いやわたしだって死の間際に考えることは、家族や友人への感謝だったり後悔みたいなものだと思ってたんだよ。本当に。
なんて誰へのエクスキューズかもわからないことを思いながら、自分に直進してくるトラックを見つめる。どこか冷静に働く頭とは対照的に体の方はビビりきっているようで、一ミリも動いてくれなかった。そして、これが走馬灯か、と言わんばかりに頭の中を映像が駆け巡る。……そう、推しの。本編にて公開されたキャワイイ推しの過去から現在そして未来が脳内で暴れだし、わたしは心の中で叫ばずにはいられなかった。
くそっ、どうせ死ぬなら、有り金ぜんぶ突っ込んで推しのA賞をゲットしておけばよかった……!!!!
人生最大の悔いがこれって……とどこか情けなくなるも、わたしにとっては重大だ。どんどん近づくトラックを見ながらわたしは天に、神に、そして推しに誓う。来世は絶対、絶対絶対、推しのグッズは金に糸目をつけずに入手してやる……!
そう決意したところでトラックとの距離が0になり、わたしの体は吹っ飛んで視界が暗転した。どうやらこれにてご臨終のようです。さらば、推しのA賞。
「こんにちはー、甚八だよー」
(いや絵心ちゃんじゃねえか!!!)
わきわきと独特な指の動かし方をする男に心の中でそう叫ぶ。そして同時に、あれっここはどこだ? と首を傾げた。知らない天井が絵心ちゃん越しに見える。夢? しかも目の前の彼はわたしの記憶よりもひどく幼く、幼く……というか子供だった。
え、なに? 絵心ちゃんの隠し子の夢でも見ているのかな……と一瞬思うも、甚八だよーの言葉からそれはないはずだと気づく。……つまりわたしはいま、幼少期絵心ちゃんの夢を見ているんだろうか。あれ? ていうかそもそもわたし、いつ寝たんだっけ。
そこまで考えて、自分がトラックに跳ねられたことを思い出した。絶対死んだと思ったのに生きてたんだ……! と嬉しくなるも、別にどこも痛くないのでさらに不思議になる。どこからが夢なんだろう、しかし夢にしてはなんだかリアルだな……なんて思いながら頭を掻こうとした。……のに、うまくできない。なぜか自分の手が思うように動かせない。なぜ!? とびっくりして口を開き、そこでわたしは再び驚くはめになる。……なぜなら。
「あ、ぶ〜……だぶぅ」
「そうそう、こんにちはー」
……言葉が喋れなかったのだ。え、なに? だぶぅ? ばぶぅ? ……赤ちゃんじゃん。
おかしい、と異常を察知してさっき動かせなかった右手を見る。するとクリームパンみたいに丸々してちっちゃなおててがそこにはあった。…………なに!? かわいいんだけど!?!?!?
「おばさん、名前がめちゃくちゃ手見てるけどなんかあったのかな」
「ああこれハンドリガードって言うのよ。目が見えるようになってきて、いま右手を見つけたのね〜」
「へー」
……いや右手より先に絵心甚八を見つけてしまったんだが??? 回らない頭で必死に考える。え、もしかしてこれって……死んでブルーロックの世界に転生したっていうこと!? 夢じゃなく!?
「ほんぎゃあああ!?」
うそ、なに、信じらんない! つまりわたしはやっぱりあのまま死んじゃって、今回推しと同じ世界に生命を授かってしまったってワケ!? 驚きのあまり叫んでしまうも赤ちゃんだからか泣きわめくことしかできない。えっどうしようしかも泣いたらなんかお腹も空いてきた。どうしよう、すごい悲しい。耐えられない! お腹が空くのって絶えられない!! この世の終わりみたいな気持ちになってきた!!!
「おんぎゃあっおんぎゃあっおんぎゃあっおんぎゃあっ」
「わっ急に泣き出した。どうしたんだろ」
「たぶんお腹が空いたのね、そろそろそんな時間だから。いまミルクを冷ましてるんだけど、せっかくだから甚八くん、飲ませてみる?」
「え、大丈夫かな」
「大丈夫だいじょうぶ。一生懸命ミルク飲む赤ちゃん、かわいいわよ〜」
「おんぎゃっおんぎゃっおんぎゃっおんぎゃっ」
絵心ちゃんと女性……たぶん状況から鑑みてこの世界でのわたしの生みの親が何かを話しているけれど、自分の泣き声でうまく聞き取れない。うーん泣き止みたい! すごい泣き止みたいのに涙が止まらない!! 赤ちゃんって厄介だな……と思っていたとき。
ベビーベッドから母親らしき人物に持ち上げられ、絵心ちゃん(幼少期のすがた)に渡されてしまった。え、え、えー!!! 抱っこされてる!!! あ、あの絵心ちゃんに、お姫さま抱っこ(※ただの横抱き)されてる〜!?!?
混乱からさらに泣き叫ぶと、母親(仮)が慌てて哺乳瓶を持って走ってくる。お腹すいたわねぇ、なんて声をかけられるが正直お腹が空いているから泣いているのか推しに会えるかもしれないという期待で泣いているのか絵心ちゃんに抱っこされた興奮で泣いているのかよくわからなくなってきた。
「おんぎゃあっおんぎゃあっおんぎゃ……っ」
わたしを抱っこした絵心ちゃんがソファに腰掛ける。ウザイだろうなと思いつつも泣き止むことはできなかった。絵心ちゃんのことも好きだから嫌われたくないな……と胸を痛める。しかし、その瞬間。
ずぷっ!!
「んぶっ!? ……んくっんくっんくっんくっ」
絵心ちゃんがわたしの口に哺乳瓶を放り込んだ。ぶ、物理的に黙らせられちゃった……♡♡ と思うもミルクの味を感じると飲まずにはいられない。おいしい♡ ミルクおいしい♡♡ 濃くておいしい♡♡ 甘くておいしい♡♡♡♡♡
「すげー。必死で飲んでる」
「かわいいでしょ」
「うん」
絵心ちゃんがわたしの顔をじっと見ている。おめめがまん丸だな……なんて思っているうちに、なんだか視界がぼやけてきた。何……? このミルク、睡眠薬か何か入ってる……?
「ミルク飲みながら寝そうになってるよ」
「いつもそうなのよ。赤ちゃんって自由よねぇ」
絵心ちゃんの言葉で単にお腹が膨れて眠くなっていることに気づいた。めちゃくちゃ三大欲求に支配されている感じがする。ぜんぜん自由じゃないぞこれ……とうつらうつらしていると、頭を撫でられた。
「すごいなあ。赤ちゃんってかわいいね」
「でしょ。甚八くん、名前と仲良くしてあげてね。なんだか名前、甚八くんにミルクを飲ませてもらってとっても嬉しそうなの。他の人だとそうでもないから、甚八くんのことがきっと好きなのね」
その声にわたしは心の中で頷いた。最推しは別格だけれども、基本的にブルーロックは箱で推していたので絵心ちゃんのこともだいすきなのだ。
そんな彼にミルクを飲ませてもらえるなんて夢みたいだなあ、とぼんやりしながら考えていると、ぼやけた視界の中で絵心ちゃんが笑った。
「うん、ずっと仲良くするよ」
その言葉を最後に、わたしの意識は途絶える。これが………………睡眠……………………スヤッ……………………………………。
そして、二十年近い月日が流れた───────。
「もうもやし飽きた……どうしよ、もやし 飽きた アレンジで検索検索……」
ブルーロックの世界に転生したわたしは無事に大人になった。いや、わたしは本当に大人になったのだろうか? もやしのアレンジレシピを検索しながら自分に問う。
よく「前世の記憶は大人になるにつれ忘れていく」みたいなことを言うが、わたしはこれっぽっちも忘れないままこの歳になった。それどころか前世に引き続き、今世でも推しのおっかけをしている。こっそり! バレないように!! 不審がられないように!!!
そして推し活に励んでいるうちに単位をぜんぶ落として、親にぶちギレられて大学を休学させられた。しかも奨学金はぜんぶ推し活につぎ込んでしまったので毎日もやしばっかり食べ、バイトに明け暮れながらボロッボロのアパートに住んでいる。先日お母さんには「どこで育て方を間違えたのかしら……」と号泣されてしまったが、育て方を間違えたのだとするならあなたじゃなくて前世のお母さんの方だからあんまり気にしないでもらいたい。
もちろんこっちの両親に申し訳ないよなぁ、という気持ちはあった。しかしわたしは前世の最期の瞬間に抱いた強い気持ち、「来世は絶対、絶対絶対、推しのグッズは金に糸目をつけずに入手してやるんだ……!」という後悔を無駄にしたくなかった。なんせ今世は推しと同じ世界に生まれてしまったのだ。ムーンライト伝説をここまで感情こめて歌える人間が他にいるか!? 同じ地球(くに)に生まれたのミラクルロマンスを泣きながら歌える人間はいるか!? いねえよなぁ!!?
だから今世は推しが試合に出ると聞けばそれがどんなに遠く離れていても向かったし、推しが使っているものは自分も買った。生きる次元が違った頃は推しに関して得られる情報なんて微々たるものだったけれど、同じ世界に存在すると無限に情報をゲットできてしまうからお金も時間もいくらあっても足りないくらいだった。正直推しの住む家も推しのよく行くお店も全部とっくの昔に特定済なのだが、わたしのモットーに「推しに怖い思いをさせない」があるので推しの目に入る可能性がある場に行く際は毎回変装をして認知だけはされないようにしていた。愛が重すぎるだけで害のないおたくなのでお縄だけは勘弁して欲しい。
明日も推しの試合のために長距離移動しないと行けない! 帰ったら荷物のパッキングをするぞ、次のカツラはどれにしようかな……とニコニコしながらバイトを終えてボロアパートの階段を上がり自分の部屋がある階にたどり着いたとき。
「やぁやぁ。遅かったね、名前」
「えっ」
……自分の家の前にヒョロリとした背にマッシュルームカット、眼鏡をかけた全身真っ黒の男性がいるのを見つけて、わたしは驚きのあまり立ち止まった。
「甚八くん! どうしたの急に、上がる? なんもないけど」
「ああ、知ってる。大学も休学してバイトに明け暮れもやしばっか食いながら遊び歩いてるって叔母さんが泣いてたぞ」
「えへ」
笑顔で誤魔化そうとしてみたけれど、甚八くんはハァーと大きなため息をついた。そしてスタスタスタ! とその長い足でわたしのところまで一気に距離を詰め、急に腕を掴んでくる。
「えっ何!? 婦女暴行!?!?」
「お前の面倒を見るよう叔母さんと叔父さんから頼まれた」
「エッ!?!?」
「よって今日から名前には、住み込みで清掃員として働いてもらう」
「はっ!? え、なに住み込み!? 甚八くんの家でってこと!?」
「違う。……ブルーロックというプロジェクトがスタートしたんだよ」
甚八くんがわたしを見下ろしながら言う。その言葉にわたしは目を見開いた。……え、ブルーロック? ブルーロックってそれ、ブルーロック!?!? いやでも待って、ブルーロックプロジェクトがスタートしたのって11月だよね? 今まだ10月なんだけど! 明日も推しの試合があるんだけど!!
慌てふためくわたしを他所に甚八くんはブルーロックのについて説明してくれたが、正直もう前世で概要どころか誰がどの辺りまで残り続けるかまで読んでしまっているわたしはそれどころではなかった。住み込みでブルーロックの清掃員をやる……。実はタイミングを見て推しの靴下や髪の毛の数本を甚八くんに横流ししてもらえないかと昔から考えてはいたけれど、これってつまり上手く行けば、推しのおはようからおやすみまでを追いかけられる可能性がある!?!?
「デカい施設になるからいろいろ整備しないといけないんだよね。本格的なプロジェクトの開始は来月からだけど、移動は今からするからヨロシク。名前はそこで清掃員をしながら、アンリちゃんっていう子のお手伝いと雑用をするように」
その言葉にわたしはさらに色めき立った。え、アンリちゃんに会えるの!? あのでっけーオッパイを生で見れるの!?!? あまりのことにワクワクするも、しばらく推しの試合を見ることができないのはやっぱり痛い。ブルーロックプロジェクトが開始してから推しの試合を見逃してしまうようになるのはまあ致し方ないとしても、こちとら大学を休学させられるほど推しに人生を賭けているんだ! わたしは改めて甚八くんにごねてみた。
「わかった、お仕事するのはいいよ! でもせめて……せめて開始と同時じゃだめ!?」
「ダメ。ちなみにもう名前のバイト先には辞めるって連絡済だし、家も解約してブルーロック内の部屋に引越しも済ませてるから扉の向こうは空っぽだよ〜」
「はあ!?!?!?」
嘘でしょ、と慌てて甚八くんから離れて自室の玄関を開ける。そこは彼が言った通り、完全にもぬけの殻と化していた。
「わかったか? 名前。お前に拒否権はない。散々叔母さんと叔父さんを心配させてきたんだ、俺が管理して徹底的に働かせてやるから、覚悟するように」
「えっヤダ! ムリ怖い! ちょっ引っ張らないで、うわーーーーー!!! 人さらいーーー!!!! 」
「ファック・オフ」
「いや帰る家なくしたの甚八くんじゃん!?!?!?」
「そもそも名前、お前家賃滞納してたでしょ。その分払わされたんだから利子つけて返してね」
「ぴぎゃーーーーん!!!!!」
こうしてその日のうちにわたしは甚八くんに車に乗せられびゅーんとブルーロックの会場まで連れていかれた。さらば、しばらくの間の推しの試合……と涙ぐむも将来的に推しの新たな一面を見られるなら仕方ないと割り切るしかないのだろう。
ちなみに酷い扱いとは裏腹に与えられたのはごくごく普通のお部屋で、今まで住んでいたボロアパートからすれば格段に高待遇で嬉しかった。そもそもわたしは大半の家具をフリマアプリで売りさばいてしまいほとんど何も持っていなかったので、安そうな作りであってもベッドで眠ること自体久しぶりである。嬉しい。
推しのグッズや写真その他は丁寧に梱包され段ボールの中にしまわれてあった。それによかった〜と安堵し、せっせと取り出して綺麗に陳列する。……そんなこんなでわたしのブルーロックでの生活が始まった。