自然もいいし都会もいいよね

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「お待たせ! ごめん待ったよね!?」
「いいや、ついさっき来たところだよ」

そんなまるで付き合いたてのカップルのようなやり取りが少しおかしくて、あたしとクラピカは顔を見合わせてクスクスと笑った。

きょうはこれからクラピカと、彼がいま住んでいる村へ向かう。よく晴れた日、白い雲。秋の始まりの少し冷たくて爽やかな風。これからあたし達はけっこうな長い時間を船に揺られる。秋場は天気が変わりやすいから少し心配だけれど、この様子だと問題なく目的地に到着できるだろう。
乗船時間は3時間の予定だ。早めに集まったので、ふたりでパン屋さんで朝食を購入して乗り場へ向かう。

余裕を持って乗り込んだので、船が陸から離れる前にパンをぺろりと食べてしまった。クラピカはまだお腹が空いていなかったようであたしの食べっぷりを見て目をぱちくりしている。·····いつもは誰かと会う前に絶対何かお腹に入れておくんだけど、きょうは集合時間が早かったから無理だったんだよね。まあでも長い時間いっしょに過ごすならごまかせるものでもないし、とあたしはへらりと笑う。

「えへへ、大食いすぎてびっくりしちゃった?」
「あ、ああ·····。すまない、じろじろ見てしまって」
「いいのいいの、慣れてるから。この世界に来てからめちゃくちゃお腹空くようになったんだよねえ·····」
「そう、なのか·····」

クラピカがなんだか驚いたような困ったような何とも言えない不思議な顔でこちらを見たあと笑顔を作る。それに首を傾げながら、とりあえずあたしは明るく言った。

「他にもおにぎりとかお菓子とかいっぱい持ってきたんだ。クラピカも朝ごはん食べたあともしお腹すいたらいっしょに食べようね!」

元気いっぱいにそう話してパンパンに食材を入れてあるリュックサックを指差す。それ、食べ物だったんだな····とクラピカは面食らったがそのあとまた笑ってくれた。

君が笑うとほっとする。


第61話
メランコリック・ランデヴー



「あれだ。見えてきたぞ」

のんびりと船に揺られながら飛んでいくカモメを見たり、おやつを食べたりくだらない話をしていると時間が過ぎるのはあっという間だった。乗船から2時間半が経過した頃、クラピカが向こうの方を指さしてそう告げる。波の調子がよく、スムーズに運航できたらしい。

遠目から見るその島はなんだかまるっとしたフォルムで緑が多い。確かに自然以外なにもなさそうだけれど、あたしはそれを一目見た瞬間好きになった。クラピカがここで生活をしているんだと思うと、それだけでなんだかキラキラして見える。


「かわいい島だね、丸っこくて」
「言われてみれば確かにそうだな。山が多いんだ」
「まりもみたい」
「ふふっ」

そうかもしれないな、とクラピカが笑う。ふうわりと吹く風が彼の髪をさらった。美しいひとだとしみじみ思う。君の優しい茶色い眼が好き。


「なんだかあたし、もう気に入っちゃったなぁ。この島のこと」
「まだ着いてもないのにか? たぶん予想している以上に何もないぞ」
「シティは何でもありすぎて疲れちゃうじゃん。まあもちろん田舎にも都会にもいいとこも悪いとこもあるんだけどね」
「そうだな。キミは田舎の方が好きか?」
「うーんわかんない。でも海も山も好きだよ」

長く住んでもいないのにこっちの方が好きって断言するのってなんだか不誠実じゃん? そう言うとクラピカは君らしいなと言った。
その言葉に少しだけ楽しい気持ちがきゅっと冷える。·····この人の指す「君」は、あたしじゃないだろうから。

顔に出したつもりはなかったけれどもしかしたら一瞬出てしまっていたのかもしれない。あ、と表情を変えるクラピカにあたしはあえて元気な声を出して話題を変える。·····別に謝ったりしてほしいわけじゃないんだ。もし謝られたらそれこそどうしたらいいのかわからないし。


「海も山もあるならご飯がおいしそう。気に入ってるカフェとかレストランとかある?」
「·····ああ、味は保証するよ。見た目は都会のもののように派手ではないが」
「食べちゃえばいっしょいっしょ」

もちろん綺麗な見た目のものもテンション上がるから好きだけどね、なんて続けると彼もそれもそうだなと頷いた。シティの方でもまた美味しいものを食べよう、なんて話をする。クラピカを連れていきたいカフェのお気に入りポイントを上げているうちに島がどんどん大きくなってきた。いよいよ到着である。ブォオと汽笛の音がして、あたし達を乗せていた船は波止場にたどり着いた。

下り場に足を踏み出そうとすると、クラピカが先に降りてそっと手を取りエスコートしてくれる。あまりそういうのに慣れていないから少しだけびっくりしたけれど、ありがとうとお礼を言ってそれを受けた。クラピカの手はあたたかくて大きくて、存外しっくりきてしまったので少し顔が熱くなる。·····見た目が綺麗だから忘れそうになるけれど、16歳の男の子だもんなあ。

キルアといっしょにいることが多いからそう思うのかもしれないけど、16歳って·····思ったより男の人で、ちょっとドキドキしてしまった。


「·····どうした? 顔が赤いぞ」
「え? っえ、あー! 船の上寒いかなと思って着込みすぎちゃったかな!」
「大丈夫か? もし体調が悪くなったりしたら遠慮なく言ってくれ」
「うん!!!!! ありがとう!!!!!」

バカみたいな大声でそう言ってあたしはさりげなくクラピカから手を離す。それになんだか少し寂しそうな顔をされてしまったけれど、この人が求めているのはあたしじゃないってわかっているから気づかなかったふりをした。





ずっと船で揺られていたからか、陸に降り立つととても「いま二本足で立っている!」という気分になった。それをそのまま言うとクラピカはなんだそれはと笑ってくれた。

少し離れたところには釣りをしているおじさん達がいて、もっと離れたところには元気に泳いでいる子供たちがいる。最近ちょっと冷えるのにね、と言ったら子供は元気だからなあと返ってきた。ケラケラと上がる笑い声が眩しい。
そんな風景を横目にあたし達は歩く。きょうはありがたいことに、クラピカが住み込みで働いている農場に泊まらせてもらうことになっていた。気のいい夫婦とその親戚一同が経営しているらしい。

クルタの村へは明日行く。きょうはひとまず、クラピカがいま生活をしている島を楽しむことに決めていた。

下り場から目的地まではけっこう距離があったので、途中途中変わった鳥を見つけたり飲み物を買ったりおやつを食べたりと道草をしながら進んだ。それがなんだか穏やかでとても楽しくて、あたしはまた『サナ』に嫉妬してしまうのであった。























「あらーかわいい子! クラピカったらこーんな綺麗なお嬢さん連れてくると思わないじゃない!」
「うちみたいな何もないところで大丈夫なのか?」
「ほんと、どこもかしこも馬の臭いが染み付いてるようなところだけど」

船から降りておよそ1時間。たどり着いたのは思っていたよりも大きな農場だった。クラピカの雇い主家族はそこに家を構えて、その農場の一角と動物たちの世話をしているらしい。かわいらしいレンガ造りの家にお邪魔させてもらって、御家族皆さんに挨拶をする。40歳前後に見えるおじさんおばさんと、18歳、15歳、12歳の息子、それから8歳の娘さん。みんな明るくて素敵な笑顔で笑うひと達だった。あたしはすぐに全員のことを好きになる。

「いえいえそんな、突然のことなのにありがとうございます! よければお手伝いもさせてくださいね」

本当は漁師が立ち寄ったときに泊まっていくらしい小さな宿を予約するつもりだったんだけれど、クラピカが数日ここに滞在することを世間話の一環でご夫婦にした際どうせならと提案してくださったのだ。宿泊するつもりだった宿は正直あまり綺麗とは言えないし、気性の荒い輩が泊まることも多いようだったので、ありがたい話である。


「こんなお嬢さんに農場のお手伝いなんて、そんなことさせられないわ·····と言いたいところだけど。サナちゃんもハンターなのよね?」
「あ、はいまあアマチュアですけど」
「それでも頼もしいわ。何かあったらよろしくね·····というか馬の餌やりやってもらっていい? そのあといっしょに散歩でもしてらっしゃいよ」

あっけらかんとお願いされて、あたしは思わず笑ってしまう。これくらいの方が気を使わないでラクだなあ、なんて思った。すると彼女は「うちのコ人懐っこいから慣れてなくても乗りやすいわよ」と続ける。·····え、馬? 散歩って、乗りながらってこと!?

「の、乗ったことないんですけど大丈夫でしょうか·····?」
「大丈夫だいじょうぶ、クラピカに教えてもらったらきっとすぐ乗れるわよ。ねえ?」
「そうですね。みんな素直でいい子で、初心者でも比較的乗りやすいでしょうし」
「やっぱ飼い主に似るのかしらねえ、ふふふ」

自分の馬を褒められておばさんは少し嬉しそうだ。本当に明るくてかわいらしいひとである。あたしもこんなふうに歳をとりたいなぁ、なんて考えながらあたしとクラピカはおばさん達に一礼して家を出ようとする。そこでおばさんに引き止められた。


「あ、よかったらアンタたちこれ持っていきなさい」

そう言って彼女はサンドイッチを軽食に持たせてくれた。ありがとうございますとお礼を言って受け取って、あたしとクラピカは馬小屋の方へ歩いていく。その道すがら、あたしは興奮しながらクラピカに話しかけた。

「すっ·····ごい、いいひとだった! みんな!」
「ああ、今回はいい雇い主に恵まれて助かっているよ」


そう言って彼は穏やかに笑う。クラピカは旅団のことや『サナ』のことについて情報を集めるためにいろんな土地を転々としているらしい。時にはけっこうたいへんな待遇に当たることもあるんだとか。

今回は雇い主のおじさんのお兄さんに当たる人が人体収集家という噂を聞きつけて近づいたらしい。おじさんはあんなに素敵なのにね、と言うとお兄さんの方もそこまでヤバイものには手を出していなかったと返ってきた。人体収集界において何がマシで何がヤバいのかはあたしにはいまひとつわからないけれど、深堀したところで気分のいい話じゃないのは確実だからあたしはそっかーと流した。
雇い主が雇い主なだけにお兄さんが変な人でなくて少しホッとしたが、目的の達成という意味では振り出しに戻ってしまったと彼は続ける。眉を下げて少しだけ困ったように話すその横顔が切なくて、あたしは思わず口からぽろりと感嘆の声が出た。


「·····クラピカは本当に、ひとりでずっと頑張ってたんだね。すごいや、えらいよ」
「急にどうした? 褒めても何も出ないぞ」
「やだなあ、思ったことを言ってるだけだよ」

そう言ってからちょっと恥ずかしくなって、近づいてきた小屋を指さしてあれがその馬小屋? と尋ねた。クラピカはいつもの優しい声で、ああ、と答える。そのときまたふうわりと風が吹いた。草のにおい、土のにおい、小屋の方からする独特な泥臭いにおい。それに改めて田舎に来たなあなんて思っていると、彼は静かに続ける。


「·····オレはお前もすごいと思うぞ。まったく知らない世界で一生懸命生きて、意味のわからないことが立て続けに起こっても腐らないで」
「えっ」

終わったと思っていた話は変わるどころかむしろ万倍優しいものになって返ってきた。あたしはそれに照れてしまって、その直後にふと気づく。·····『サナ』じゃなくて、あたしを褒められている。


「もちろんオレはあの『サナ』を必死に探しているよ。でも同時に、キミといるのも最近はとても心地いいんだ」

さあ、行こうか。そう言ってクラピカが小屋へと入っていく。なんだかその言葉に無性にドキドキしてしまって、あたしはまともな返事もできないまま、口をモゾモゾ動かしながら彼の後に続いた。


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