─────2017年12月24日
「ご懐妊ですね。おめでとうございます、夏油さん」
「わぁ·····!」
「うわーーーー!!!!!!」
元々生理不順だったからなかなか気づかなかったけれど、最近どうにも眠いしだるいしで妊娠検査薬を使ったらビンゴだった。それを夕食のあと傑に言うと飛び上がった彼はさっそく翌朝検診の予約を取り、いっしょに産院についてきてくれた。
明らかにそわそわする傑に、まあ検査薬も間違いがあるらしいから·····などと言いながらついに診察の時間。いろいろと検査をされたあと、改めて傑とふたり椅子に並べられて、眼鏡をかけた穏やかな女の先生にそう告げられた。
あ、赤ちゃん·····!!!! 赤ちゃんがいるというの、ここに!? わたしの腹に·····!?
別の生命体が!!! 傑とわたしの血を引く生命体が·····!?!?!?
まったく実感はわかないけれど先生の使っているパソコンには確かに小さな小さな胎児が表示されている。これが、わたしの、お腹の中に·····。目をぱちくりしていると、先生は資料を渡しながら言った。
「心拍も確認できましたので、さっそく時間があるときに母子手帳をもらいに行ってください。つわりの症状などは大丈夫ですか?」
「は、はい·····。あっ? 最近たまに気持ち悪かったの車酔いか食べ過ぎだと思ってたけど、つわりだったのか!」
「私はもしかしてってずっと言ってただろう」
「だってー!!!」
高専卒業後共に教師になった傑にプロポーズされ、入籍して早一年。そろそろ子供が欲しいねとは言っていたものの、いざできるとなんだか不思議な気持ちでいっぱいだ。
「こちらが先程撮ったエコー写真ですよ。この部分が頭でこっちが体ですね」
先生が丁寧に説明してくれる。クリスマスイヴだというのにしっかりお仕事してくださってありがたいなあ、なんて思っていると横に座っている傑からめちゃくちゃ頭の悪い質問が飛んできた。
「せ、先生·····! 男の子でしょうか女の子でしょうか·····!?」
「いやまだわかるわけないじゃん冷静になりなよ」
「ふふふ、そういうのがわかるのはもうちょっと先ですね〜」
ほら、と言うと傑は恥ずかしそうに笑った。ああ、なんだかんだで喜んでくれているのかなあ。
「受付で次の検診の予約を取っておいてください。もし悪阻であまりにも辛いだとか、ご飯が本当に食べられないだとかあれば遠慮なくご連絡を。薬や点滴などもありますので」
「はい! ありがとうございます」
「ではお気をつけてお帰りくださいね」
「「ありがとうございました」」
そう言ってわたしと傑はぺこりと頭を下げて診察室を出る。へえ、はえー、不思議な感じだ。わたしのお腹に赤ちゃん·····。母になる·····? わたし母になるのか·····。
ぜんぜん実感がわかないな、そう思いながら試しにお腹をさすってみる。まあまだ何も感じたりはしない。ふうん、本当にいるのか·····。そんなことを考えていると、傑が口を開いた。
「安定期までまだあるしなるべく安静にしているように言われたね。ギリギリまで働きたい? 私としては名前にもう任務に出て欲しくないんだけど」
「そうだねえ、さすがにわたしも呪霊祓うのはちょっとなあ·····事務仕事に回してもらうか裏方になろうかなあ。それこそ安定期に入るまであんまり周りに言いたくはないけど」
「何があるかわからないしね。でも業務的に仕方ないよ、ていうかこの仕事復職も余裕だから落ち着くまで休んじゃってもいいとは思うけど」
「一理ある」
そのへんも考えなくちゃねえ、なんて言ってるうちに会計に呼ばれたのでそれを支払い、ついでに次回の予約も取った。次は年明けだ。
·····いやあ、しかし。今日この日に妊娠を知るなんて、なんと数奇な巡り合わせか。
そう思いながら病院を出る。冬の寒さが肌にしみて、ぶるりと震えると傑がわたしの腰を抱いた。そしてわたしの頭上から、漏れ出るような吐息が聞こえる。
「·····ふふ」
「ん?」
「嬉しい。名前と私の子供かあ」
傑がそっとわたしのお腹をさする。優しく細められた眦に、わたしは胸がきゅうっとしてなんだか泣きそうになった。
「·····ねえ傑」
「うん?」
「もしお腹の子がさあ·····」
「うん」
さす、さす。目にも見えなければ感じることもできない、けれども確かにわたしの胎内で脈打っているらしい我が子に思いを馳せる。
「非術師だったら、どうする?」
それはずっと考えていて、でもどうしても口にするのは躊躇われた問い。妊娠が発覚したときよりもバクバクと鳴り響く心音。
そんなわたしを知ってか知らずか、傑は優しく答えた。
「そうだね。私達の職業についてどう説明するか悩むね」
さらりと答えた彼に、思わずわたしは目を瞬く。
「·····それだけ?」
「·····うーん。まあ本心を言うと呪術師であってほしいなとは思うよ」
「うん」
「でも·····今はそれより無事に生まれて欲しいっていう気持ちが強いというか·····いやこれはかっこつけてるだけかも。正直いまひとつ実感がわかない」
「あはは、そりゃそうだ。わたしもだもん」
そう言ってふたりで顔を見合わせて、くすくすと笑った。
「·····傑」
「うん?」
「手、つないで」
そう言って右手を差し出すと、彼はぎゅっと握ってくれた。ああ、大きい。あたたかい手だ。優しい手だ。人を、守る手だ。ずっとこのまま一緒に歩んでいけるだろうか。この手とこの手のあいだに、新しい生命を迎えることはできるのだろうか。
心配を誤魔化すように冬の風のにおいを吸う。すると傑が穏やかな声色で優しく言った。
「·····たぶん名前が思っているより私はいま幸せだよ」
その言葉はまるで、歌っているかのような美しさで。
「あのね、わかってる? 愛する人と結婚できて、その間に子供が生まれたんだよ。浮かれるさ」
「え、いま浮かれてるの?」
「かなりね」
傑はそう言って、外だというのにぎゅっとわたしのことを抱きしめた。
「私は名前のことをちゃんと幸せにできているかな」
「·····うん」
「よかった。これからは子供のこともちゃんと幸せにしてやらないとね」
傑の肩に顔を埋める。お互いとっくに成人して、酒の味もツマミの味もいい店の味も覚えたし、三十が近づいて新陳代謝も落ちているのか、なんだか二人ともちょっと肥えた気がする。がっしりとした筋肉の上に少しだけ乗った脂肪に頬を寄せた。
柔らかいなあ。いやまあわたしもだいぶ肉がついてきちゃったんだけど。幸せ太りというやつだろうか。1度目の2017年より確実にいまのほうが太っている。そんなことを思っていると、傑がおもむろに口を開いた。
「ねえ」
「んー?」
「·····ずっと一緒にいてくれて、ありがとうね」
その言葉に驚いてばっと顔を上げる。そこには少し照れたように頬を染めた傑が、へらりと眉を下げて笑っていて。
「·····こちらこそ」
「ふふ」
「これからもずっと一緒よ」
「もちろん」
君と手を繋ぐ。ぎゅっと繋ぐ。いつまでも繋ぐ。ずっと繋ぐ。
もう二度と、離れてしまわないように。
わたしたちは自販機の影で1度だけ軽くキスをして、高専に向かって歩き始めた。
「きょうは寮でクリスマスパーティだけど、名前は美々子と菜々子が作るローストビーフは控えた方がいいかな」
「ほんとだ! うわーこれ妊娠絶対バレるね」
「パンダも棘も憂太も真希も盛大に祝ってくれるだろうね」
「確かに。あ、五条には先に言っとく? 同じタイミングだと拗ねそうじゃない? 硝子にもLINEしておこうかな」
「そうだね。あ、そういえば名前あした七海と灰原と任務じゃなかった? 私が代わるよう調整するか」
「ありがとう!」
これから先はわたしも知らない未来が待っている。けれども何が起きようと、君が隣にいるだけでこんなに力が湧いてきて、最高の毎日になってしまうんだ。
わたしは傑の指先の温度に目を細めながら、まだぺったんこの自分のお腹をもう一度撫でた。
明日はあのくまのぬいぐるみを洗濯しよう。もしかしたらお腹の子が、遊んでくれるかもしれないから。
夢のあと