夢に見るのは家庭の味



「歩美のおうちここー!」
「ここまでで大丈夫です、ありがとうございました!」
「じゃあまたな〜菜々子姉ちゃん!」


元気いっぱいに手を振ってくれる3人を順番に見送って、わたしは最後に小さな名探偵くんを送り届けることになった。








「本当にありがとうね、コナンくんのおかげで急いで家探さなくていいから助かってるよ」


コナンくんと二人きりの帰り道。

毛利探偵事務所を見れると思うとファン心が疼いた。

ポアロにはまだ安室さんはいないんだろうけど、彼が働き出したらぜひハムサンドをオーダーしてみたい。梓さんはいるだろうから、今度覗いてみたいなと思った。

そんなことを考えながら、改めてコナンくんに礼を言う。
いやほんと、トリップして訳も分からない上に一から家を探す羽目にならなくて本当によかった・・・。


「ううん、気にしないで!
それより、初対面の男の人と二人暮らしになっちゃったけど大丈夫だった?」
「うん。沖矢さん変に干渉したりもしてこないし、すごい楽なルームシェアって感じ。わたしもそんなに部屋の外に出ないしね」


コナンくんと話すのは不思議な感じがした。もちろん、歩美ちゃんや元太くんや光彦くん、哀ちゃん、阿笠博士、沖矢さん、風見さん、誰と話すのもあまりにもリアルじゃなくて変な感じがするけれど。

ゲームやテレビみたいに一方的に彼らの話を聞いているのではなく、わたしが言葉を投げたら返ってくる。本当にすごいことだと思った。安室透LINEだけで十二分に感動していた自分からするとあまりにも凄すぎる状況である。



当然ながらわたしよりずいぶんと背が低いコナンくんを見下ろした。なるほど、こんな髪型だからああいう描かれ方していたのね・・・などとりとめのないことを考える。

まだぜんぜんリアルじゃない。
まだ全くトリップしたことを受け止められていない。

そういえば蘭ちゃんはまじでツノが立ってるんだろうか。



「ここ右だよ」
「はい!」


毛利探偵事務所への道のりをコナンくんに教えてもらいながらついていく。
なんとなくこのへん作品の中で見たことあるかなあ、ないかなあ、とあたりを見回しながら考えた。


「この辺の道、記憶ない?」
「ウーン、ぜんぜん・・・。なんか見たことあるような気もしなくはないけどね」


まったく知らないというのは嘘になるので、本当のことを言っておいた。
彼に嘘はついてはいけない。何も悪いことはしていないのに、変な違和感で怪しまれるのだけはごめんだった。
仲良くなっておきたい。事件に巻き込まれるの
は嫌だけど・・・。




「・・・菜々子さんはこれからどうするの?自分について調べたりする?」
「ウーン、どうだろ・・・大阪だよね。行ってみるのもいいかなと思ってるけど、今はまずこの辺りに慣れたいかなって」
「そっか。大阪だったら、僕の友達のお兄ちゃんがいて、良くしてくれると思うから行くときは紹介するよ!」
「本当?ありがとう、助かるよ」


コナンくん、優しい。
きっと服部くんを紹介してくれようとしているのだろう・・・嬉しい。会いたい。会いたいっていうか服部の「工藤!」「おい工藤!」「せやかて工藤!」「なんやて工藤!」を聞きたい。ぜひ聞きたい。


「心細いこともいっぱいあるだろうけど、何か力になれることがあったら言ってね。早く記憶が戻るといいね」



コナンくんは少し猫を被ったキラキラスマイルでそう言った。かわいい。死ぬ。



記憶かあ・・・。


コナンくんは本当に優しくそう言ってくれたけど、正直もともと記憶がある自分としてはなんとも言えない。
でも普通、記憶を無くした人だったら記憶を探そうと躍起になるのかな。だったら昔に執着しないのは、それはそれでおかしいのかな。どうなんだろう、なんてうっかり考え込んでしまった。


「菜々子さん?」


黙り込む私にコナンくんは首を傾げる。いけないいけない、と私は笑顔を作った。



「そうだね、ありがとう」























あのあとコナンくんとも別れ(生で毛利探偵事務所を見れたのは感激だった)、お家に帰ると肉じゃがのとてもいい匂いがした。
ぐぅ、とおなかが鳴ってしまい自分で自分を笑っていると、キッチンから沖矢さんが出てきた。


「おかえりなさい、ちょうど煮込み終えたところですよ」
「わあ本当ですか、楽しみです!ただいまです〜」


靴を揃えて立ち上がる。
沖矢さんの隣に行くと、少しだけタバコの匂いが鼻を掠めた。

そうだこの人も偽りだ。この人との同居生活が楽なのは、自分がいまいろんなことを隠している罪悪感を持たないで済むからかもしれない、と思った。

お互い踏み込むこともしないし。この人だって、わたしみたいなイレギュラーに変に訝しまれても困るのだろう。



「今日は楽しかったですか?そういえば、朝とずいぶん雰囲気が違いますね」
「ああ、お化粧と服のせいかな?楽しかったです。お買い物も、子供たちと遊ぶのも」
「それはよかった。にしても、お似合いですね。非常にかわいらしい」
「あはは、やめてくださいよー照れちゃいます」
「本当のことですよ」


談笑しながらリビングに向かい、扉を開けるとより一層いい匂いがした。


本当のこと、なんて。
この家に一つでもあるのだろうか。


わたしはいったい何者なんだろう。
わたしを示す書類がこの世界に数多あるということは、本当にわたしは実在していたんだろうか。自分を調べるとして、どうやって調べればいいんだろうか。調べたところでその結果にどう向き合えばいいんだろうか。

わたしの心はまだ元の世界にある。帰りたい、以外の気持ちはない。



おそらくわたしがこの世界で生きているという証拠になるものは全て、あの時空の管理人とやらがこさえてくれたものだろう。
だったらきっと粗もないはず。わたしは本当に、最初からこの世界で生まれたことになっているのだろう。


でも、もし万が一、わたしが実は本当に昔この世界に転生していたとして、何かのきっかけで前世の記憶が呼び起こされてわたしがいまここで意思を持っているのだとしたら。


もともとの記憶なんてぜったい思い出したくない。
刑事さんから話された自分の身の上設定はあまりにも過酷だった。




何か意味があってわたしがここに存在するのなら、早くその役目を果たして元いた世界に戻りたいな。



沖矢さんの作ってくれた肉じゃがは美味しかった。
わたしも肉じゃがはわりと得意にしているけれど、わたしの作る肉じゃがよりも実家の母が作るその味に似ている気がして、少し目頭が熱くなった。







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