小さくなったエース・トラッポラの話

 オンボロ寮の監督生が女だということは、秘密である。秘密ということはつまり、学校中が知っているということだ。

『監督生くん! ナイトレイブンカレッジは由緒正しき男子校です。保護者の中には、異性との交流にうつつを抜かすことなく勉学に励んでほしいという気持ちで大切なご子息を我が校に送り出している方も数多くいらっしゃいます! く・れ・ぐ・れ・も、本校内でスクールラブなんていう青春を送らないように!!!』

 ナイトレイブンカレッジへの入学が決まったとき、学園長であるディア・クロウリーは言った。ここをなくしたら行き場のない監督生はもちろんです! と何度も頷いて───────
 ただいま、同じクラスのエース・トラッポラと男女の仲にある。

 しかし交際からもうすぐ半年。最近では青春ハッピースクールラブというよりも、倦怠期というか……どうにも喧嘩が多くなっていた。

「だったら元カノのところに行けばいいじゃん! エースのバカ、デリカシーなし男!!」
「はー? デリカシーの有無に関してだけはお前に言われたくないんだけどぉ? てゆーかそもそも事の発端はお前が先輩に色目を使ってたことでしょ! 元カノだってオレと付き合ってる時は男とは───────」
「あーっ出たまた元カノの話! 最近そればっかり! そんなに元カノがいいんならそっちに行けば!? エースなんてもう知らない!! 大っ嫌い!!」
「あっちょ、」
「バーーーーーーーーーカ!!!!!!」

 そう言って監督生はオンボロ寮を飛び出すも、エースはため息をつくだけでひとまずは追いかけすらしなかった。なぜならこんなやり取りを彼らはこの数ヶ月で既に49回はしており、これで50回目なのだ。
 毎回のケンカの流れはこうである。監督生が他の男と仲良くする→エースがそれにヤキモチを焼き、「普通はしない」「元カノでももうちょっと気を使っていた」「オレの女友達もありえないって言ってる」などという言葉でエースが監督生を詰る→監督生がキレる、である。

 監督生の言い分は、「この世界には身よりもいなければ友達もいないし、今後のためにもできる限りたくさんの人間と友好な関係を築きたい」である。
 それに対してエースの言い分は、「そうは言ってもこの学校の人間は全員男で女に飢えていて、そこに危機感もなければ彼氏がいることを公表していない監督生が近づくのは危なすぎる。何度言ってもわからないならあの手この手で納得させるしかない」だった。
 お互いにお互いの気持ちを理解はできるからこそ、少し時間を置いて頭を冷やせば冷静になり「言いすぎた」と謝り合うことができた。だから二人はこれだけケンカをしても別れることはなかったし、翌日には錬金術の授業でキャッキャウフフと共に鍋を掻き混ぜている。
 今回もそうなるはずだ。エース・トラッポラはそう確信していた。

 しかし今回に限っては、そうは問屋が卸さなかったのである。


 ───────ドンドン! ドンドンドン!!

 監督生が不在のオンボロ寮の扉を誰かが強くノックした。それにエースは眉をひそめる。なぜならエースが把握している監督生の交友関係の中に、こうして無言で扉をノックする人間なんていないからだ。
 学園長やグリムならノックもせずに入ってくるし、デュース・エペル・セベク・オルトといった一年生組も、ノックはそこそこに扉を開けて名乗ることが多い。先輩達も然りだ。
 エースは怪訝な顔をしながらとりあえず談話室のソファから立ち上がった。もしかしたら宅急便かもしれない。いやそれにしたって名乗るよな……と首をかしげながら。

「はーい、どちらさ───────」

 ま、と言おうとしながら扉を開ける。しかしその途端エースは眩い光に包まれて反射的に目を閉じた。
 体が熱い。クラクラする。何が起こっているのかもわからないエースが、霞む視界の中で見たものは。

 とても小さな……そう、手乗りサイズくらいのとても小さな。怒った顔をした、妖精の姿だった。








「エース!! エース、起きて!! エース!!!」
「うーん……?」

 ……監督生に呼ばれている。深く沈んだ意識が、愛しい彼女の切羽詰まった声色でゆるりと浮かんでいき、エースは重い瞼を押し上げた。そして、うぉっ!? と声を上げる。それはなぜなら。

「えっ!? なに!?」
「よかった、目が覚めて……!!」
「よかった……じゃないんだけど!? えっ、えっなんで!? なんでお前……巨大化してんの!?」

 監督生の愛らしい瞳も、唇も、いつもの何十倍と大きくなっていたのだ。エースは自分の目前にあるそれらを見て目を丸くする。なんか変な魔法薬でも飲んだ!? ……と思っていると、監督生はふるふると力なく首を振った。

「違うのエース、わたしが大きくなったんじゃなくて……あなたが縮んだの」
「はあ?」
「よく見て」

 そう言われて初めて、エースは自分が監督生の柔らかな手のひらの上にいることに気がついた。何度も繋いだ暖かでかわいい手だ。……それが包み込むように自分を抱いている。
 エースはまさかと思いながら、自分を落とさないように大事に抱えてくれている監督生の指にしっかり掴まり外の様子を見た。なるほど確かに周りの家具も相当大きく感じられる。……そして極めつけは。

「エース! 起きたのか!! よかったんだゾ〜!!」
「寮長にはもう説明済みだ。安心して監督生のところで世話になるといい!」
「はあ? っつーか、お前らもでっか!!!」
「お前がチビなだけなんだゾ」

 同じく超ビッグサイズになったデュースとグリムだった。自分より何十倍もデカいグリムはあまりにも獣じみてて嫌だな……なんてエースが思ったところで、あれ? と引っかかる。

「監督生のところで世話になるって……どういうこと?」

 そう首を傾げるエースに、監督生は小さくため息をつきながら話し始めた。





 監督生には仲のいい妖精がいた。学園の中庭に住み着いているその妖精は、男の知り合いしかいない監督生にとって唯一の女友達であった。仲良くなったきっかけは、エースと最初に喧嘩をして中庭で泣いているときに、妖精が頭を撫でてくれたところから始まる。手のひらサイズの彼女と監督生ではもちろん会話はできなかったが、フェアリーガラの際にシルバーにもらった翻訳機の存在を思い出した彼女は以降それを持ち歩き、妖精と話をするようになったのだ。
 喧嘩をする度監督生は妖精に愚痴を言っていた。それでも監督生とエースが愛し合っていることは明らかだったので、妖精はいつも優しく聞き流していた。
 しかし、50回だ。50回目のケンカである。この短期間で50回。監督生のことを大切に思う妖精の堪忍袋の緒が切れるには十分だった。
 
 そしてこの度妖精は、泣きじゃくる監督生をなだめた後単身でオンボロ寮へと乗り込んで、全く警戒していなかったエースに魔法をかけたのである。
 ちなみに魔法の内容はこうだ。
 ───────妖精サイズにまで縮み、監督生と一時たりとも離れないようにする。なお一度でも3メートル以上離れると、エース・トラッポラは死ぬ。

「死ぬの!?!?!? えっ!? オレ!!! 死ぬの!?!?!?」
「だから3メートル以上離れちゃいけないのよ。事情が事情だから先生もリドル寮長も納得してくれてる。なんかこの妖精の魔法は簡単に解けないらしくって……一応一週間したら元に戻れるらしいけど」
「一週間もこのサイズなの!?!?!?」
「そうだね。まあエースがわたしを泣かせたから仕方ないよね」
「はー!? 元はと言えばお前が」
「こら! そのサイズになってまで喧嘩するんじゃない!!」

 まだケンカが解決していないため、棘のある物言いをする監督生にエースは食ってかかる。そんな二人をデュースは制止し、ため息をついた。

「まったく……なんでそんなにケンカばっかりするんだ、お前らは…………」
「逆に仲がいいんじゃねーのか?」
「「…………」」

 デュースとグリムにも内緒で二人は交際をしていた。鈍感がゆえ気づいていないが核心を突く言葉に、二人はただ口ごもるしかなかった。





 少なくとも3メートルは離れられて本当によかったなあ、と監督生とエースはそれぞれ思っていた。この範囲であれば少なくともトイレや風呂のプライベートは保たれる。しかしあまりの不便さにエースは何度もため息をついた。

 移動は基本的に監督生のカバンの中。普通に歩くとオンボロ寮から校舎まで途方もなく時間がかかるし、なんなら踏み潰されかねない。頭や肩に乗ることも考えたが、もしも落ちたら大変なことになるのは明白だったので、乗り物酔いをするような気持ち悪さを堪えながらエースはいつも監督生のカバンのポケットに収まっていた。完全にぬいぐるみの気分である。
 ノートなどの筆記具はクルーウェルが魔法で小さくしてくれたので、それを使って授業には出た。クラスメイトも最初こそやんややんやと騒ぎ立てたが、五日もすれば慣れたのか特に触れることもなくなった。そう、エースが手のひらサイズになってから今日で五日なのである。

 不満げなエースとは対照的に、監督生はどこか楽しそうだった。純粋に小さくなったエースが愛らしく見えたのだろう。エースの寝床はぬいぐるみ用のベッド等で整え、食事も甲斐甲斐しく与えている。ペットかよ、とエースは思いつつ、それでも監督生が自分のことばかり考えている光景は悪くなかった。こんなに好かれているのに、何を焦っていたんだろうなぁと思うほど。
 とはいえ好きな女とひとつ屋根の下で寝食を共にしながら、何もできないというのはエースにとってもどかしいものではあったのだが。

 そしてその日の晩。眠る監督生の横顔を、デスクに置かれたぬいぐるみ用のベッドの上からエースが見つめていると、コンコン、と窓が叩かれる音がした。反射的にそちらを向くと、そこには自分をこんな目に遭わせた元凶である妖精がいる。

「!」

 こんなところにのこのこと、と思っているうちに、妖精は魔法で鍵と窓を開けて中に入ってきた。その当然のような態度にエースは眉を顰めながらも言う。

「ちょっと! いい加減にこれ戻してよ!!もうケンカもしてないじゃん!!」
「……このサイズになったから関係が良好になったのでしょう。ずっとこのままでいいのでは?」
「はあー!?」
「彼女も貴方もお互いを想いあっているのがよくわかります。それこそが幸せというものでしょう」

 凛とした声で妖精は話す。翻訳機なしでも会話が通じるのはエースが縮んでいるからか、それとも相手が縮ませた張本人だからなのか。しかしもちろんエースはそんな疑問を抱く余裕もなく、カリカリとしながら声を荒らげた。

「あのねー! 妖精の価値観でオレとコイツの幸せを決めないでもらっていい!?」
「50回も彼女を泣かせた男に言われたくありません」
「うっ、それは……」
「彼女はいつも、もっと自分だけを見ていてくれたらいいのにと泣いていました。でもそんなことを言って貴方の負担になり、嫌われるのが怖いとも。だから他にも友人を作り精神の安定を試みていたようですが、そうすると貴方が不機嫌になる。堂々巡りで悩んでいます。つまり、貴方が彼女から一時も離れられないようになれば解決です」
「妖精の思考こっわ…………」

 淀みなく話す妖精にエースは頭を抱える。しかしそんな彼に、妖精はさらりと言った。

「貴方だって彼女が自分だけを見ていることが嬉しいように見受けられます。貴方達はもっと深いところで繋がったほうがいい。もっと本音で話し合い、お互いにお互いがいればそれだけでいいと伝え合うのです」
「そ、んな、小っ恥ずかしいこと……」
「事実でしょう。貴方だって彼女がいるだけでいいのに、彼女に自分だけを見ていてほしいのに、素直になる勇気がなくて回りくどい言葉で彼女を傷つけている。もっと反省して行動を改善しなさい。……さもないと」
「さ、さもないと?」
「貴方を一生このままにします」
「わーーーーーーっやめてやめて改善するから!!!」

 そんなのたまったもんじゃない、とエースが大声で慌てると、妖精はそれでいいのですと頷いた後窓から去っていった。勝手すぎる、と思いながらエースは窓を閉める。このサイズではそれすら一苦労だった。
 鍵をかけるのは高さ的にムリだな、とエースはため息をつく。そしてもう一度、月明かりに照らされる監督生の方に目をやった。

「……ハァ」

 キスをして抱きしめたいな、とエースは思う。この体ではかなわないことだ。こんなにもずっと一緒にいるのに、自分だけを見ていてくれる充足感はあるのに、足りない。それは結局監督生と、彼氏彼女としての幸福な形を取れていないからで。
 ……監督生を幸福にするには、どうやら素直になるしかないようで。

 ハァー、とエースは重ねて大きなため息をついた。手のひらサイズに縮んでしまったせいで、その嘆息すらそよ風よりも小さい。ガリガリと頭を掻いたエースは、筆記具と同じく小さくしてもらったスマートフォンを手にした。そしてスクロールして、文字を打って、スクロールして。
 数秒の間の後、彼は小さく息を吐き出した。それは先程までのため息とは違う、何かを腹に決めたような……男の決意を秘めたものだった。





 翌日。いつものように二人は朝起きて、登校して、授業を受けた。この生活も明日で終わりだと思うとエースはせいせいしたが、監督生は少し寂しそうだった。ひっきりなしに「明日の何時に魔法が解けちゃうんだろうね」とエースに聞いてくる。
 この魔法がちょうど一週間、つまり24時間×7日後に解けるのであれば、エースと監督生が喧嘩をした夕方の5時頃になるだろう。それならまあ、元に戻ってから渡せばいいか、とエースは考えた。

 昨晩エースはスマホで“あるもの”を注文していた。お急ぎ便を利用したそれは、こんな辺鄙な賢者の島でも今晩中に届く。先程魔法史の授業で監督生がうとうとしている間に、デュースに代わりに荷物を預かってもらうよう頼んでおいた。あとはそれを明日受け取って、監督生に渡すだけである。
 しかし、とエースは小さく唸った。昨日は正直夜の勢いというか、妖精に葉っぱをかけられたテンションのままに“アレ”を注文してしまったが、重くはないだろうか。第一キャラじゃないし、オレそういうのほんとイヤだし。渡して引かれたらどうしよう、なんて悶々とする。
 まあでもサイズさえ元に戻れば、テキトーに手品かなにかをしてついでに渡せるし、そうしたら重さも軽減されてきっと喜んでくれるはずだ。……なんてエースは自分に言い聞かせた。

 そして翌日。デュースに一体なんなんだこれはと聞かれながら渡された小箱をこっそり受け取って、監督生にバレないよう彼女のカバンのポケットに仕舞い、またいつも通りの学園生活を過ごした。
 しかし放課後。オンボロ寮で魔法が解けるまでのんびり過ごそうと思っていたら、今日でこのサイズ感も終わりだということが名残り惜しくなったのか、クラスメイトが群がってきてエースの写真を撮りまくり始めた。一回300マドルな! なんて声をかけてみても小さくなったエースの声なんてガン無視されてしまう。それにエースがやれやれと思っていると、隣のクラスのオクタヴィネル生が監督生に声をかけているのを視界の端に捉えた。

「本当に今回は大変だったね、監督生。妖精のいたずらなんだろう?」
「うん、そうなの。まあ今日で終わるからいいんだけど……」
「3メートル以上離れたらいけないんだったっけ。仕方ないとはいえ一週間もただのクラスメイトとそんなことになるなんて大変だよなあ……あれ、ただのクラスメイトだよね? トラッポラと実は付き合ってたりする?」
「まさか。ただのクラスメイトだよ」

 そう言って笑う監督生にエースは思わず歯噛みする。何笑ってんだよ、ていうかそいつ明らかにお前のこと狙ってんじゃん。
 しかも背の高いその男と監督生はまるでお似合いみたいに見えてエースはさらに苛立った。

 この一週間、エースは監督生と手を握ることも抱きしめることもキスをすることもできていない。まるでペットのように世話をされているだけだ。そう思うと、カッと頭に血が上った。
 ……そして。

「帰ろーぜ」
「えっ?」

 エースは勢いのまま監督生の方へ走って、袖を引く。このサイズの自分がこうすると彼女は断れないとわかった上で、だ。
 案の定監督生は会話中のオクタヴィネル生を見て少し気まずそうにしたが、「もうデカいやつらの相手すんの疲れた」と言うと監督生も「そうだよね」と頷いた。今回の騒動は監督生を思った妖精の暴走によるため、彼女はいつもよりもエースの押しに弱くなっているのだ。
 
 監督生はいつも通りエースを中に入れるためにカバンを開ける。ポケットに入る途中、そのオクタヴィネル生と目が合ったエースは一度だけ彼をきっと睨んだ後ふいと顔を背けた。それに何かを察した男は、やれやれといったふうに苦笑した。




「お疲れ様、エース。大人気だったね」
「嬉しくねーし」

 その後オンボロ寮に着き、監督生はエースをカバンから出す。そして定位置と化したデスクの上にあるお人形ルームに彼を座らせた。そこで、あっと声を出す。

「もうこっちじゃなくてベッドの上の方がいいかな? 急に元のサイズに戻ったら机が壊れちゃうかも」
「確かにね」
「……もうこのぬいぐるみルームも用無しかぁ、かわいくて気に入ったから今度何か本当にちっちゃいぬいぐるみでも買おうかな」

 なーんて、と監督生が冗談めかしたように笑う。しかしその横顔は少し寂しそうで、エースは思わず口を開いた。

「……元の姿に戻ったら買ってやるよ、ぬいぐるみ。デートしよ」
「えっ」
「このサイズの間ずっと世話してくれてたお礼」

 なんて、それで礼になるのかな……なんて思いつつ監督生を誘うと、彼女は目を丸くしたあと少し固まって、おずおずと聞いた。

「……いいの?」
「えっ」
「怒ってない? ……めんどくさくない? もう別れたいとか思ってないの?」
「はあ!?」

 なんでそーなるの、と驚くエースに監督生は続ける。

「だって、今回のことってわたしが妖精に愚痴ってたからじゃん。もうしないようには言ったけど、これから先もケンカをしたら同じことになるかもしれない。それに、愚痴を聞いただけの第三者に責められるのってエースが一番嫌なやつでしょう? わたし、もう振られてもおかしくないなって……」
「…………」
「元の姿に戻ったら、別れ話されるんじゃないかと……ずっと思ってて…………ッ、」

 ぐす、と監督生がを鼻すする。心配な気持ちが堪えきれなくなったのだろう。そんな彼女にエースは一度唇を噛んだ。
 ───────オレはこんなにも、コイツを苦しめていたのか。

「……ねえ、ちょっと目ぇ閉じててよ」
「えっ?」
「いいから」
「……?」

 エースはいてもたってもいられなくなって、監督生にそう指示した。彼女が困惑しながらも言われた通りにしているのを確認して、カバンのポケットからさっき受け取った小さな箱を取り出す。
 なんてことのない軽い小箱。けれどもいまのエースからしたら、全身を使わなければいけないほどに大きい。キマらないだろう、かっこよくないだろう。そんな言葉が頭に過ぎったが、エースはもうどうでもよかった。
 ただ目の前にいる愛おしいひとに、自分の愛がどれほどなのかをちゃんと伝えて、笑って欲しかった。そんな思いを胸に、彼はパカリとその箱を開ける。


「エース、まだ……?」
「もういいよ」

 不安げな声を出す監督生に頷きながらエースが言う。ゆっくりと上がる監督生の瞼。自分とは違う黒曜石のような瞳は、涙を受けてキラキラと一層煌めいていた。

「それ……」
「指輪。一応もう、付き合って半年なわけだし。……なんか形のあるもの、あげたくて。こんなサイズのオレが渡したってダサいかもしんないけど」

 監督生が驚きながらエースをそっと両手で抱えあげる。小さくなったエース・トラッポラの頬にしっかりと赤みが差しているのを、彼女は見逃さなかった。

「……ねえ、オレ、カップルで指輪あげるとかさぁ、重いって思うわけ。ダサいし痛いって思うわけ。でも、あげたくなっちゃったの」
「…………」
「つけててよ。オレのだって印。お前がちゃんと、オレに愛されてるんだって印。これから先も、ケンカとかそりゃいっぱいするかもしれないけど。でもオレは、本当に。本当にお前のことが、好きで───────」

 その言葉を遮って、監督生がエースの額に口付ける。するとその途端、エースの体が光って。

「うわっ!?」

 ……次の瞬間には元の姿に戻っていた。それも、ベッドに監督生を押し倒すような形で。



「っ、ぶな……! 大丈夫!? 痛いところ」
「ない」

 監督生を潰してしまったのではと慌てるエースに、彼女は凛とした声で答える。そしてエースを抱きしめた。

「ない。ぜんぶ大丈夫。……いま、ぜんぶ大丈夫になった」

 愛しい声が耳元で震える。一週間ぶりに全身で感じる彼女の体温に、柔らかさに、においに、エースも胸がいっぱいになって、なんだか少しだけ泣きそうになった。

「ねぇ」
「うん?」
「50回も泣かせてごめんね」

 ぎゅう、とエースも監督生を抱きしめる。そんな彼に監督生は笑った。

「その五倍は笑わせてもらってるから、大丈夫」

 監督生とエースは、まつ毛が触れ合うような距離でそう囁きあって、そのあと吸い込まれるように口付けた。
 監督生の左手の薬指にエースが指輪をそっと嵌める。「学園長にバレたら怒られないかな」と少し慌てる監督生に、「学内の人間にもらったってバレなきゃ大丈夫でしょ」とエースは笑って口付けた。


 オンボロ寮の監督生が女であるということは、秘密である。秘密ということはつまり、学校中が知っているということだ。
 そして彼女には世界一大切な恋人がいる。その恋人がエース・トラッポラであるということは、もちろん秘密で。

 秘密ということは、つまり───────。