私のことがすきな凛くんなんて解釈違いなので、ファンを辞めて消えます!

「凛くん今日も最高でした! 愛してます! これ差し入れです!!」
「失せろ」
「はいっありがとうございました!! 一生好きです!!!」

 虫でも見るかのような視線と冷たく言い放たれた言葉。それら全てを心の宝箱に仕舞い、直角にお辞儀をしてわたしはその場を去った。
 ……今日も最高のファンサをもらってしまった!!!

 彼の名前は糸師凛くん。
 わたしの高校の同級生であり、日の丸を背負って戦うプロのサッカー選手である。
 高校の入学式で彼を初めて見たとき、わたしは「はーなるほどね! これが恋か!」と雷にでも打たれたかのような衝撃を受けた。そしてその勢いのままに彼の追っかけを始めたのである。

 さすがに嫌だとかやめろとか言われたらやめるつもりだったが、今のところ凛くんからは消えろか死ねか失せろくらいしか言われたことがないし、彼は息を吐くようにそのあたりの暴言を使うのでたぶん目障りな小バエくらいの印象で済んでいるんだと思う。
 それに凛くんが外国に行ったときも当然のように追いかけていったら目を見開いたあとため息をつかれたが何も言われなかったので、おそらくめちゃくちゃ嫌われているとかではないはずだ。
 ちなみに友達にそれを言うと「ストーカーって言葉知ってる?」とか「そのうち逮捕されるよ」とか言われるし、なんならそのまま疎遠にされるので現在わたしには友達がいない。

 でも別によかった!!! だってわたしには凛くんがいるから!!!
 NO 糸師凛, NO LIFE!!!
 おばあちゃんになっても凛くんの追っかけをする、そう心に決めていた!
 ……はずなのに。
 
「……今日このあと飯でも食いに行くか」
「は?」

 そのハッピー最高推し活ライフは、その推し本人の気まぐれな一言で消滅した。

「二回も言わせんじゃねえ。このあと……」
「失礼します」
「あ?」
「失礼します!!!!!!!!!」

 …………あれ、待って待って待って。
 今のは、…………誰だ??????????




 ブーッ、ブーッ、スマホが震えて着信を知らせる。そこに表示されているのは潔世一という名前だった。
 用件になんとなく心当たりのあるわたしは少し迷うも、さすがに無視はできなくて観念して通話ボタンを押す。
 もしもし、と言った途端、潔くんが『あっ出た!』と明るい声を出した。

『最近ぜんぜん来ないけどどうしたの、凛がブツブツ言いながら怒り狂ってるんだけど!!』
「あっ……ちなみにどんな感じで?」
『いやなんかちゃんとは聞き取れないんだけど、“あのクソアマ……”とか“クソが……”とか言ってる』
「あっよかった……そこは解釈一致だ……」
『悪口言われてそんなにほっとした声出すことある??』

 酷く困惑した声を出す電話の主、潔くんはやっぱり凛くんに巻き込まれてしまった(もしくは見かねてお節介を焼いてしまった)んだろう。
 潔くんとは昔、彼が厄介なファンから逃げる手伝いをしたことで仲良くなって連絡先を交換していた。そして常々凛くんに氷点下の塩対応(この界隈ではご褒美なのだが)を取られているわたしを哀れに思ってくれているようで、とても優しくしてくれている。
 ……とはいえそんなに頻繁に連絡を取り合うような間柄ではない。わざわざ電話をかけてきたということは、よっぽどヤバイんだろう。

『LINEも返事がこねぇって言ってたけどどうしたの? 実は俺の電話も出ないかと思ってた』
「ご、ごめん……。ちなみに潔くんの電話はいつ何時でも出ます、多分」
『……なんで来なくなったか聞いていい?やっぱり凛に冷たくされるのが嫌になった?』
「いやー……そういうわけじゃなくて……」
『なんだかんだで凛のやつ、高校生のときからずっと自分を一番応援してくれてる名前ちゃんに救われてるところあったと思うよ』

 だから名前ちゃんも忙しいだろうけどまた来てあげてよ、そう潔くんが言う。
 潔くんは優しい。試合中のイキっていない潔くんは本当に優しいし、凛くんのことを大事なライバルだと思っているから荒れる彼を放っておけずわざわざわたしに連絡してきたんだろう。

 しかし。しかしだ。
 この事実が、どうしても。

「違うんだよね…………」
『は?』
「わたしなんかに苛立って……いや苛立つのはいい、凛くんにはいつも世界の全てに憤っていてほしいと思ってるから。でも……ご飯に誘ってきたりLINEを送ってきたりするのはちょっと……」
『ちょっと……何?』
「解釈違いなんだよね……………………」

 そう。凛くんと出会い追っかけをして早五年、こんな問題にぶち当たるとは思っていなかった。
 わたしなんかをご飯に誘ったり、LINEをしてくるような糸師凛くんは……………………解釈違いなのだ!!!!

『か、解釈違い?』
「そう、解釈違い。凛くんはファンに連絡したりご飯を誘ったりするような男じゃないと思ってた」
『ファンって。いやファンだけど名前ちゃんはもともと同級生じゃん』
「そう、ギリ同級生とか幼なじみとかで長く付き合って結婚みたいなのはぜんぜん覚悟してたしそうなった時に自分を慰めるプランも4つくらい用意してた。……いやでも違うんだよな〜…………わたしじゃないんだよな〜…………」
『……名前ちゃんって凛のことが好きなんじゃないの? アイツ、誰にでも飯誘うようなやつじゃないし、あの荒れ方からしてもたぶん間違いなく名前ちゃんのこと…………』
「ギャーーーーーッやめて言わないでそれが解釈違いなの!!! わたしはわたしなんかには絶対振り向かない凛くんが好きなんだよ!!!!!」
『…………』

 なんだコイツ……と潔くんが電話の向こうで絶句しているのを感じる。でも仕方ないじゃん、解釈違いなんだもん。
 確かにわたしは毎回凛くんへの差し入れに名前と連絡先を書いていたからいつ連絡があってもおかしくはなかったけど、違うじゃん。今日こそは連絡くるかな!? ワクワク♡ がしたかっただけで、実際に来ると困るじゃん。違うじゃん。そういうのは違うじゃん!?

『……そ、それで凛の前から姿を消したわけ? 連絡もぜんぶ無視して……』
「そう。もう二度と行かないかもしれない」
『で、でも凛のやつもうすぐ誕生日だろ!? 毎年なんかホテルにいっぱい凛のグッズ並べて宗教みたいなのやってたじゃん!! LINEのアイコンにしてるやつ!!!』
「うん、今年も祭壇はやる。でももしかしたらこれが最後かな…………」
『えっ……』
「誰よりも凛くんを見てたつもりだったのに、解釈違いなんて情けない。ファン失格……もう凛くんに顔向けできない……担降りする……」
『だからご飯に誘われてんの名前ちゃんだってわかってる!?!?!?』
「こんなちんちくりんをご飯に誘うくらいなら潔くんと飲んだ勢いでワンナイトしてる凛くんの方がまだ飲み込めた」
『キモイこと言うなよ!!!!!!!!!!!!!!!』
「だって…………」

 まあ何を言ったところで拗らせおたくの戯言だ。子供の頃からサッカーをしてそのままプロになり活躍しているようなハイパー陽キャの潔くんにはわかってもらえないだろう。
 これからも潔くんのことは応援してるから、そう言ってわたしは電話を切った。



 そして今日は9月8日。凛くんの誕生日の前日である。
 わたしはここ三年くらい連続して取っているホテルの部屋(1104号室)にて、家から大量に郵送したりキャリーケースに入れておいた凛くんのグッズをせっせと並べていた。

 うーん等身大パネルはここに立てて……缶バッジはこんな感じ……アクリルスタンドはここ……ぬいぐるみは……と一生懸命並べていく。
 せっせせっせと手を動かしながら、この作業は無心になれていいなと思った。どの凛くんを見てもやっぱりかっこいいし、好きだなぁと思う。もう追いかけることはないだろうけど、これからもグッズは買って毎年この日は祭壇を作ろうかな。

 ……凛くんに誘われて、喜べるような女だったらよかったのにと自分でも思う。やっと思いが通じたんだ、とかそんなハッピーなことを思える人間だったらよかったのにと思う。
 わたしはどうしてこんなにも厄介でめんどくさいオタクなんだろう。凛くんがどんどん人気になって増えた、凛くんをアイドル視したりワンチャンを期待したりしている女の子たちの方がよほど健全だ。

 凛くんのことが大好きだ。凛くんのことが大好きだった。
 だからいまわたしの手元にいる凛くんのグッズを見てほっとしていた。この切り取られた凛くん達は、わたしになんの興味も好意も示さないから。

 ……別にご飯くらい、誘われたんだから喜んで行けばいいのにって自分でも思う。でもわたしなんかに優しくする凛くんはどうしても凛くんじゃない気がした。
 結局わたしは誰よりも凛くんのことを好きだったつもりで、実際のところ、わたしの思い描く理想の凛くんにはしゃいでいただけだったのかな。だとしたら本当に失礼で、情けない。

「ッ…………」

 わたしが並べた凛くんたちが滲む。ぽとりと音を立てて水滴が落ちるとクリアになった。しかしその後少しも経たずにまた滲む。それの繰り返し。
 自分の顔がぐしゃぐしゃになるとか、明日目が腫れるとかはどうでもいいんだけど、大事な凛くん達をわたしなんかの汚い涙で汚してしまうのが心苦しくて一度グッズスペースから離れる。
 そのとき、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「はーい」

 ルームサービスかな、と思いながらわたしは扉の方へ向かう。毎年0時ちょうどにシャンパンを飲みながら「凛くんお誕生日おめでとう♡」と書かれたケーキを一人で食べるのが恒例行事になっていた。
 ちょうど泣いているところに来ちゃったなあ、ホテルマンさんも気を遣うよなぁと慌てて目元を擦り、ろくに確認もせず慌てて扉を開ける。
 そして、固まった。

「え゙」
「…………」
「り、りんく…………………………」

 だってそこにいるのは、あの。わたしの心を捉えて離さない、凛くんだったのだ。

「ッ…………、」
「おい何閉めようとしてんだ。入れろ」
「む、むりです! ていうか何でい……っわあー!!!!」

 何でいるの、と聞きながらドアを閉めようとしたのにすごい力で開けられてそのまま中に入られた。ひぇえこれは犯罪では!? なんて思いながらも、久しぶりに間近に感じるナマ凛くんに思考が吹っ飛ぶ。今日も顔がいい……髪の毛がさらさら……後頭部が丸い……背が高くてガタイがいい……声もいい……匂いも好き……。

「おい」
「はい゙っ」
「きしょくわりーくらい俺のグッズ並べてるくせに何連絡無視してやがんだ」
「ゔ」

 そのままズカズカと部屋に入り込んでいった凛くんに異様な光景を見られて口ごもる。いやキモいよね!? キモイと思います!! グッズをこんなに買って並べてSNSに上げるオタクなんて本人からしたらキモイよね!! 他のひとなら喜んでくれるかもしれないけど、凛くんは気持ち悪がるタイプだよね!!

 そう思いながらおろおろしていると、突然凛くんが立ち止まった。それにより凛くんの広い背中にうっかり顔面から突撃してしまう。
 へぶ、と情けない声を上げて吹っ飛ぶわたしとは対照的に、凛くんはその場から動かなかった。ただ首だけこちらを振り返り、わたしを見下ろす。

「おい」
「はい……」
「潔から聞いた。……んだよ解釈違いって」
「いやー…………えっとーー…………」

 解釈違いは解釈違いであってそれ以上でも以下でもない。しかしそれについて凛くんに説明するには、わたしはあまりにも適切な言葉を持っていなかった。
 口ごもるわたしに凛くんはチッと舌打ちをし、まだアクスタを並べている途中の祭壇横に置いてあるソファ(ぬいぐるみを並べる予定の場所)にどかっと座った。脚が長い。美しい。
 ……でもそんな彼がこんなところまで来るのはやっぱり。解釈違い、で。

「なに俺のこと知った気になってんだ、クソが。飯に誘っただけでそれ以上何もしてねーのに」
「い、いや、凛くんのような天上人がわたしなんかに声をかけるのがそもそも、」
「勝手に俺を別世界の人間にしてんじゃねえ。俺に理想を押し付けて神格化してんな」
「ゔ」

 その通りである。……その通りだから。その通りだから、わたしは。距離を取ったのに。

「公式が解釈違いというのは、自分がターゲット層から外れたということなので、黙って消えるのがベストだと思うんです……」
「俺をコンテンツとして扱ってんじゃねえ」
「ぐ……。そう言われるともう、何も言えないんですけど……」

 何も言えない。そう、何も言えないんだ。わたしみたいな女が凛くんに何か言うべきではないと思う。だからもういなくなろうとしたのに。

「……そんなに嫌だったのかよ、飯誘ったこと」
「嫌じゃ!!! ……嫌じゃないです。嫌なわけないです。……いやえっと、ファンに手当り次第ご飯を誘う凛くんとかは嫌だけど」
「お前しか誘ってねえ。お前が初めてだ」
「うっ……………………。嬉しいけど、嬉しいけど。凛くんはわたしみたいな女をご飯に誘ったりしない」
「誘っただろーが」
「あれは凛くんじゃない」
「殺すぞ」
「あっその暴言は凛くんっぽい」
「お前な…………」

 はあ、と凛くんがため息をつく。それに心臓が嫌なはね方をする。
 そこでわたしは気づいてしまった。結局わたしは凛くんに本当に嫌われるのが怖かっただけなんじゃないかと。塩対応の選手とファンという距離間なら、別にどんなことが起きたってそこまでわたしを苦しめないだろう。
 ……でも、もしも。もしもその一線を超えて、凛くんと仲良くなったりしてしまったら。普通に話したりご飯を一緒に食べられる仲になってしまったら。
 そしていつか凛くんに好きな人とかが出来て、結婚して、サッカー以外にも大切なものができてしまったら。

 近づきすぎた分わたしは、耐えられなくなってしまう。

 ああそうか、わたしは。解釈違いなんて便利な言葉を使ってオブラートに包んだだけで、結局傷つくのが恐ろしかったんだ。……情けない。本当に、情けない。

「おい」
「…………」
「なに泣いてんだ」
「ごめんなさい……」
「謝れとは言ってねーだろ。理由を聞いてる」
「…………」

 理由。理由? わたしの涙の理由はなんだ。そんなことを聞いてくれる凛くんにドキドキする自分が嫌だ。自分なんかに興味を持ってもらえていると勘違いしそうになる自分が嫌だ。……本当はわたしも凛くんとご飯に行きたいと、行っていかに凛くんが魅力的で素敵な人物か本人に伝えて、例えばいつか凛くんが疲れた時にそのことが力にになれば、なんて思ってしまう自分が嫌だ。

 凛くんを、普通に。推しとかを超えて、好きになってしまうのが、嫌だ。

「っ…………」

 凛くんの問いに答えたいのにまた涙が出て止まらなくなる。こんな女めんどくさい、絶対凛くんに嫌われてしまう。
 そう思ったとき凛くんが立ち上がった。……やっぱりウザかったかな。帰っちゃうのかな。そう思って恐る恐る彼を見上げると。

 凛くんは黙ってわたしにハンカチを差し出していて。

「えっ……」
「いい加減泣き止め」
「え、あ? は、はんかち……。り、凛くんが、わたしなんかのために、ハンカチ?」
「ハンカチくらい出すだろーが。お前いったいずっと俺の何を見てたんだ」
「えっと……」
「俺に幻想抱いて勝手に喚いたり消えたりしてんじゃねえ。一生好きっつったのはお前だろうが。だったらちゃんと俺を見ろ」

 そう言った凛くんに半ば強引にハンカチを押し付けられる。押し付けられるというか、ぶっきらぼうに顔へ直接押し当てられた。

「あっあのこんな、お化粧ついちゃう、」
「洗って返せ」
「洗っ……新しいのを買ってお渡しします」
「何でもいいから持ってこい。ちゃんとお前が」

 ……潔くんに渡してもらおうと思いながら言った瞬間、そう言われてわたしは口を噤んだ。ああだめだ。この人に、勝てない。

「……あの」
「なんだ」
「あんまり期待させないでください。わたし、本当に、凛くんのことが好きになる」
「チッ……。ずっと期待させてきて裏切ったのはどっちだよ」
「えっ?」

 途端ぐいと腕を引かれて、気づけばあたたかな体温に包まれた。状況を理解して全身の血液が沸騰しそうなわたしに、凛くんは少しだけ熱っぽいような掠れた声で囁く。

「今度はちゃんと俺を見て好きになれ。このクソ女」
「ッ…………」

 とんでもないセリフに心臓が口からまろびでそうになったとき、ピンポーンとインターホンがまた鳴らされた。今度こそ本当に凛くんのバースデーケーキだろう。……一緒に食べてくださいと誘ってみてもいいだろうか。

 この凝り固まった解釈を修正するためには、来年も再来年もその次も、ずっとずっと一緒にケーキを食べさせてもらわないといけなくなる気がする。でもさすがにそんなことは言えないから、夢かもしれないと思いつつ、ただそっと彼の背中に腕を回した。

幻想の先の恋を知る