陶酔と羨望の背中




この地に『女』として生を受けたものは『男』よりも過酷な運命が待っているのだと、母が言っていた。
身をもってその意味を知ったのは、物心ついた時だった。

「初経が来たら報告しなさい」

大人に意味が分からない事を言われたので母親に聞いたら、初経とは生理と言って、体から血が出てくる事だと教えてもらえた。
なんでも初経を迎えないと子供が出来ないらしく、私の体はまだ子供なんだそうだ。
黒縄夜行はよその者を受け入れない。
最小生存可能個体数を下回っていると言われていたが、一族をつなぐ命を宿すことに一縷の望みをかけていて、『女』は大変貴重なんだそう。

「これは黒縄夜行だけの話じゃない。『女』がいないと世界が続かないのよ」

嘘だと思った。
だって地区外でも、『女』は襲われ、時に殺される。
『男』の前では圧倒的に弱者で、不利な生き物だと幼いながらに思っていた。

「リア、子供を産むならヴィダとがいいなあ。とっても強いし!かっこいいもん!」
「それは難しいわね……ヴィダはお兄ちゃんだから」
「ええ〜?なんでえ?」





数日後、私は地区外の行商に襲われ、攫われた。
『女』の『こども』は高く売れるらしい。『第12地区のこども』というブランドがつくと、さらに高値が付くのだと言っていた。

物のように扱われ、殴られる。
目隠しをされて、逃げられないよう手足も縛られて、思い出したくもないような事をたくさんされた。


自分を恨んだ。


どうして『女』に生まれてしまったのか。
私が『男』だったらどんなによかったのだろうか。
どうしてこんなに弱いのだろうか。
私が強ければこんなやつらすぐに殺してやれるのに。
どうして。
どうして。
どうして――……。



「リア!」

男達の汚らしい悲鳴を打ち消すように、その声はまっすぐに私へと届いた。
目隠しが外れ、視界にはっきりと映ったのはヴィダの姿だった。

それは霧が晴れたように鮮明だった。
その姿はまるで太陽のようにとても眩く、いつもより煌びやかに見えた。

「ヴィダ……ヴィダ……!!」

温かい体温と慣れ親しんだ香りが私を包み込む。
優しく力強い抱擁の中、たくさんの涙を流して思った。

私は生きている。
ヴィダが私を見つけてくれたんだ。
ヴィダが私を救い、生かしてくれた。
こんな弱い私をヴィダは受け入れてくれた。
私はここにいていいんだ。

ヴィダがいるから私、生きていけるんだ。





あれから月日が経ち、私は強くなった。
ヴィダの後ろにいるために。この世界に生きてもいいと存在になるために、強く。

とっくに初経も終えたけど、子供を作る気は毛頭なかった。
だってこの世界で生きるには強くないとダメだから。
一番強い人と結ばれて、強い子供を産まないと、生きていけないから。


そんな完璧な人、ヴィダ以外、ありえないじゃない?










帰ってきたプラセルは全身真っ黒こげで、まるで実験に失敗した科学者のようだった。
オルカは腹を抱えて笑い転げている。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
プラセルが言うには、リベリオンに平気で自爆するヤバいやつがいたらしい。

「意外とリベリオンも骨があるじゃん。ちょっと見直したかも!」
「くっそ〜。絶対次は殺す!絶対殺してやる!」

悔しそうに言うプラセルの横で、ようやく落ち着いたオルカが「あー、笑った笑った」と一息つく。
「笑いすぎだよ。人がボロボロだってのにさ〜」とプラセルがむくれるので、「悪かったって」とオルカが宥めるような声で言った。
「仲がいいね」と私が言うと、「お前達ほどじゃねえけどな」とオルカが冷やかすように返した。
それに苛ついたのか「で、本題は?」と、ヴィダがぶっきらぼうに切り返す。
「まあ急かすなよ」
オルカは武器を持ち直し、ニヤリと口角を上げて静かに語り出した。



天子を追って地上に降りたユニティーオーダーとリベリオンを衝突させ、その後に天子を奪うーー……オルカの提案はこうだった。

ヴィダは笑った。これでもかというほどにお膳立てされた作戦に、自ら乗ると申し出た。
その横顔を見ると、全身に鳥肌が走った。

「ヴィダ!私も行く!行きたい!!鼻も利くしいいでしょ?お願い、一緒に行かせて!」
「お前、あんだけプラセルの時は渋ったくせに……」
「だって今回は夜じゃないもん〜!ね、いいでしょ?ヴィダ?」
「どうせダメって言われても行くんだろ〜。ボク知ってるよ。リアって1度言い出したら聞かないんだ」
「もちろん!」
「このブラコン姫様が」

オルカの悪態に、べっと舌を出して答えた。
ヴィダの後ろに回ってジャケットの裾をひっぱる。
「ねえ、だめ?」と、まるで小さな子供が母親におねだりをするように。

「……仕方ねえな」

諦めた、とでも言うようにヴィダがため息交じりに私のおねだりを受け入れてくれたので、先程出した舌を引っ込めて、代わりにピースサインをオルカに向け直した。

「気を付けて行って来いよ、お姫様」

オルカが呆れたように、けれど優しい声音で言う。
私は嬉しくなって、自然と口角が上がってしまった。

「うん!大丈夫!ずっとヴィダの側を離れないから!」





私はリア。
人類最強と云われる、ヴィダの妹。

その背中をずっと追い続けている。
きっと、これからもそう。



私が生きている限り。


Aoao