02
甚八くんは信じられないほど人使いが荒く、これって男の子のする作業じゃないですか!? みたいな作業もめちゃくちゃやらせてきた。なんならわたしが全ての部屋のロッカーやら布団やら着替えやらを整えたくらいだ。正直こんなんブルーロック箱推しじゃなかったら死んでるぞ!!! と思ったけれど、わたしはブルーロック箱推しなのでまあまあヨダレが出そうになりながら頑張った。楽しかった。
アンリちゃんとも既に挨拶を済ませ、共に甚八くんにこき使われているもの同士仲良くなっている。こうしてバタバタと準備をしているうちにあっという間に11月20日が来た。
まずは最初の会場に男子高校生FWが300人集められ、その前方で甚八くんによる熱いプレゼンが始められた。そのあいだわたしは隣室で隙間から今後物語のメインを担うきゃわいいみんなを見て、感動のあまり男泣きしアンリちゃんにドン引きされていた。
……いや、だって、みんなあまりにもかわいかったんだもん……! 最初に氷織くんと烏くんがいた目に入ったんだけれど、同じジャージを着ててかわいすぎて頭から食べてやろうかと思った。二子ちゃんも黒名くんもいた。あやうく恋に落ちるところだった。
正直もうそれだけでお腹いっぱいだったのに、潔世一が走り出すシーンを見たときは鳥肌モノだったし、最後に残った凪くんと玲王くんのやり取りなんて良すぎて嗚咽が漏れるくらい泣いた。何もかもが完璧でどうしてわたしはスタンディングオベーションと五体投地を同時にできないのかと思うくらい感激し、二人の行く末はすべてわたしが目に焼き付けてやると決意した頃にはアンリちゃんは引きすぎてもはやわたしから物理的にも距離を取ってしまっていた。
まあでもこれからは毎日こうなると思うので早くアンリちゃんには慣れてもらおう。そう開き直りながら我々も移動用の車に乗り込むも、やっぱりブルーロックの名場面をこの目に焼き付けた感動は冷めやらず、車内でも号泣してしまい甚八くんを苛立たせた。そして車に揺られること数時間、もはや慣れ親しみつつあるブルーロック本拠地に辿り着いた。
「アンリちゃんはスーツを渡して、名前は私物の回収ね」
「ふぁい……ぐずっ」
「ファック・オフ。いつまでも泣いてないで早く鼻水拭いて準備をしろ」
たしかにこの鼻水まみれの女に私物を預けるなんて絶対にみんな嫌だよな……と思ったわたしはなんとか泣き止み顔を拭いて、甚八くんの指示の元並べられた監獄生の前に立つ。そしてうっかり失神しそうになった。
……いっぱい見知った顔がいる!!! 蜂楽くんも國神くんもいる!!! かわいい! かっこいい!! どうしようここが天国かな!?!?
うっかりまた泣きそうになってくる。しかしアンリちゃんはそれを察したようで、早く仕事を進めようと慌てた様子で選手の名前を呼び始めた。……その名前に、飛び上がる。
「糸師凛くん」
(っええええええええ!?!?!?)
えええええっ、いきなりそんな、そんな最初から、糸師凛くんなんて飛ばしちゃっていいんですか!? 驚きのあまりアンリちゃんを振り返ると、相当すごい形相をしていたのか目も合わせてもらえなかった。
しかしわたしが慌てふためいている間も凛くんは歩を進めてしまう。大丈夫ですか!? わたし、糸師凛くんの荷物を預かるんですか!? しばらく匂いを嗅いだあとフリマアプリで転売してもいいですか!? あっ今世じゃまだお値段そんなにつかないか……。
なんて考えていたら凛くんはもう目の前に来ていた。
「あ、お荷物、ちょ、ちょーらいしまひゅ」
「?」
噛んだ……! めちゃくちゃ噛んだ……!!
生の糸師凛がかっこよすぎて呂律回らなくなっちゃった、糸師凛ってもしかして歩く違法薬物なのかな……!?
わたしが噛みに噛んだことで怪訝な顔をしながらも彼はスマホと財布を黙って渡してくれた。来世生まれ変わるなら糸師凛の財布がいいな……と思いながら垂れそうな涎を堪えて規定の場所にしまう。その間に凛くんはアンリちゃんの元へ行きスーツを受け取っていた。いや後ろ姿もめちゃくちゃかっこいいな……。こんなの言葉を交わしていたらうっかり推し変していたかもしれない、危ない危ない……と息をついたとき、アンリちゃんが次の名前を呼んだ。
「千切豹馬くん」
(うおおおおおおおおおおおおおおお!?)
凛くんに次いで千切くんって!! どういう!? どういう順番になってるんですかランダム商法ですか!? 喉元まで出かかった悲鳴をなんとか堪えたわたしを誰か褒めてほしい。
まじで心臓がもたないんだけど、いったん舐岡くんとか鰐間兄弟とか挟んでくれませんかね!? そうアンリちゃんに懇願しようとしたけれどやっぱり目を合わせてもらえないうちに千切くんがこっちに近づいてくる足音がした。どうしよう! ととりあえず千切くんの方に視線を戻す。しかしその途端目に飛び込んできた美少年にわたしは口を開けて立ち尽くしてしまった。
えっ可憐……! なに、この儚げな美少年は……。この辛い過去が滲み出る切ないお顔、数々の女の人生を狂わせてきたんじゃ……!? 金の力で千切くんを笑顔に出来るならわたし臓器だって売るのに……とおろおろしながら荷物を受けとる。千切くんがホストじゃなくてサッカー選手でよかった……危ないところだった……と息を整えていると、彼も訝しげにわたしを見たあと黙ってアンリちゃんの方へ行き、スーツを受け取って指示された方向へ消えた。
そのあとはしばらく名も知らぬモブが続いた。いやほんと顔がたいしてよくない人間の相手助かるわ……と思っていたところで鰐間兄弟やら舐岡くんも呼ばれ逆にテンションが上がる。こういう面白人間だけ続けばいいのにな! と思っていたら今度は玲王くんと凪くんの名前が呼ばれて泡を吹いて倒れかけた。鰐間兄弟もセット呼びされてたけど、ここ二人もセットで来るんだ……。さすがだなぁと思いつつ、玲王くんから荷物を預かる。御曹司の私物、全部質が良すぎるんだけど、もしかしてこのスマホケースの価格だけでわたしの一ヶ月分くらいの生命維持費はぜんぶ賄えるんじゃないかな……。
とんでもないものを預かってしまったとドキドキしているうちに、次は凪くんから私物を預かる番になった。もういい加減高身長にも慣れてきたけれど、190cmの恵体にこんなきゃわいいベイビーフェイスが乗ってるのは脳みそが混乱してしまう。しかしいかんいかん! となんとか持ち直して「おにもちゅあじゅかりまひゅ」と言い荷物を受け取ろうとした。……しかし凪くんはスマホを頑なに離してくれない。
「あの、ちょっと、凪くーん。スマホ、スマホ預からせてくださーい」
「……」
「あの、ねえ凪くん? このスマホの引っ張り合いただのファンサービスだから。わたしときめいちゃうからやめよう? ねっ。わかる? わたしちょっと人の形を保てなくなっちゃうから」
「……」
「えっ無視!? 目の前の人間が人の形保てなくなってもいいの!?!?」
大声を出しても凪くんは無言でスマホを引っ張ったままである。いや、あの、せめてなんか言ってくれないか!? わたしとは喋るのすらめんどくさいですか!?!? そらそうか!!! と思っていると、呆れたように玲王くんが言った。
「ゲームは一旦諦めろー凪」
「……」
あ、離してくれた。なんかすごい、大型犬と飼い犬みたいだな、なぎれおコンビ……と思っているうちに彼らもスタスタと歩き去っていってしまう。
そんなやりとりを延々と繰り返しているうちにいつの間にか300人の対応が終わっていたようだ。全員と対面したことで、疲れと共に本当にブルーロックに来たんだ……という実感みたいなのがわいてくる。それを噛み締めていると、アンリちゃんが声をかけてきてくれた。
「ふぅ、ようやく終わったわね! お疲れ様、名前ちゃん」
「アンリちゃんもお疲れ様! わたし途中からくたびれ切ってたのにアンリちゃんはずっと丁寧に対応しててすごかったよ……」
「そう? 乙夜くんのナンパとかめちゃくちゃ元気に撃退してたじゃない」
「いやあれはもはやファンサービスなので!!!」
「そ、そう……?」
うっかり熱が入ったわたしにまたアンリちゃんが引いていくのを感じながら、わたし達は甚八くんの部屋へと向かう。いやまあアンリちゃんは甚八くんと選手の分析で、わたしはこれから甚八くんの洗濯物をするだけなんだけれども!
でも鬼ごっこのシーンをちらりとでも見れたらいいなぁとドキドキしていると、アンリちゃんが笑顔で続けた。
「名前ちゃん、知ってそうな選手いっぱいいたわよね。見るからにテンションが上がってるひとがけっこういたけど……」
「え!? バレた!?」
「バレバレよ。特に好きな選手とかいるの?」
「その質問めちゃくちゃ長くなるけどいいの」
「やめとこうかな……」
「答えさせてもらいます」
「そ、そう……」
アンリちゃんはここ最近甚八くんとわたしに振り回されすぎて抵抗という概念を忘れてしまっている気がする。しかしそれをいいことに、わたしは続けた。
「高校生サッカーなら本当にいっぱい好きな選手がいるよ! 今日会ってイメージが変わった子もけっこういたけど。黒名くんとか氷織くんとか、直接間近で会うと思ってたよりめちゃくちゃかっこよかったなあ。もっとかわいいと思ってた」
「えっ顔の話? もしかして名前ちゃんは顔推しなの?」
「顔は大事でしょーが!!!」
「まあそうかもしれないけど……」
やれやれ、とアンリちゃんは明らかにがっかりしている。彼女はサッカーに本気だからこそもっとプレーについて熱いトークをしたいんだろう。しかし、わたしは人生の大半を推しの試合その他を見ることに費やしてきたため、それ以外の人間の入寮前のサッカースタイルなんて正直これっぽっちも知らないのである。
「でも人生賭けて推してるひとはいてそのひとはプレースタイルについても一生語れるよ!! なんせ彼と同じ“くに”に生まれるためにわたしは生を受けたと言っても過言ではないので……」
「わ、目が血走ってる怖い……。ちなみにそれは誰な」
「クリス・プリンス」
「えっ」
「クリス・プリンスを追いかけるためにこの世に生を受けました!!!」
アンリちゃんの言葉を遮って大声を出すと、彼女は至極冷静に言った。
「同じ国じゃないわよそれ」
「地球と書いてくにと呼んで!!」
そう、そうだ、わたしの推し。前世からずーーーーーっと愛してやまないわたしの推し。試合に出ると聞けば飛行機に飛び乗って現地観戦をしちゃうほどに愛しているわたしの推し!!!! そのせいで大学の単位をぜんぶ丸ごと落としたけれど、そんなのクリスを見るためなら痛くも痒くもなかった!!!! あとクリスが勧める商品とグッズを全部買ってたら普通に破産した!!!! それでもよかった!!!!
「正直クリス・プリンスがわたしのすべてなので高校生サッカーにはあまり興味がないですね」
「そこまで!?」
「うん。でもこのブルーロックなら絶対クリス・プリンスにも手が届くキャラ……違う、人間が生まれるってわたしわかってるから、本気で雑用頑張るしみんなの役に立つからね!!」
「名前ちゃん……!」
素直なアンリちゃんはわたしのただのやましい下心をサッカーにかける情熱と勘違いして感動したのか、一緒に頑張ろうね! と手を握ってきた。わたしもその手をぎゅっと握り返す。
……全ては来たるネオ・エゴイストリーグのため! そう、vs.イングランドのため!! そうだ、全てはクリス・プリンス来日来ブルーロックのため!!!!!!!!
絶対絶対清掃その他雑用を頑張って!!! 絶対絶対なんとかして千切くん凪くん玲王くんと仲良くなり!!!
クリス・プリンスがブルーロックに訪れた暁には!!!!!!!!!!!!
彼の髪の毛を数本でいいから、採取して横流ししてもらうんだ…………………………!!!!
「ぶぇっくしょーーーい!!!」
「なんだ千切、お前顔に似合わず豪快なくしゃみすんなあ」
「うるせえよ……なんか、悪寒が……」
「「ぶぇっくしゅーーーー!!!!」」
「なんだぁ天才コンビ!! 二人してお風邪かぁ!? 俺が布団に包んで寝かしつけてやんよぉ!!!」
「玲王、こいつうるさい……」
「気にすんな凪、ほっとこうぜ」
こうしてそれぞれの思惑を胸に、ブルーロックプロジェクトが幕を開ける。ちなみに「私物預けた方の人、なんか圧が怖くなかった?」「えっ俺の時は顔死んでたけど……」というやり取りが各部屋でされていたことを、もちろん名前は知らないのであった。