───わたしにはほんの少しだけ、前世の記憶がある。
『おばあちゃん』
『おばあちゃんありがとう』
コロコロと玉を転がすように笑う子供たち。かわいいかわいい眩しい笑顔。キラキラした瞳。
いい晩年を過ごした。幸せな人生だった。老いていく体は節々が痛んだしままならないことも多かったけれど、歩く速度が遅くなるにつれ空を眺める時間は増えた。こんなにも世界は美しいのかと、歳をとるほど思い知った。それでも年齢の割に元気だったわたしは夫に先立たれ子が巣立ち孫や曾孫が出来たあともひとりで暮らしていた。それでも寂しくはなかった。地域の交流会で仲良くなった近所に住む小学生の子供たちがよく遊びに来てくれていたのだ。
満ち足りた日々だった。だからその美しい青空が赤に塗りつぶされてしまったときも、わたしはさして誰のことも恨んだりはしなかった。
『··········ッ、』
全身に走る衝撃に、自分の終末を知る。·····横断歩道を渡っていた。よく家に遊びに来る子どもたちは遠足からの帰り道だったようで、珍しい時間にすれ違ってバイバイと手を振った。それがわたしの最後の言葉。
元気いっぱいで本当にかわいいわね、そう心の中で呟いたのとトラックがわたしにぶつかってきたのは同時だった。途端吹っ飛ぶ身体。スローモーションで流れる世界。青い空に白い雲、そして血しぶき。それから、
『おばあちゃん·····?』
吹っ飛んだわたしの肢体は、不運なことにちょうど横断歩道を渡り終えた彼らの傍に落ちてしまった。
·····ああ、見ないで。そんな顔をしないで。わたしは幸せに生きた。そりゃちっとも後悔がないわけではないけれど、それでもあなたたちの笑顔を最後に見られたのだから極上の人生だったわ。
だからどうかわたしを忘れて。こんな老いぼれをあなたたちのトラウマにしないで。あなたたちには輝かしい未来が待っている。だからどうか、傷つかないで。
そう思いながら重たい瞼が閉じたとき、突然たくさんの声がわたしの頭の中で響いた。
『おばあちゃん』『おばあちゃん死なないで』『痛そう』『かわいそう』『おばあちゃん』『ゆるさない』『おばあちゃんまたあそんで』『死なないで』『血がいっぱい出てる』『おばあちゃんが死んじゃう』『いやだ』『いやだ』『死なないで』
『またわたしに』『ぼくに』
『あめ玉をちょうだい』
もしも来世があるのなら。もしまたあなたたちに会えたなら。そのときはまた笑顔で、あめ玉をあげるから。
だから忘れなさい。わたしのことは忘れなさい。忘れて幸せに暮らしなさい。わたしは十分、幸せだったから─────
「名前ー!そろそろ起きないと遅刻するわよ〜!」
「はーい·····」
またあの夢を見た。前世のわたしが終わった時の夢だ。あの瞬間を忘れるな、とでも言うかのようにわたしは中三になった今でもこの夢を見る。繰り返し、繰り返し、何度も。
眠くてダルいけれどあの頃とは比にならないほど軽い身体。起き上がって伸びをする。その腕はしなやかだ。
布団から出る、ベッドを降りる。あの夢を見たあとはこんなどうってことのない日常に感謝する。そしてわたしはいつも通り、わたしを笑顔で見守っている“彼女”に笑顔を向けた。
「おはようタマちゃん、今日もいい天気だね」
彼女はこくりと頷いた。窓の向こうにはあの日と同じ青空が広がっている。