02


タマちゃんというのは小さな子供だ。可愛らしくて華やかな着物を着ている。短めのおかっぱに丸くて大きな瞳。座敷わらしがいるとすればおそらくこんな見た目だろう。

物心ついたときには傍に彼女がいた。親や妹には見えていないようだった。正直まったく心当たりがないわけではない。あの夢を見たあとはいつも少し胸が痛くなる。
きっとあの子たちの念だとか何かしらが作用してしまったのだろう。

タマちゃんはいつも穏やかに佇んでいた。わたしが友達や妹と遊んでいる時もたまに出てきてニコニコしていたけど、基本的には普段は姿を見せずわたしがひとりきりになったときのみ現れた。でもこれらはランダムで、ひとりきりのときでも出てこないときはあった。
彼女が絶対に出てくるのは、このふたつ。

・わたしがケガをしたとき
・わたしが変なバケモノと対峙することになったとき

タマちゃんは不思議なあめ玉をくれる。ケガを治すことができるあめ玉。子供というのはとにかくケガをするし泣く。けれどもわたしに限って言えばそうではなかった。
どこかにケガができたとき、タマちゃんに頼めばあめ玉をくれる。それを食べて口の中で転がしていると、そのケガはいつの間にやら消えてしまっているのだ。

これは他人にも有効で、この方法でわたしは妹のケガも治したことがある。けれども他人に使ったのはその一回こっきり。なぜなら────


「ねえねえお姉ちゃん·····」
「んー?」

テーブルについてトーストをむしゃむしゃ食べながら天気予報を見ていると、妹の夢乃が声をかけてきた。その声は小さくて、少し怯えているようにもとれて、ただ事ではないとわたしは彼女に向き直る。


「どうしたの、また何か変なものでも見た?」
「うん··········」

そう、これが理由。
わたしにはタマちゃんだけでなく、幽霊なのか妖怪なのかわからないけれど奇妙で気持ち悪い生き物が物心ついた頃から見えていた。けれども夢乃には見えていなかった。それなのに。
幼い頃公園で一緒に遊んでいて、夢乃が転んでケガをして泣いたからタマちゃんにあのあめ玉を出してくれとお願いして食べさせたら·····夢乃はケガの完治と引き換えに、わたしと同じように変な化け物を見るようになってしまった。

あんなもの、知らないで済むならそっちのほうがいい。しかも厄介なことに、夢乃はあの化け物たちが見えるだけで倒すことはできないのだ。わたしは何故か昔から、ああいった化け物を捕まえることができたんだけど。


「新しい教室ね、昔いじめられて自殺した子が使ってたらしいの」
「うん·····」
「そのお化けなのかなあ·····髪の毛が長くて顔の見えない女の子みたいなのがずっと教室の隅に立ってるの。怖い·····」
「そっか·····」

昨日は始業式だった。新学期、それも新年度早々そんなものを見るはめになったなんてかわいそうだ。見えなければ知らないでいられたのに。でもわたしのせいで見えるようになってしまったんだから、わたしが今度は夢乃の前からその化け物を消してあげないと。


「わかった。今晩お姉ちゃんが倒してあげる!だから夢乃はきょう一日その化け物のことなるべく見ないように頑張れる?」

あいつらは視線に敏感だ。見られていると悟ればそれだけで凶暴化することだってある。幼少期からの経験でそれをよく知っているわたしは、言い聞かせるようにそう告げた。夢乃がこくりと頷いたのを見てわたしはニコリと笑い、ぽんぽんと頭を撫でてやる。

大丈夫。わたしが必ず守ってあげる。だってお姉ちゃんだから。夢乃を守るために空手も習った。出る大会ではすべて優勝している。
それにわたしにはタマちゃんもいる。タマちゃんはわたしに力をくれる。そして何よりそれ以上に、タマちゃんはきっとあのときの子供たちだ。幼い子に心配なんてさせられない。わたしは強くならないといけない。もう誰も、泣かせないで済むように。


「いってきまーす!」

そのあと用意を終えたわたしは靴を履いて元気よく家を出た。今日の夜、学校からひとがいなくなったタイミングで夢乃を困らせる化け物を退治しにいこう。そう考えて気を引きしめる。青い空には悠々と白い雲が流れていた。





























「すみ·····ませっした·····ふしぐろ·····さ·····」


またやってる。

通学路の途中、弱々しい声が聞こえてきて反射的にそちらを向くと道路の隅っこでいかにもな不良2人組が去っていく伏黒くんに向かって土下座·····土下寝? いや単純に這いつくばってるだけ? みたいなポーズで謝罪をしていた。当の本人は気にもとめない様子でスタスタと学校に向かって歩いている。相変わらず強いなあ·····と思った。

この学校に通う生徒なら、まあだいたいの人間が伏黒くんが不良くん達を成敗(と言うと言い方がよすぎるけれど)している場面を見てしまっている。昨年の健康優良不良少年ズ横断幕に吊るされ事件なんてものすごかった。たぶん伏黒くんには手合わせしてもらっても勝てない気がするな·····わたしももっと鍛えなきゃな·····なんて思いながら歩く。別に彼とは特に会話をしたこともない。今までも別のクラスだった。でも目立つから知っていた。·····その程度だったんだけど、今回のクラス替えで同じクラスになった。しかもなんと、隣の席である。


(伏黒恵くんかー·····)


なんでだろう、なんかちょっと気になるんだよね。名前というか、見た目というか、まるで昔から知ってるみたいな·····。いやそんなわけないんだけどさ。そんなことを考えながらわたしは伏黒くんから20メートルほど離れたところをてくてくと歩いた。重力に逆らって立ち上がる髪の毛が揺れている。·····なんか、触ってみたいなあって昔も思った気がするんだけど。なんなんだろうなあ、これは。

そうやって首を傾げていると去年も今年も同じクラスだった友達に声をかけられた。今日はこれから実力テストである。もう本当に嫌だ〜、なんて言う彼女に頷きながら一緒に歩いて、そのまま教室へと入ってカバンを置いた。隣の席の伏黒くんは自分の席で本を読んでいる。まつ毛が長くて綺麗な顔をしているなあ、と心の中で呟いた。

























(·····やってしまった)


いよいよこれから三年生最初の実力テストが始まる。一教科目は英語だ。そしてテストのために筆箱からシャーペンと消しゴムを出そうとしたわたしは固まった。·····消しゴム、忘れてるじゃん。わたしは思わず顔を両手で覆う。やってしまった。やってしまった·····。中学三年生にして痴呆の再発でもしたんだろうか·····。

一応シャーペンの後ろには申し訳程度の消しゴムがついてはいる。ついてはいる、が、これでテストを乗り切るのって無理すぎる·····。どうしよう、誰かに借りようかな·····。でも左の席は伏黒くんだし右もろくに喋ったことないちょっと苦手な感じの男子だしな·····シャーペンで·····やろうかな·····。そう思いながら頭を抱えていると、左隣から声をかけられた。


「·····消しゴム忘れたのか?」
「え」

びっくりしてそちらを向くと、伏黒くんが頬杖をつきながらこちらを見ていた。


「う、うん·····。な、なんでわかったの?」
「見りゃわかんだろ」

そりゃそうだ。わかりやすく顔を覆ったわたし、机にはシャーペン・シャーペン・シャー芯のラインナップ。誰が見てもわかる。

「やる」
「え」
「俺予備あるから。ほら」
「わ、」

そう言って伏黒くんがはぽい、とわたしに向かって消しゴムを投げた。使い差しの消しゴム。ぜったいによく消えることが保証されているMONO消しゴムだった。え·····めっちゃ·····いい人じゃん·····。


「いいの·····?」
「ああ」
「命の恩人、感謝永遠に·····」
「いやさすがに大げさすぎないか」

わたしのボケ(?)にもクールにつっこんでくれる。え·····優しい·····すご·····怖いと思ってたのにこんなに優しかったんだ伏黒くん·····普通の女子中学生なら恋に落ちるよこれ·····。


「ありがとう伏黒くん、この恩はいつか必ず!」
「だからいいって別に予備あるから」

熱くなるわたしとは対照的に伏黒くんはどこまでもクールである。でもそんなところが余計に素敵で、わたしは思わずにこにこしてしまった。彼は少し照れくさそうにそっぽを向く。ああ、なんだ、ちょっと不器用なだけの優しいひとなんだな、きっと。

そんなふうに思っているうちにテスト用紙が配られ始めた。わたしはきゅっとその消しゴムを握る。今回ばかりはしっかりいい点数を取りたい。






















「本当にありがとう、助かりました·····!」

結局今日の実力テストの間ずっと消しゴムを借りてしまった。いやもう本当に助かった、特に小論文で主旨がどんどんずれていったときと数学の証明問題でミスしたとき、シャーペンについてる消しゴムだけだったら泣く羽目になっていた。本当に伏黒くんには頭が上がらない。


「めちゃくちゃ使っちゃったし明日新しいの買って返そうか?」
「いいよ別に。消しゴムくらいやる」
「えっそんな悪いよ·····! MONO消しゴムなのに·····!」
「そここだわるところか?」

伏黒くんが変なやつ、と顔に書きながら首を傾げる。いやまあたしかにこだわりすぎかもしれないけれど、本当にそれくらい助けられたので·····!


「なんか·····おいしいお菓子とか持ってたらあげるんだけど·····特にいま手持ちがないんだよね·····」
「別にいらない」
「あ、もしかして伏黒くん甘いもの好きじゃない?しょっぱいものの方が好き?」
「いやそういうわけじゃねーっていうかマジで別にいらないっていうか·····」
「とりあえず明日お気に入りのお菓子持ってくるね!」
「話聞いてるか?」

呆れたように伏黒くんが言う。いや聞いてるんだけど、なんかちょっと楽しくなってしまって。怖い人だと思ってた伏黒くんは案外優しくて、わたしのしょうもない話にもちゃんと付き合ってくれる。もっと無口で無愛想なひとだと思い込んでいたから、知れてとっても嬉しい。

なにを持ってこようかな、チョコにしようかなグミにしようかな。なんて考えていると担任の先生が教壇に立ってホームルームを始めた。わたしは先生の連絡事項を聞きながら何を買うか考える。帰り道で買っていこう。自分の分も買っちゃおう。今日の夜は夢乃の学校に忍び込んで化け物退治だ。『お口直し』の甘いものくらいないとやってられないのである。


その日わたしは伏黒くんに初めて「バイバイ、また明日!」と手を振った。伏黒くんは「おう」とだけ返してくれた。明日もお話できたらいいな。そして仲良くなれたらいいな。