「ではサナはマチとパクノダと組め。ノルマはこの袋の分だ、何かあったら連絡してこい」
「はーい!よろしくお願いします」
いよいよ幻影旅団の仕事を手伝う日がやってきた。何度も何度も大丈夫かと心配そうに確認してくるキルアに笑顔で手を振り、あたしは指定された場所でクモの皆さんと落ち合う。
今日は2〜3人で行動するらしく、あたしはマチとパクと同じグループになった。女性だしもともと好きなキャラクターだし·····記憶の中でも優しくされていたので、少しほっとする。
ぺこりと頭を下げるとこちらこそよろしく、とマチとパクは笑ってくれた。それに微笑み返して、あたし達はそれぞれ毛布が大量に入った袋をまるでサンタクロースにでもなったかのように担いだ。
第六十話
目の前にあるものに
「い、いいの!?本当に!?」
「うん、よかったらどうぞ」
「ありがとう·····!!!」
このスラムは日中は酷く暑いのだが、日没後はとんでもなく冷え込む。一日の気温差が20度を超えることもざらにあるらしい。ただでさえ飢えに苦しみ体力・免疫力ともにない子供たちはその寒暖差で死ぬことも少なくないようだ。・・・これらはあの打ち上げの翌日、いったい自分はどんな国に行くことになるのだろうと調べた結果わかったことだった。
けれども実際その地に足を踏み入れて、耳が痛くなるような冷たい風だとか、一日の仕事を終えて道端で休息を取るくたびれきった子供たちの姿を見ると改めてその凄惨さに胸が痛む。
あたしはその光景に一瞬呑まれたが、なんとか首を振って喝を入れてひとりの男の子に声をかけた。するとただの毛布一枚に手足がごぼうのように細く虚ろな眼差しをしていた彼が目を輝かせる。その喜びように驚いて、どうしたらいいのかわからなくなりつつも、それでも笑顔を見れるのはとても嬉しくてわたしはどんどん進んでどんどん配っていった。
「・・・クモの慈善活動、噂には聞いていたけどこういうのもあるんですね。けっこうやってるんですか?」
「まあ団長の気まぐれだからまちまちだけどね。これは3回目くらい?」
「炊き出しとかもあるわよね」
「ほえー」
めちゃめちゃいい団体じゃん。そう思いながらあたしは足を進める。これは記憶にはなかったことだし、原作でも知らなかったことだからただただ驚いた。·····きっと、それによって救われた命もたくさんあるのだろう。
そう考えると、どうしても。なぜクルタ族にはあんなひどいことをできてしまったのとも、思うんだけれど。
「お姉ちゃんたち、それくれるの!?」
「あ、うん。どうぞ〜」
そんなことを考えていると一連の流れをどこかから見ていたらしい子供が走ってきて毛布を強請った。あたしはそれに頷いて、その男の子に渡す。ぱぁあっとその顔が明るくなって、あたしは思わずにこにこした。·····ああ、子供っていうのは、かわいいなあ。その子は毛布を受け取ると嬉しそうにぺこりとおじぎをしてパタパタと走り去っていった。元気いっぱいで非常によろしい。
「さっきのコ、かわいかったわね」
「そうですね!」
その後ろ姿を眺めていると、パクノダがクスクスと笑いながら声をかけてきた。あたしはそれに笑顔で返す。
「·····私たちが探してた『サナ』も、最後に見たときはあれくらいの年齢だったのよ」
途端、パクが静かに言ったのであたしは思わず振り返った。彼女はとても優しい顔をしている。
「まだまだ子供でしょう。だからずっと心配してた。·····アンタからしたら気持ち悪いかもしれないけど、年の離れた妹を失ってそのコが突然帰ってきたようなものなのよ。いい気はしないだろうし、許してねとは言わないけど·····少しだけ頭の隅に置いておいてくれる?」
「・・・」
そう語るパクの瞳はとてもあたたかだ。そうか、そうだよなあ。シャルも、『サナ』は10歳くらいの時にクロロが拾ってきた赤ん坊だったって言ってたもんなあ。兄妹や姉妹のように、かわいがってくれてたんだ。その記憶はあたしにもちゃんとある。
「・・・はやく、『サナ』さん。見つかるといいですね。見つけましょう」
「·····そうね」
パクはゆるりと頷いて、路傍に小さくなって眠っている女の子の元に歩きそっと毛布をかけた。その笑顔は慈愛に溢れていて、昼寝をしていた『あたし』に毛布をかけてくれるパクがふと頭に過ぎる。本を読みながら微睡んでいたとき、クスクス笑って風邪ひくわよと声をかけてくれたんだ。
・・・ああ、割り切れないなあ。
「別に変に考え込まなくていいわよ」
「えっ?」
そうやってじっとパクを見ていたら、隣であたしたちのやり取りを黙って見守ってくれていたマチが口を開いた。
「考えたってわかるもんでもないでしょう。こっちだって別に、すぐにいろいろ身の振り方を決めろなんて思ってないから。·····何年も探し回って、手がかりが見つかっただけで十分。もうしばらく待つことになったって、そんなの大した問題じゃない」
「・・・」
「それよりアンタ、仕事は楽しい?毎日ごはんはいっぱい食べてる?元気にやってる?」
マチは自分の腕の中にある毛布を整えながら、あたしのほうを見ずにそう質問してくる。気遣ってくれているのがバレるのが恥ずかしいんだろうと、なんだか心がぽかぽかした。
「うん。仕事は楽しい、ごはんもいっぱい美味しく食べてる、毎日本当に元気いっぱい」
「そっか。·····ならそれで十分よ」
『サナ』は体が弱かったとシャルナークは言っていた。もちろんあたしにもその記憶は流れ込んでいる·····みんなの心配そうな眼差しもいっしょに。
だからこうやってかけてくれた言葉が、本当に嬉しくて。愛されていたんだと、胸がキュッとする。・・・ほんの少し、羨ましくもなるけれど。
そんなことを考えていると、向こうの方にガリガリにやせ細った兄妹が身を寄せて座っているのを見つけた。あたしはその子たちに毛布を渡してやろうと、急いで駆け寄った。
「・・・どうしよう」
そのあとも毛布をたくさん配って、これでラスト1枚となったとき。
曲がり道の先で、ふたりの男の子が蹲っているのを見つけてしまった。
·····彼らは少し離れたところに座っているからきっと他人なのだろう。いっしょに使ってね、ができるような雰囲気でもなさそうだった。
「・・・まあ、だいたいいつもこうなるのよ。だからアタシはあんまりこれ、好きじゃないんだけど·····。変に気に病むことになりそうなら、見なかったことにして別のコにあげるのも手よ」
「そ、そんな·····!見つけてしまったのに見捨てるなんて」
「まあここにはこういうコがごまんといるからね。仕方ないって割り切らないと、全員を救えるわけもないし」
そう言いながらマチはポキポキと首を回す。わ、割り切るなんて·····他に何か手はないのか、とあたしが唇を噛み締めると、横でパクノダがくすくす笑った。
「とか言って。アンタいつもそういうときは自分の糸で毛布作ってプレゼントしてるじゃない」
「ちょっとパク。いまそれ言わないでいいの」
照れたように顔を赤くするマチにきょとんとして目をぱちくりさせると、彼女はハアーとため息をついたあとガリガリと頭を掻いた。
「·····ま、そもそもこの毛布配り自体自己満足以外の何物でもないからね。本当に何かをしたいなら抜本的に変えなきゃいけないことが山ほどあるし。・・・団長がどうしてこんなセコいやり方するのかずっと謎だったんだけど、アンタが参加してなんとなくちょっとわかったかも」
「あたしの参加で?何が·····ですか?」
「ナイショ。アンタはアンタで考えなさい」
そう言ってマチは念糸でひとつ毛布を作り出し、あたしの手から最後の毛布を取ってそのコたちの元へと歩いていった。あたしが大きくなったからか、その後ろ姿はあたしの·····『サナ』の記憶で見たものより小さくて。あるはずもない過去と現在が重なって自分の立ち位置がよくわからなくなる。あたしはどうしよう、と慌てふためくだけだったけれど、彼女はこうやって目の前にある命を救う方法を見つけられるひとなんだ。
ふと横にいるパクノダを見上げる。パクは「素直じゃないわよねえ」とあたしに笑いかけた。·····あたしはもうすぐハンター試験を受ける。そこから、クモがいったいどうなるのかを、知っている。
この目の前にいるひとを救う方法はあるんだろうか。クラピカの手も、握ったままで。
冷静に考えたらいまの毛布くらいなら他のグループから分けてもらえたかもしれないし、そもそもあたしも念で作り出せるけれど。クモとクルタ族、両方の手を取ることができる未来は、天地がひっくり返ってもきっと見つけられないだろう。
「·····そろそろ戻ろうか」
「そうね」
「はーい」
そう声をかけられて、あたし達はくるりと方向転換する。コツコツというパクノダのヒールの音が、やけに耳に残った。
「ただいま帰りました〜」
「ああ、お疲れ様」
渡されていた分の毛布を無事に配布し終えたので、あたし達3人はアジトへと戻った。既に帰っていたメンバーもいて、あたしたちはちょうど真ん中らへんだったようだ。おそらくすごい勢いで配ってきたのだろうノブナガとウボォーはもう既に酒を飲み始めている。
「どうだった」
クロロは本を読んでいて、そこから視線を外さないままあたしに問いかけた。あたしは二三度瞬きをして、口を開く。
「·····どうしてあなたはこんなことをしてるのかなって気になりました」
「そうか」
彼は少しだけ微笑みを携えたまま、まだこちらを向いてくれない。そうか、って。他になんか答えはないのかね。あたしは思わずむう、と唇を突き出す。するとそれを視界の端でとらえたらしく(視野どうなってんの?)クロロはくつくつと笑った。
「拗ねるな。·····どうしてだろうな、オレもそこを知りたくてやっているのかもしれない」
クロロはようやく顔を上げてあたしに視線をやりながらその形のいい唇を動かす。ああ、マンガでも。動機の言語化は好きじゃないだのなんだの言ってたもんなあ。
「また来るか?滅多にこういったことはしないが」
「·····いえ。慈善事業はうちの万事屋でやります」
「それは残念だ」
つゆとも思っていなそうな声でクロロは言う。きっとあたしの答えすら、お見通しだったのだろう。
それはあたしがわかりやすいからなのか。それとも『サナ』と思考が一緒だから、なのか。わからないけれど、誰の手も離さないためには。
「・・・話、それるけど。今度ごはん、連れてってくれますか?」
おもむろにそう切り出したあたしに、クロロはゆるりと頷いた。
「もちろん。何が食べたい?」
遠くでウボォーとノブナガの笑い声がする。シャルナークとコルトピが帰ってくる音がした。マチとパクノダはお酒を飲みながらゆっくりと話している。
あたしはそんな声をBGMに、クロロと食べたいものについて考えた。