さよなら・ドリーム・シンドローム



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「菜々子に、俺との記憶がない?」


理解が追いつかないまま目の前の男に言われた言葉を繰り返すと、そいつは黙ってひとつ頷いた。



「最初は菜々子自身の意思で、夢から覚めた後は君と過ごしたことを忘れるようにしていた。幼少期の話だ。
別の世界にいる君を想って生きることは幼い菜々子には難しく、このままでは生きること自体が困難になると判断した故の防衛本能だ」
「・・・」


男が言わんとすることはよくわかった。
それはひとえに、自分もとても辛かったからだ。

菜々子を想いながら現実世界を生きることは辛く、何度も何度も菜々子は実在しないかと探り続けた。
幼少期、自分よりも年下である菜々子が自分との記憶を封じていたとしてもけして責めることなんてできない。


「・・・だが記憶を封じたにも関わらず、最近の菜々子はどんどん君を気にするようになっていた。何も思い出せないのに、だ。
そうしているうちに彼女はいつの間にか時空の狭間・・・世界と世界を繋ぐ駅のようなところだと思ってもらえればいい。そこに来てしまった。
そして菜々子の肉体は消滅した」
「なっ・・・」


驚く自分を無視し、男は続ける。


「今までにも自分が生きていた世界から他の世界へ行く際に時空の狭間を経由した者はいる。そこに行ってしまうと魂のみの状態になり、肉体は消えるんだ。

他の者達は、『元いた世界で自分に関わってきた者達の記憶』をベースに新たな肉体を作成して他の世界で生き直してもらっていた。
だが、菜々子にはそもそも自分がどうして時空の狭間まで来てしまったのか、の核となる部分の記憶がない。説明はできず、しかし時空の狭間に留まることは不可能なため一先ずこの世界に連れてきた」


男の話はあまりにも現実味がなく、まるで御伽噺のようで酷く頭痛がした。ついていけない、といった感覚に襲われる。
しかしこれは嘘ではないと、真実であると本能が言っていた。

俺は必死に頭を使い、口を開く。


「・・・つまり、他の者の肉体は他者の記憶と引き換えにできているということだな。では菜々子の今の肉体は何と引き換えに?」


聞かなくても、答えはわかる気がした。



「・・・君との記憶だ、降谷零。
いま無理に菜々子に君との記憶を思い出させたらあの肉体は消滅してしまう。
そうなれば魂すら消滅してしまう可能性がある」
「なッ・・・!」


それだけは嫌だった。
たとえどこにいたとしても生きていてほしい。

俺のことを忘れてしまったとしても何でもいい、笑顔で幸せに生きていてほしい。


もう二度と会えなくなったとしても。
どうか、どこかで。



「ある程度彼女がこの世界の住人と関わり、引き換えるに十分な容量に達した時初めて菜々子はどちらの世界で生きるかを選べるようになる。
元の世界で生きていたときに関わった者全てに忘れられてこの世界で新たに生きるか、この世界の住人に忘れられて元の世界に戻るか。

どちらを選ぶかは菜々子次第だ。ただ降谷零、君に言えることは」
「時が来るまで菜々子を守れ、けして素性は明かさずに・・・ということだな」


男はこくりと頷いた。
その瞳は真直ぐで美しく、つられるように言葉を発した。



「いいだろう。
・・・菜々子は、何に代えても俺が守る」



ずっと安寧を守り続けてくれていた彼女を。
孤独に苛まれた時、いつも側にいてくれた彼女を。


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昨晩の夢の続きを思い出す。
恐らくショックで気を失ったのであろう菜々子が自分のベッドで眠っているのを見ると不思議な気持ちになった。

まるでこれも夢なのではないかと。
あの安寧の空間なのではないか、と。


窓から差し込む月明かりに照らされて眠る菜々子の睫毛は長く、肌は白く、髪の毛は艶めいていた。

ナイト気取りでその小さな手のひらを握ると、安心したように少し微笑む。


喉の奥が熱くなって、そっと手を離した。










































「・・・」


あれ。ここどこだ。

目を開けると知らない部屋にいた。なんだか少し嗅ぎ慣れたようないい匂いがする。

・・・誰の布団?



何があったんだっけ・・・とぼうっとして靄がかった頭を無理やり動かす。窓の外は暗い。そういえばレイトショーに行ったんだ。

そして・・・そう、ハンマー女さんに襲われかけて・・・・・



「気がつきました?」



そこまで考えたとき、急に男性の声がした。



声の方を向くと、そこにいたのは、


「あ、え・・・!」
「ショックで気を失われたんですよ。・・・すみません、病院に連絡する程ではなさそうでしたし近所だったので僕の家に運びました。
あっもちろん何も変なことはしていないので安心してくださいね」


畳に座って本を読んでいる、安室さんだった。



そ、そうだ。
わたし、安室さんに助けてもらったんだった・・・!(公安キックでこのひとハンマーぶち折ってた、そういえば)


「目が覚めたなら車で家まで送りますよ、さすがに見ず知らずの男の家で一晩明かすのも嫌でしょう。
あ、そうだ申し遅れました。僕は安室透といいます」
「あ、中村・・・菜々子です。先ほどは助けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえお気になさらず。ご無事でよかったです」


キラーンと効果音がつきそうな安室スマイルを見せつけられ鼻血が出るんじゃないかと思った。
頑張って見た目だけでも興奮がばれないよう落ち着いて対応する。


「よかったらお茶でも飲みますか?」
「え、あ、ハイ・・・ありがとうございます」
「どういたしまして」


また彼は好青年風の笑顔を残して台所へと向かった。か、かっこいいー・・・美しいー・・・さすが日本国民全員オンナにする男安室透・・・。


そういえばわたし安室さんのお布団で寝かせてもらっているのか。安室過激派に殺されてもおかしくないな・・・とか思いながらとりあえず布団から出る。
あ、じゃああの懐かしいようないい匂いは安室さんの匂い・・・?なんということだ。


もう死んでもいい、なんて思いながらとりあえずベッドの隣に座った。
にしてもほんとうになんだか嗅ぎ慣れたにおいというか落ち着くというか、不思議だ。安室さんの声も聞き覚えがある気がする。アニメと似ているからかなあ。なんでだろう・・・。


「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」


惚けるわたしに安室さんはお茶を出してくれた。おいしくて、なんだろう、なぜか懐かしいような気がした。

ふわりと香った安室さんの匂いにやっぱりまた切なくなって。



「・・・あの、」
「はい?」

「どこかで・・・お会いしたこと、ありません・・・よね」



あるはずないのにこんなしょうもないことを聞いてしまった。
これじゃまるで下手なナンパだ。


その言葉に少し面食らった安室さんは、眉尻を下げて何故か少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「・・・いえ、これが初めてだと思います」
「あ、で、ですよね!すみません」


わたしは誤魔化すようにもう一口お茶を飲んだ。


あれ。なんで。
どうしてこんなに切ない気持ちになるんだろう。


ズキズキと胸が痛くて、何故か涙が出そうになる。
わたしは本当に意味がわからなくて、お茶を一気に飲み干した。







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