03 抜け目のないバースデートレイ
「「お誕生日おめでとう〜!!!!!」」
「はは、ありがとうな」
かんぱーい!仲良く三人グラスに好きなお酒をいれて、いい音を慣らしてぶつけあった。ピザもばっちり届いたし、ケイトの部屋は相変わらず落ち着くし、最高の日である。
「じゃんっ!こちらお誕生日プレゼントです」
「おめでと〜トレイくん」
「なんだ、そんなものまで用意してくれてたのか。ありがとう、開けてもいいか?」
「「もちろん!」」
それぞれお酒に口をつけておいしいねーなどと言い合った後、ケイトに隠してもらっておいたプレゼントを取り出してきてトレイに渡した。中身はグレーのトレーナーと赤色のタオルである。トレイが丁寧に包装を開けたあと、にっこり笑ったのでおそらく好みだったんだろう。付き合いが長いのでそのあたりはよくわかる。よかった、と安堵した。
「なかなかかっこいいじゃないか、ありがとうな。·····もしかして、二人で買いに行ってくれたのか?俺も誘ってくれたらよかったのに」
「それじゃサプライズにならないじゃん!」
「しかし仲間はずれみたいで寂しいじゃないか」
「やだトレイがかわいいこと言ってるよ〜ケイト」
「うーん·····ごめんねトレイくん」
ケイトはどこか気まずそうに言ったあとグラスに口をつけた。冗談だろうにそんなまじめに答えなくても、と思ったがわたしはそれより話したいことがあったのでトレイに向き合う。
「でも実はそれふたりで選んだんじゃないの」
「そうなのか?」
「ふたりでマジカルバーガー行ったらそこにトラッポラくんがいてさ·····」
「トラッポラくんって·····ユウの担当生徒の?俺も長期講習では何回か見たけど」
「そう〜!!!そのトラッポラくん!!!!!マジバでバイトしてたの!!!!!しかもバイトサボって買い物ついてきたの〜!!!!!」
「ええっ!?」
びっくりしながらトレイはずれそうになった眼鏡を中指で押さえる。いやそうなるよね〜わたしもびっくりしたもん〜!!!!!
「めちゃめちゃユウちゃんに懐いててかわいかったね♡しかも来年うちの大学受けるんでしょ?バスケ部ぜったい入るって言ってたじゃん」
「言ってた·····トラッポラくんほんとかわいいんだけど、なんていうかそういうところあるんだよね・・・押しが強いっていうか」
「たしかに」
トレイは苦笑する。わたしははあーとため息をつきながらピザをつまんだ。おいしい。
「連絡先も教えろってめちゃめちゃうるさくて、なんか最終的にはケイトとマジカメ繋がってんの!そっから辿って毎日わたしのアカウントにフォロリクしてきてて恐怖なんだけど」
「お前鍵垢でよかったな·····」
「別に普通に受験終わって先生と生徒じゃなくなったら·····っていうかうちの大学に本当に入ったら連絡先も交換するしご飯もいくらでも連れてったげるのにね〜」
そう言いながらわたしはマジカメのフォロリク一覧を見る。相変わらずトラッポラくんの名前が入ってあった。彼自身はアカウントに鍵をかけていないので覗きにいけるんだけど、ときどき友達とバスケをしたり勉強中の写真を上げたりと非常に健全な高校生をしている。かわいいのはかわいい。
「・・・トラッポラくん、模試の判定いつもいいだろ。たぶん普通に後輩になるんじゃないか」
「うーん、そうだねえ。なんか不思議な感じだけど·····」
トラッポラくんが後輩かあ。まあでもたしかにマジカメ見る感じ本当にバスケうまそうだし、うちに入ったら活躍してくれそう。うーんかわいいんだろうな·····後輩トラッポラくん·····めちゃめちゃかわいがっちゃう未来が見えるな·····奢りすぎてお金なくなりそ・・・。
「トラッポラくんが入学してくる前に全力で貯金しとこ」
「ユウちゃん奢る気満々じゃん!」
「トラッポラくんには勝てないよ·····ケイトも見たでしょあの強引さ」
わたしはまた長いため息をつく。しかしちょうどそのときつけっぱなしだったテレビの音楽番組から昔好きだった曲が流れてきたので、わたしの意識はそちらに持っていかれた。
「・・・ふたりとも寝ちゃった」
まさかひとりで飲むことになるとは。まあでも今日部活あったし二人はスタメンで毎回めちゃめちゃ走り回るから仕方ないか、と思いつつわたしはマジカメを見ながらひとりお酒を飲んだ。にしてもケイトはこういう寝落ちたまにするけど、トレイが歯も磨かずに寝ることってめったにないからなんだかそわそわしてしまう。
「眼鏡かけたまま寝てるし・・・。取ってあげたほうがいいのかな」
別にトレイは寝相が悪い方ではないけれど、もしなにかあって壊れちゃったらかわいそうだ。誕生日だし。起こすかもしれないけど、まあそれはそれで歯磨きしてきたら?って言えるしいいか。わたしはよっこらしょと立ち上がって勝手知ったるケイトの部屋からブランケットを持ってきてふたりにかける。それからトレイの眼鏡に手を伸ばした。
「ん・・・」
「あ、ごめん起こしちゃった。眼鏡外しときなよ」
「ユウ·····?」
いつもしっかりしているトレイがとろんとした目をこちらに向ける。やだかわいいじゃん、子供みたい。わたしは思わずにっこりしてしまった。
「うん、歯磨きしないでいいの?」
「んー・・・」
こりゃだめだ、完全に睡魔に負けている。珍しいこともあるもんだ、とわたしはそのままトレイの眼鏡を外した。ここに置いておくねと声をかけて、眼鏡をたたんでそっと机に乗せた瞬間。フリーになった左腕をトレイが掴んだ。
「?どしたの、寝ぼけてるの」
「・・・」
眼鏡を外されたトレイの瞳は眠気も相まって焦点が合っていない。視界が悪いからか眉を寄せているトレイはなんだか知らない男のひとみたいだった。
「トレイ?」
わたしはケイトを起こさないよう小声で名前を呼ぶ。途端、ぐいっと腕を引かれてそのままわたしはトレイに抱きしめられた。驚いてうわっ、と素っ頓狂な声を上げそうになるもそれは叶わない。だって、わたしの叫びは。
「っ!?」
さっきまで飲んでいた甘いチューハイの味がするトレイの唇に塞がれて、吸い込まれてしまったのだ。あまりのことに驚いてわたしは固まってしまう。·····トレイは、唇を重ねたままわたしの髪を優しく梳いた。
う、うそ。キスされてる。ちょっと待ってよトレイ、酔い過ぎじゃない!?ようやく状況を把握したわたしは慌ててトレイの肩を押し、急いで離れる。彼はそのまま力が抜けたかのようにわたしを捉えていた腕を落とし、眠りについてしまった。
「ッ・・・!な、な·····、」
や、やわらかかった。甘かった。自分だって酒を飲んでいるのに、アルコールの匂いにくらくらした。わたしは思わず口を手で押さえて後ずさる。
わたしの腕を引いた手も、抱きしめられた際に感じた胸板も。男の子だった。どうしよう、心臓がバクバクしてうるさい。
「〜〜〜〜〜ッ、」
トイレ行こ!!!!!わたしはすっくと立ち上がってとりあえず御手洗に逃げた。うそ、うそ、どうしよう。たぶんあれ寝ぼけてるからトレイ覚えてないよね!?どうしよう、これからわたし、どんな顔してトレイと接したらいいの・・・!?
「·····ちょっとトレイくん、強引じゃない?」
「なんだケイト。起きてたのか」
監督生が手洗い場でうんうん唸っているとき。眠っていたはずのケイトとトレイはぱっちりと目を開けてひそひそと話していた。
「寝てたけどユウちゃんがトレイくんに声かけてたので目が覚めちゃった。オレ眠り浅いし」
「恥ずかしいところを見られてしまったな」
「(わざと見せてきたくせに)」
ケイトははあ、とため息をつく。これだから監督生とふたりで出かけるのはまずいと思ったのだ。その上トラッポラくんの話。完全にトレイに火をつけたんだろう、とどこか他人事のように思った。
だけど、とふと頭に過ぎる。
いつもの自分なら見なかったことにして寝たふりを続けていたのに、どうしてわざわざ口を出してしまったんだろう。トレイがユウに抱いている思いなんて、初めて見た時から気づいていたのに。
「で、今日は歯磨きいいの?バースデーボーイ」
「いや、もうちょっと寝たふりをしたらするつもりだよ」
「さっすが〜」
抜け目のない男にケイトは苦笑し、少しだけ体を起こして一口水を飲む。まあ、誕生日だし。深く追求するのはやめよう。
「お誕生日おめでとう、トレイくん」
「ああ、ありがとう」
お手洗いの方から水を流す音がした。そろそろユウが戻ってくるだろう。ケイトはもう一度横になり、寝られるわけなんてないのに寝たふりをした。