01 かわいい生徒のエース・デュースと同期のトレイ先生
「ねえ先生、次の模試の判定よかったらなんかご馳走してよ」
「はあ?」
「オレこの塾の近くにあるケーキ屋のチェリーパイ好きなんだよね〜。いっしょに食べに行こ?」
エース・トラッポラ。わたしがこの個別指導塾でバイトを始めて一番最初に受け持った生徒だ。ちょこちょこ課題はサボるけど頭のいい子で飲み込みも早い。それに明るく話しやすいので個人的にはとてもかわいく思っている。·····けれど。
「だーめ。生徒とそういうプライベートな場では会えません、何度も言ってるでしょ」
高二から見始めた彼は少し前に三年生になり、オレ先生と同じ大学に行く〜と言ってきた。かわいい生徒がそんなことを言ってくれるのは嬉しいし、トラッポラくんならたぶんこのままカリキュラムをこなせば問題なく合格できるだろう。しかしそれで余裕をかましているのか、最近何かにつけてこうやって構ってほしがるようになってきた。・・・まあ受験生、なかなか遊べなくてフラストレーションも溜まってるんだろうけど。
「ちぇ、ケチ。生徒って言ってもオレと先生実際は2個しか変わらないじゃん!先輩が後輩にケーキ奢るようなもんでしょ〜」
「年齢的にはそうでもここは塾だしいまわたしは先生でトラッポラくんは生徒なんだから仕方ないでしょ。ほらバカなこと言わないで続きやりなさい、サボりたくて言ってるの見え見えよ」
「あはは、バレた?」
まったく悪びれる様子もなくケラケラと笑うトラッポラくんにもう、と言ってわたしはホワイトボードに書いた説明文を消した。もうちょっと素直に勉強してくれたら助かるんだけどなあ。
それから十五分後、授業終了を知らせるチャイムが鳴りトラッポラくんに一週間分の課題を出す。先生ちょっとこれ多くない?とかぶうぶう言ってくるのを受験生でしょと一喝し、わからないところがあったらいつでも聞いてきていいからと告げた。そうは言っても先生火曜日と金曜日しかいないじゃん、と言われたけどまあそりゃバイトなんだから仕方ない。他の先生に聞いてくれ。
「先生が連絡先教えてくれたらいつでも質問できるしオレもっと勉強がんばるのにな〜」
「残念ながら生徒に連絡先は教えられません」
「ちぇ〜」
「ほら、ふざけてないで早く次の授業行きなさい」
「はーい。先生アリガトウゴザイマシタ」
思ってるんだかいないんだか。でもなんだなんだ毎回ちゃんとこうしてお礼言ってくるのは本当かわいいんだよね、と思いながらわたしはトラッポラくんが退席準備するのを見守る。·····次はスペードくんか。ちゃんと課題できてるといいんだけど。
「ここまでしかわかりませんっした!!!!!スンマセン!!!!!!!!!!」
「わ、わかったわかった大丈夫!落ち着こ、ねっ、一個ずつ解いていこ」
相変わらず謝罪が激しくて他の授業の邪魔にならないか慌てながらわたしはめちゃめちゃ悔しそうなスペードくんをなだめた。
デュース・スペード。この子もわたしがバイトを始めてすぐに受け持つようになった子。いまでは見た目はそんなふうにぜんぜん見えないけど(口調には片鱗が残るけど)元々はものすごい不良だったらしく壊滅的に勉強ができない。·····んだけど、彼もトラッポラくんと同じくわたしの通う大学を志望校にしているので相当頑張ってもらう必要がある。とはいえ最初に会ったときと比べたら本当にできるようになった。基礎固めからのスタートなのでまだまだ模試の対策などに進めず、一向に上がらない成績によく落ち込んでしまうけれどひたむきに頑張っているスペードくんは本当に応援したくなる。
「あれ、ここ前ぜんぜんわからなかったのに途中まで解けてるじゃん!やっぱり力ついてきてるよ、スペードくん」
「本当ッスか!?ありがとうございます!先生がいつも丁寧に教えてくれるからです!」
「あはは、スペードくんが頑張ってるからだよ。きょうも授業後帰宅時間までいくらでも問題持っておいで」
「あざっす!!!!!」
トラッポラくんとスペードくんは高校も同じらしく仲がいい。彼らをこうやって連続で見ているとどうしても思ってしまうことがある。
「・・・足して割れたらいいのにな·····」
「?なんか言いましたか」
「ううん、ごめんねひとりごと。じゃあこっちのページも解いてみようか」
もちろんふたりとも、本当にかわいいんだけどね。
キーンコーンカーンコーン。
学校のチャイムを模した授業終了のメロディが流れ、スペードくんの授業も終わった。きょうはここまでである(といってもここから一時間くらい生徒の自習の付き合いしないといけないんだけど)。
今日もあざっした!と元気に言われたのでお疲れさま、こちらこそと返しわたしは教材を置くためいったん講師室へと戻った。おつかれー、と同期や後輩、先輩たちが声を掛け合っている。わたしも軽く挨拶して、とりあえず乾いた喉を潤そうと自分のカバンのところへと向かった。授業をすると本当に喉が渇く。はーつかれた、と心の中で思いながらペットボトルのお茶を飲んでいたら声をかけられた。
「おつかれさん」
「トレイ。お疲れさま」
相手はトレイ・クローバー。同期で彼は主に化学や数学などの理系科目を担当している。
トレイは同じ大学で、部活も同じである。わたしたちはバスケ部に所属していて向こうは選手、わたしはマネージャー。ちなみに高校のときもまったく同じであった。その上バイト先までいっしょだなんて腐れ縁にも程がある。·····まあトレイだから別にしんどくないんだけど。
「きょう給料日だったろ。よかったらこのあとラーメンでも食いに行かないか?」
「えー行くいく!きょうは煮玉子つけちゃおっかな〜太るかな〜」
「はは、ラーメン行くやつがそんなの気にしなくていいだろ」
「確かに」
いつもの調子で誘われてわたしは笑顔でOKした。このあたりは美味しいラーメン屋さんが多いのでバイト後によく行ってしまうのだ。授業するとお腹ぺこぺこになるし。
「ねーたまにはアズールとリドルも行こうよ〜」
「深夜にそんなもの食べられません」
「僕も遠慮しておきます」
「ちぇ〜。またトレイとふたりか。ねーケイトに連絡したら来ないかな?」
「アイツ今日お姉さんがどうとか言ってたぞ」
「じゃあだめだ」
かわいい後輩に声をかけたが迷うポーズすらしてもらえずに拒否されてしまった。バイト先は違うけど近所に住んでいて部活も同じケイトを誘うか、と思ったけれど彼もだめなようだ。
「いいじゃないか別に。俺はお前とふたりでも嬉しいぞ」
「トレイはラーメン食べれたらなんでもいいんでしょ〜」
「ま、そうとも言うな」
ジト目で睨むとトレイは悪びれもせず笑った。まあわたしも別にいいんだけどさ、ふたりでも。たまにはこう、新しい風も入れたいっていうか・・・。なんて思っていたら、講師室の入口の方から声がした。
「じゃーオレも連れてってよ、センセ」
「わっトラッポラくん!講師室の会話を盗み聞きしない」
「先生の声が通るんだよ。ねぇわかんないとこあるから教えて」
「はいはい、ちょっと待って」
そう答えて慌ててペットボトルの蓋をしめてカバンに放り込む。
そんなわたしはもちろん知らない。トラッポラくんがじぃっとトレイを睨んで、トレイがそれに胡散臭い笑顔を向けていたことなんて。
「ねー問題ぜんぶわかったらオレもラーメン連れてってくれる?」
「だからダメだって言ってるでしょ」
「ケチ」
そしてこの頃のわたしはまだ知らない。春になったらトラッポラくんがわたしと同じ大学に合格し、同じバスケ部に期待の新人として入部してきて、その上この塾でバイトを始めるようになることも。