夢の先の邂逅


「降谷さん?」
「!」

突然呼ばれてハッとする。
声の方を見ると、風見が眉を少し下げながらこちらを見ていた。



「大丈夫ですか?なんだか今日は少しぼうっとしておられるような・・・」


珍しい、と風見は言った。
風見に心配されるなんてオレもまだまだだな・・・と思ったことは言わないでおく。



「なんでもない、気にするな」



そう言って表面上取り繕う。
しかし実際は昨夜見た夢が頭から離れずにいた。


菜々子。
もしも昨夜のあの夢が自分の作り出した虚構なら、きっとあの時見かけた君すらも幻影だったんだろう。


だけど、もしあれが本当ならーーーーー・・・・・



























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「・・・菜々子が死ぬことになるとは、どういうことだ」


突然現れた怪しい人物からの警告。
眉を寄せ、不機嫌を隠すこともせずにオレは言った。


「そのままの意味だ。彼女は本当はここにいてはいけない存在だからだ」
「意味がわからない。しっかり説明しろ!」


声を荒げるも、目の前の男は冷静に告げる。
男の声はやけに通り、この空間で酷く響いた。



「彼女はこの世界の住人ではない。別の世界からやってきた、異界人だ」
「?!」


突拍子も無い発言に理解が追いつかない。
しかし瞠目する自分など気にも留めない様子で男は静かに続けた。



「何の因果か、君と菜々子は夢の中で空間を超えて交流し続けていた。そしてそのまま菜々子は君に引っ張られる形でこちらに来てしまった。

まだ彼女は自分が異世界にきたという事実を受け止められていない。そういう魂が弱い存在は世界から弾かれやすい・・・言うなれば事故や殺人の対象になりやすい」
「なっ・・・」


事故、殺人。
あまりにも非科学的で非現実的なことばかりが蠢く中、その言葉だけがリアルだった。

理解とは別に心音が高鳴り額を汗が伝う。
この感覚は夢ではない。

夢であるはずがない、と乾く喉が自分に訴える。



「菜々子を守れ、降谷零。
さもなくばお前は深い後悔に飲み込まれる」


男は淡々とそう告げた。
あまりにも現実味のない話。

しかし、自分にはこの『夢ではない』という感覚以外にも菜々子が異世界から来たという事実を肯定する事象が一つあった。




菜々子について。

過去、既に何度も調べている。





夢の中で会う菜々子はあまりにもリアルで、言うなれば何よりも大切な幼なじみのような・・・妹のような、いやそれ以上の存在だった。



本当に自分の脳内にしかいないのか、実在しないのかと疑い縋り・・・何度も何度も調べて、ずっと手がかりすら掴むことができなかったのに。
先日菜々子らしき人物を初めて見た後は、驚くほど簡単に素性が判明した。


しかも判明した経歴は、粗こそないもののあまりにも不自然で。


『突然この世界に現れ、それを書面上は誤魔化している』、そう思う方が納得できる程。




そうなると、回答は一つしかなかった。


「・・・わかった。まだ半信半疑だが、全力で彼女の護衛に努めよう」
「ああ。・・・あと一点、言っておかないといけないことがある」
「なんだ」


まだあるのかとその男を見ると、そいつは酷く眉を寄せて悲痛な面持ちで告げた。




「菜々子には、君と過ごした記憶がない」




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「めっちゃよかった・・・」


映画を見終わり、わたしは持っていたハンカチを目元に当てながら世界一さいこうな作品の余韻に浸っていた。まさかこの世界でも観れるなんて思わなかった、ありがたや。


なんだかんだで時刻はもう11時半だった。レイトショーなので仕方ない。
切っていた携帯の電源を入れると、沖矢さんから『今日は帰らないので、戸締りをしっかりよろしくお願いします』という連絡が入っていた。了解です、と返信する。
沖矢さん今日は何してるんだろう。まあでもそういうのは聞かないでおこう。

さて帰るか。
イヤホンで音楽でも聞こうかなあ、そう思ったものの夜に女の一人歩きは危ないし、ここ犯罪都市だし、まあ自分は狙われないだろうけどハンマー女さんが絶賛活動中のはずなのでがまんした。えらい。































なんか・・・つけられてる・・・気がする・・・・・。



その帰り道。ばっちりフラグを回収するかのごとく、背後に気配と足音を感じる。えええ。まじかよ。まじかよ・・・。



少し足を早めると向こうも早まる。いやこれどうしよう、どこに逃げよう、コンビニ?コンビニってどこにあるの?ああ、さすが犯罪都市、夜中に女が一人で歩くんじゃなかった・・・。


思わず目に涙が滲むも後悔したって遅い、なんとかして逃げないといけない。
でも喉の奥が熱くなり、体全体がまるで心臓になったかのようにどくどくと脈を打った。嫌な汗が背中を伝う。どうしよう。殺されたらどうしよう。


・・・あれ、でももしかして。

よくある話、漫画やアニメや小説のお決まりで、もしかしたら。



殺されたらわたしは、日常に戻れたりするのでは・・・?






そんな考えが脳裏に浮かぶと勝手に足は止まってしまった。振り向くと殺される、そんな気がしていたのに振り向いてしまった。


刹那、目が合う。ああ、この人。
そうだ、この人だ。


少しだけ離れた距離にいた彼女は細身でどう見ても女だった。ただ異様に高くなった身長が、厚底を履いているんだろうなと思わせた。うわあ、完全に一致。


手元を見るとハンマーを持っている。彼女は足早に近づいてきた。




(あ、やだ死にたくない、)



殺される。
そう思ったら体が固まった。


振り上げられたハンマーが街頭に照らされ鈍く光る。誰かを殺すとき、人はこんなにも歪んだ顔をしているのだと学んだ。
ハンマーは思いの外ゆっくりと振り下ろされる。わたしの体は金縛りにあったように動かない。

元の世界の友人や家族の顔が頭に浮かんだ。また会える?いやでもなんかこれで死んでも会えない気がする。死に損じゃん。

ああ、生きてたらもしかして、いつかまた会えたかもしれないのに。ごめんね、と心の中でつぶやいた。


そんなときふと頭に過ぎる明るい髪色の男性の後ろ姿。
あれ、誰だろう。

知らないはずなのに、知っている気がする。
わたし、この人を、置いてはいけないーーーーー・・・・・









「危ない!!!!!」




瞬間。

すごい風、ガキィッ!という刃物が割れる音、女の悲鳴。



いろんなものが同時に襲ってきて混乱するわたしの鼻腔をどこか嗅ぎ慣れたような、懐かしい優しい匂いが掠めた。





「ハンマー男が女性だったとはな」
「ヒッ、」



憎々しげに彼は言った。
少しずつ理解が追いついていく。


吹き飛ばされてバキバキに折れたハンマーは長く美しくも力強すぎる足蹴りによってやられたもので、へたり込む女性はわたしを殺そうとしていた張本人。

固まるわたしは当然ながら中村菜々子で、そんな異世界から来た何もできないわたしを助けてくれたのは。



「・・・怪我は?」



全世界一かっこいい、安室透様だった。


(安室の、女で、よかった・・・)




そしてわたしは生涯安室のオンナでいることを堅く誓い、安堵に意識を手放した。








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