押せ押せな千切くんに落とされる話
「なあクリスマスの予定は? よかったらご飯でも行かない?」
「……バイトのあと家で卒論します」
「クリスマスに!? 一日くらい休んだら!? ……あれ、てゆーかこないだ卒論終わりそう〜みたいなストーリー上げてなかったっけ」
「……千切くん、忙しいだろうになんでわたしなんかのSNSをちゃんと見てるんですか」
「それ聞く?」
「……」
町外れにある小さなコーヒーショップ。雰囲気が良くてかわいらしいそこが、大学生であるわたしのバイト先だった。入学と同時に働き始めてもう四年近くなる。コーヒーの落ち着くにおいがする優しい日常がもうあと少しで終わってしまうのは寂しいなぁ、なんて思いながら働いていたところ、卒業よりも先に平穏のほうが壊されてしまった。……高校の同級生、千切豹馬くんの手によって。
千切くんはプロのサッカー選手として活躍している男の子だ。高校一年生の頃同じクラスになって、当時はけっこうよく話していて、……まあ、ちょっと好きだったんだけれど、彼が怪我をしたのを境に距離を置くようになった。距離を置くというか、あの頃の千切くんは誰も寄せ付けない雰囲気を放っていたから、そっとしておいてほしいんだろうな……と思っているうちにクラスも離れて接点がなくなってしまったんだけど。
でもそのあと千切くんはブルーロックとかいうプロジェクトに参加して、目覚しい功績を残して、今では老若男女問わずファンの多いプロサッカー選手だ。ただでさえ目を引く容姿に加えあの華のあるプレースタイル、それに人当たりのよさからガチ恋ファンも多いと聞く。……そんな彼がこのコーヒーショップに初めて現れたのが三ヶ月前。そしてバイト終わりにご飯に何度か誘われて、告白されたのが一か月前。
その時はとても嬉しくて、頷いてしまいそうになった。でもわたしはどこにでもいる、この春からごくごく一般的な企業に就職する凡人で。秀でた才能も容姿もない、千切くんとは住む世界の違う人間だ。そんなわたしが彼の告白を受けるなんて出来なかった。
けど彼は諦めるどころか、「これからもアプローチは続けていい?」と食い下がってきて。ダメですと言ったけれど、本当に嫌がっているわけじゃないとバレていたらしく、彼はそれからもこうしてことあるごとにわたしをデートや食事に誘うようになった。
「クリスマスに会うなんて、千切くんのファンに見られたらどうなるか考えただけでも怖いからむりだよ」
「いいじゃんそんなの、変装するし」
「千切くんの変装、変装になってないんだもん! オシャレの域を出ないじゃん!!」
「だって一緒にいる時にダサいカッコしたくないじゃん」
「う〜〜〜〜〜……」
そう言われるとなんというか、改めて好きだと伝えられているみたいでどう返事をしたらいいのかわからなくなる。どうしようかな、と思っていたら、千切くんが「じゃあさ」と口を開いた。
「23日は? クリスマス当日は諦めるから、せめて前日に会ってよ。それならちょっとはクリスマス気分も味わえるし、ただの平日だからそこまで人目も気になんないだろ?」
「えー……」
「……ダメかな?」
千切くんが首を傾げながら聞いてくる。この顔に、わたしは弱くて。
「……じゃあ、23日なら。バイトも休みだし」
「やった! 朝から迎えに行っていい? 俺もその日はオフなんだよ」
「……うん」
「したいこととかある? あっ、良かったら映画でも見に行く? 気になってるやつあるんだけど」
千切くんが目をキラキラと輝かせながらデートのプランを考えてくれる。それがかわいくて、愛おしくて、……ああ好きだなぁ、なんて少し思ってしまった。けれどもなんとかそれがバレないように、平静を装って頷いた。
*
そしてデート当日。千切くんはサングラスと帽子をしてはいたけれどやっぱりオシャレの範囲で、普通にかっこよかった。それに苦笑しつつも、一日デートをするのは初めてだから胸が踊ってしまう。まずは映画を見て、そのあとお茶をすることになっていたわたしたちは映画館に行った。カップル用のプレミアムシートに通されたから千切くんを一瞬睨んだけれど、それも彼の想定の範囲だったのか笑顔で有耶無耶にされてしまった。
映画の内容はとてもよかった。ミステリーものを見たんだけれど、ドキドキハラハラするところも心あたたまるところも少し泣けるところもあって、なんというかカップルで見るのに最適だなぁと思ってしまった。うっかり涙ぐんでいると右隣から視線を感じたので、反射的にそちらを見ると千切くんはびっくりするくらい優しい瞳でわたしを見ていた。目が合った瞬間彼は少しだけその瞳を丸くして、慌ててスクリーンを見るのに戻ってしまったからなんだかなおのことドキドキする。……普段、けっこうグイグイ来るのに、こういうときはちょっと照れたみたいにするの、ずるい。そんなことを考えているうちに映画は終わって、エンドロールが流れて。ぼんやりと余韻に浸りながら、右肩に感じる千切くんの体温に少しときめいて。このまま彼の好意に頷いてしまおうかな、なんて思ったりした。……でも、やっぱり自信が無い。
千切くんのこの気持ちは、気まぐれかもしれない。学生時代ですらあんなにモテていた千切くん。いまではその比じゃないだろう。……付き合ったあとさらに彼を好きになるのも、振られてしまうのも、彼のファンにやっかみを受けるのも怖い。そう、だからこの恋は。なかったことにしたほうが……。
なんて考えているうちに劇場が明るくなった。わたしたちは立ち上がって、よかったねなんて口々に感想を言った。それからわたしは逃げるように、お手洗いへと向かった。
*
「千切選手!?」
「千切選手だ!!」
「千切選手、ファンなんです! 写真お願いしていいですか!?」
……なんてこった。
お手洗いから戻ってくると、千切くんがファンらしき女の子達に囲まれていた。それにわたしは完全に怖気付いて、千切くんに声なんてかけられなくなる。いや人気だって知ってたけど、こんな……ここまで人気だとは……! 千切くんは「写真はごめんねー」とか「応援ありがとー」なんて笑顔で返している。……彼を取り囲んでいる中には、わたしなんかよりもうんとかわいくてスタイルのいい子もいた。こんなの、出ていけるわけないって。だいたいそもそもわたしは彼女じゃないし、どうしよう、とりあえずメッセージだけ入れて別のところで落ち合うか、それかもういっそ帰っちゃったほうが……。
「あっごめん、待ってる子来たから。じゃあ」
なんて思ったとき、千切くんがわたしのことを見つけたようでこちらに近づいてきた。あ、とかわ、とか言葉にならない声を発していると、群衆の一人が彼に声をかける。
「千切選手! 彼女!?」
ひぃっ!!
やっぱり聞かれたその質問に、わたしが固まっていると。千切くんは少しだけ間を置いて、それから答えた。
「ううん、彼女にしたいひと! 高校の時から!」
「なっ、」
「えーがんばれ! あっ千切選手お誕生日おめでとうございます!!」
「えっ!?」
「ありがとー!」
「ええっ!?」
じゃ、人多いから逃げよ。千切くんはそう言ってわたしの手を掴み走り出してしまった。……高校のときから、彼女にしたいひと!? ていうか、えっ。今日、千切くんの誕生日……!?
*
「……なんで誕生日だって言わなかったの」
「言ったら今日会ってくれないだろ?」
「そ、そうかもしれないけど。た、誕生日にデートなんて、こんな、ファンに見られたら……っていうか、もう見られ、あの、」
「……嫌だったなら謝る。ごめん」
「い、嫌っていうか、んーーーー……」
人気のない路地まで行って、わたしたちはようやく立ち止まって話す。大衆の面前での告白に、誕生日だという事実。どうしたらいいかわからないわたしは完全に困ってしまっていた。……でも、先に謝られたら、責めるに責めれない……!!
「……どうしても誕生日、一緒に過ごしたかったんだよ。強引な手を使ったのは悪いと思ってるけど」
「……」
「でも、高校の時から好きで……忘れられなくて。実はコーヒーショップに行ったのも、お前が働いてるって聞いたからなんだ。キモかったらごめん」
「え、うそ、そうなの!?」
「うん。なんかさ、俺……夢を諦めなくなったことで、すごい欲深くなっちゃって。これだけの年数が経っても忘れられないんだから、会いに行かなきゃって思ったんだよ」
「……」
「俺、サッカーで忙しくて寂しい思いもさせるかもしれない。ファンとかそういうので、困らせることもあるかもしれない。……でも、できる限り守るから。なんとかするから。……気まぐれとか、ほんの一時の気持ちじゃないんだ。ずっとずっと好きだった」
「千切くん……」
「改めて、俺と。付き合ってくれないか」
千切くんの目が真っ直ぐにわたしを射抜く。……この瞳で見られたら、わたしなんかが勝てるわけないって。改めて、思い知らされてしまった。
「……誕生日」
「えっ?」
「彼氏の誕生日なら、ちゃんとお祝いしたいんだけど。……ほしいもの、ある? 豹馬くん」
「!」
頑張って出した声は、恥ずかしさも相まってか細く震えた。しかしそれを豹馬くんは、とびきりの笑顔で受け止めてくれて。
「……じゃあ、明日も一緒にいたい。誕生日プレゼントにクリスマスもデートしてよ、バイト終わった後でいいから」
「……何それ、無欲。そんなのでいいの?」
「どこが。それが一番いいよ! ……あ、でも」
せっかくなら手、このまま繋いでたい。そう言った彼は、ただ掴んでいただけのわたしの手に指を絡めた。その骨ばった大きな手に包まれると、なんだか彼とわたし以外のことなんて、……どうでもよく感じられる程で。
「……豹馬くん」
「ん?」
「好き。わたしも、高校のときから」
「ッ!」
ドキドキさせられっぱなしなのが嫌になって、勇気をだして言ってみる。見上げた彼は顔を真っ赤にしていて、そっぽを向いた後「いまこっち見ないで……」と言ったからおかしくなってしまった。
かっこいいのにかっこつけきれない君に胸を高鳴らす。今日も明日も大事な時を、共に手を繋いで噛み締めよう。