全力トレーニング


「違う、切り方がなっていない。対象に対して斜めに刃を下ろせ」
「沸騰させるなと言っただろう! このままでは蒸発して魔法薬がお釈迦だぞ。まだ薬品のデリケートさがわからんのか」
「アオイ·····。お前にはこれが紫色に見えるのか? 頭だけではなく目も悪かったとはな·····」
「混ぜ方に根性が足りない。もっと気合いをいれて大きくかき混ぜろ」

拝啓 目の前にいるヴォルデモートさん

なんか前はもっと優しかったと思うんですけど、わたしの不出来っぷりにイライラしてどんどん言葉が酷くなってきていませんか? 言ってること、ほとんどリドルと同じですよ? もうちょっと褒めて伸ばしたりはできないものですか?

あと指導に根性とか言い始めたら終わりだと思うんですけど、案外そういうこと言っちゃうタイプだったんですね。松岡〇造みたいなこと、絶対言わないと思ってました。なんだかちょっとガッカリで·····

「いま何か失礼なことを考えているだろう。まだ脳みそに余裕があるのか? この後元気爆発薬でも作るか?」
「元気爆発薬は4年生の範囲ですまだ習ってません!」
「だから言っている、この大馬鹿者め。俺様に指導を受けておきながら次もこんな成績を取ってきたらただでは置かないぞ。この滞在中にしっかり魔法を一から十まで叩き込んでやる」
「ぴ、ぴえん·····!」

いいから混ぜる手を止めるな、そう眉を顰めて言うヴォルデモートさんは·····やっぱりリドルと根が同じ人物なだけあって、とっても厳しいようです。

















「よし、とりあえず一旦これで終わりにするか」
「ぷえーーーーーーーーー!!!!ありがとうございましたお疲れ様でしたありがとうございましたーーーーーー!!!!」


疲れた。もうめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃに疲れた。縮み薬の調合でようやくヴォルデモートさんから及第点をもらったわたしは、お礼を言いながらソファに倒れ込む。燃え尽きたぜ、真っ白にな·····。

そんなわたしにヴォルデモートさんは呆れたように息を吐き、杖を振って魔法薬の用意を全部片付けたあと今度は紅茶とチョコレートを出してくれた。うわぁ! 美味しそう!!!

「やったーーー!! ご褒美ですか!? 嬉しい!!!」
「そんな大したものではないが、疲れた時には甘い物だからな。休憩後は闇の魔術に対する防衛術の指導を行う」
「エッまだやるの!?」
「当然だろう」

そう言ったヴォルデモートさんは黒いローブを波打たせながら悠々と歩き、わたしの前のソファに腰掛けて自分もゆっくりと紅茶を啜った。ハァー、麗人。なにしてても絵になるー。

そんなことを思いながらチョコレートを口に放り込む。口溶けのいいそれは舌の上で優しく広がりわたしは思わず両頬を押さえておいしいー、と顔をほころばせた。さっき買ってきたクッキーも美味しかったけれど、なんていうかこうやっぱ値段がぜんぜん違うんだろうな。食品としての格が違う·····なんて思いながらわたしも紅茶に手を伸ばす。はーん、癒されるぅー·····。こんなに美味しいものを休憩の度に頂戴できるなら、めちゃくちゃ厳しく魔法を叩き込まれてもいいかもぉー··········なんて、思ったときだった。


『なにが目的だい』
「うわっ!?」

革張りのソファに耳まで沈み込む勢いで体を任せていたのに、突然この世界でいちばん聞き慣れている声が聞こえてきてわたしは慌てて体を起こした。緩みきっていた顔が完全に引き攣る。やべー、これ前回同様めんどくさいことになるんじゃない、と思ったところ。


「·····なんだ、いたのか」
「いないわけないだろう」
「り、リドル·····」

思った通りリドルはわたしの隣に実体化して腰掛けた。そんな彼にヴォルデモートさんは明らかに挑発するような言葉を投げかける。あー、初回のトラウマが蘇ってきたー。ていうかいま改めて考えても、魔法界に来たてで右も左もわかんない中ひとりで買い物に行かされて、なんだかんだで闇の帝王の元に連れていかれたあの日のわたし不憫すぎない?
しかもそのあとヴォルデモートさんとトム・リドルの口論? に巻き込まれるし·····。

思い出すだけでげっそりしつつ、またあれはごめんだよ·····と思っていたら隣にいるリドルが思いっきりわたしに冷たい目を向けながら口を開いた。

「アオイも何アホみたいな顔して勉強教わってるの? コイツに言われたこと全部もう既に僕が教えてあげてたよね。誰に言われても君は脳みそが足りていなくて理解できないんだからここにいても意味がないよ、わかったら帰りな」
「ねえ登場早々さすがに酷くない?」

わたしも一応傷ついたりするか弱い乙女なんですけど、と言ったら「か弱い乙女は単身でヴォルデモートの元へ向かったりしない」と言われた。その通り過ぎて何も言い返せない。うぐぐぐ、と詰まっているとそんなわたしを無視してヴォルデモートさんはとってもバカにしたような顔と声色でリドルを笑った。

「ふん、相も変わらず未だに御せんようだな。そろそろ諦めたらどうだ? そもそもお前は不要な存在で他の分身にすら及ばない。なんならそろそろ破壊してやってもいいんだぞ? もうお前は必要ないしな」
「へえ、やっぱりそうなんだ。でもあれだけでは不十分なんじゃないの? だからまだ僕を残しているんでしょ。この状況がその証明ですらある」
「·····さすがに多少は頭が回るか」
「回したところでその思想にはついていけないけどね」

お前こそとっとと諦めればいいのに、とリドルが言い放つ。いやなんの話? 訳はわからないもののこのままじゃ前回の二の舞になることが見えてきたわたしは勇気を振り絞って二人の会話を遮ることにした。

「あのー、すみません。頭が回らないアオイちゃんがいまここで置き去りになっているんですけどー·····」
「じゃあ口を挟むんじゃなくて頑張って思考を続けるんだね」

ピシャリ。

そんな効果音がつきそうなくらいの気持ちよさでリドルに切り捨てられたわたしは黙るしかなかった。

辛辣·····辛辣である·····。
やっぱり強行突破で闇陣営の本拠地に来てしまったせいか、リドルくんがいつもの数倍辛辣です。いやまあこれに関してはわたしが悪いんだけどー·····。なんて思いながらもうまい返しは見つからず、わたしは唇を尖らせる。どうせわたしはおバカです知ってます·····。

そう思いながら体を小さくしたとき、何者かによって扉が叩かれた。コンコン、というノックの後、凛としたテノールが響く。

「お取り込み中申し訳ございません、アブラクサスです」
「·····余程の件以外入ってくるなと伝えたはずだが?」
「誠に申し訳ありません。しかし、一昨日の件でして」

·····仕事の話だ。アブラクサスさんがそう言った瞬間ヴォルデモートさんの雰囲気が少しピリッと変わったような気がして、わたしは思わず拳を握りしめた。·····ああ、やっぱり。闇の帝王様、なんだなあ。ずっと一緒にいるリドルと顔が似ているせいか、眠る前の両面鏡での他愛もないやりとりのせいか、すぐに忘れてしまそうになるけど。


「あの、えーと、ヴォルデモートさん! 邪魔したら申し訳ないですし、わたしこの部屋出てなんかテキトーに廊下でもうろうろしておきましょうか?」
「待て。迎えを来させる、一人で屋敷内をうろつくな」
「あっハイ!」

やっぱりいつもより幾分声が低い彼にそう言われて、わたしは思わず姿勢を正す。·····お仕事モードのヴォルデモートさん、よく考えたら見るの初めてだ。ちょっと怖いなあ·····。まあでもそりゃそうだよね、怖くないと帝王サマなんて務まらないもんね·····。

なんてどこか子供じみたことを思っているうちに扉の向こう側から人が走ってくる足音が聞こえてきた。どうせルシウスさんなんだろうな·····ごめんね·····と心の中で呟く。するとアブラクサスさんが、「お待たせいたしました。ルシウスにアオイ様を部屋まで案内させます」と声をかけてきた。やっぱり·····と内心頭を抱える。あれめっちゃ全力疾走の音だったよね、ほんとゴメンねルシウスさん·····。ルシウスさんのことを考えるとめちゃくちゃ申し訳なくなってきた。わたし、早めにホグワーツに帰ろうかな·····。


「では行ってこい。片付いたらまた続きをしてやる」

そう言ったヴォルデモートさんはわたしの顔すら見ていなくて、なんというか少しだけ知らないひとみたいだった。·····ううん、ていうか、こっちが本来の姿なんだろうな。わたしがいつも、どうしてか甘やかしてもらっているだけで。

「はい、ありがとうございました!」

わたしは立ち上がってヴォルデモートさんにぺこりと頭を下げる。外に出るに当たって黒いベールを改めて被り直した。その拍子にいつも耳の上に止めている、ヴォルデモートさんにもらったヘアピンが指先に触れる。·····これも、いま着ているワンピースも、ヴォルデモートさんにいただいたものだ。なんだかまるで娘か彼女みたいだよなあ、なんてふと思う。そんなことを考えているってバレたらヴォルデモートさんにもリドルにも殺されそうだな、とベールの下で少しだけ苦笑した。























「こちらがアオイ様にお使いいただく部屋でございます。滞在中は基本的に、此処で過ごしていただくことになっております」

·····ルシウスさんに案内されたお部屋は、めちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ可愛かった。

一人部屋にしては大き過ぎるくらいのそれは、女の子の夢である天蓋付きのベッドにかわいらしいドレッサーやテーブル、チェストやソファなどの可愛らしい家具が悠々と配置されている。どれもロココ様式で美しく、素人が一目見ただけでも値が張るのがわかるようなものばかりだ。·····こんな部屋で生活して、傷とかつけちゃったらどうしよう。

「すっごいお部屋ですね·····ここによくゲストとか泊まってるんですか? 客室的な?」
「·····私は普段からここに出入りしているわけではないので詳しくは存じ上げません」
「あ、そりゃそうか」
「ですがおそらくここはアオイ様のために用意されたのだと思います。家具の手配に父も携わっておりましたし、貴女様の嗜好をいくつか聞かれたので」
「え゙?」

滔々と述べるルシウスさんにびっくりしすぎて思わず低い声が出た。·····え、マジ? この部屋をわたしのために? さすがにウソだよね?????
信じられなくて目をぱちくりさせながらルシウスさんを見ると、彼も彼で心の底から解せないと言った顔をしている。つまり本当にわたしのような小娘のために、この部屋は例外的に用意されたんだろう。ミ゚。


しかしそんな調度品にびっくりしたり楽しんだりする間もなく、すぐにルシウスさんによる呪文学の指導が始まった。ヴォルデモートさんの申し付けらしい。どうやら彼はこの滞在中に本気でめちゃくちゃわたしを鍛えるつもりのようだ。いったいどうしてヴォルデモートさんがわたしにそこまでするのかはわからないけれど、やっぱり手駒を増やしておきたいんだろうか。いずれわたしのことも死喰い人にするつもりなのかなあ。

·····なんて少し考えてみたけれど、残念なことにわたしの現時点での成績は下の下の落ちこぼれである。仮に死喰い人界が人手不足で猫の手も借りたいくらいだったとしても、わたしを鍛える理由としては不十分だろう。
しかしまあヴォルデモートさんの意図がどこにあろうと、このままでは四年生になってからさらに困ることは火を見るより明らかなので大人しく勉強しようと思う。·····とはいえマジでここまでスパルタ教育をされるとは思っていなかったので、まだ滞在初日というのにさっそくホグワーツが恋しくなってきた。

一度ルシウスさんがお手洗いに立ったときに、「やっぱりホグワーツに残っておくべきだったな·····」とリドルに思わずこぼしてしまった。しかし彼はあんなにこの滞在に反対していたくせに、「勉強したくないから言ってるでしょ。そういう怠惰があの成績を招いたってわからないの?」と苛立ちも隠さず跳ね除けてくる。やっぱり辛辣さに磨きがかかっているな、リドル。ここにいる間ずっとこんな感じなのかしら·····。そう思うとちょっとけっこうだいぶかなり相当萎えたけれど、死んだ目をしながら一年生の範囲をわたしに教えるルシウスさんを見ると申し訳なくなって勉強頑張ろうと思いました。

ほんとごめん。せめて君がイタリアを楽しめるように、最大限の努力はします。

- 68 -