落という大きな穴の中に放り投げられるとか。

『死んでいった者の魂と共に生きる』
これが黒縄夜行の信仰。そしてその魂は、呪いとなって子孫に舞い降りる。

ヴィダと私は、呪いを受けた兄弟だ。

「どうしたリア。眠れねえのか」
「ヴィダ……」

『女』として生まれた私は、この世界で弱者として扱われる。
私の呪いは兄ほど強くない。最強と言われる力はない。
でも並大抵の奴となら戦える。
力があれば『女』として生きていける。

弱いものは死んでいく。そういう世界だから。



今日も私は縋るように、彼の体温に触れて眠る。
背中越しの抱擁を、彼は1度も振り払ったことはない。
弱い私を助けてくれる。そんな優しいところが好き。
ヴィダに触れていると、ここにいていいんだと思えて、とても安心するの。





微睡の中で、ぼんやりと今日殺した男の記憶がフラッシュバックした。
『女』を見下し、組み敷いた瞬間の忌々しい表情は、どんな奴でも大体同じだ。

「大丈夫だ、リア」

そういうところ。
私が嫌なこと思い出してるんだって、なんとなく気づいてくれるところ。
でも、深く追求しないところ。
そういうところが大好き。
好きで好きで、たまらなくなるの。


「ヴィダ、大好き……」


ヴィダの優しい声音のおかげで汚らしい記憶は吹き飛んでいき、私は深い眠りへと落ちて言った。



Aoao