お友達を始めませんか
「ウーン・・・何にしよう・・・」
朝。「刑事の方から連絡があり、昨日の事件について話を聞かせてほしいらしい」と安室さんより電話があった。
事情聴取の開始時間はお昼の1時半。安室さんとわたしは共にそれを受けることになっているので、ちょっと早めに集まってランチをすることになった。ちなみに昨日別れた場所まで安室さんが迎えに来てくれることになっている(申し訳ないですとお断りしたが、通り道だからと押し切られてしまった)。
連絡を受けたわたしはすぐに用意を済ませ、急いでデパートに行き安室さんへのお礼の品を選んでいるところである。
安室さんの好物ってセロリしか浮かばないんだけど、セロリをプレゼントするわけにもいかないし普通にお菓子の詰め合わせでいいかなあ。お菓子であればやっぱり和菓子だろうか。勝手なイメージだけど最中とか好きそう。いやそれよりも梅昆布茶の方が・・・などと考え込みながらひたすら売り場をうろうろさ迷う。
にしてもこんなにすぐにまた会えることになるとは思わなかった。どのタイミングでお礼すべきか悩んでいたので正直ありがたい。
なんとなしに、手をぐーぱーと動かしそれを見つめてみた。生きてる。
昨晩眠りにつくとき改めて恐ろしくなって、少しだけ泣いてしまった。
あのときわたしは殺されてもいいと一瞬でも思ってしまったけれど、実際に凍りつくような殺意を向けられると歯がガタガタと震えた。
もちろん、あのまま殺されていればもしかしたら元の世界に戻れたのかもしれないけれど、できればそんな確証もない方法ではなくある程度確信を持って帰りたいものである。安室さんが助けてくれて、本当によかった。
悩んだ結果、縁起が良さそうな最中を買うことにした。お口に合いますように、と願う。
「すみません、お待たせしちゃいましたか?」
「いえ、ぜんぜん。いま来たところですよ、どうぞ」
少し余裕を持って待ち合わせの場所に到着すると、RX-7は既に止まっていた。運転席の方へ向かってぺこりとお辞儀をすると、わたしの存在に気づいた安室さんはウィンドウを開けて微笑んだあと助手席に座るよう促した。
ハァ・・・顔がいい・・・。
こんなイケメン、生涯かけてでもお目にかかれるかどうかすら微妙なところなのに、助けてもらってしまった上に二度も助手席に座らせていただけるなんて・・・神さまありがとう・・・。
ひたすらに神に祈りを捧げつつ、失礼しますと助手席側の扉を開けて車の中に入り込む。
「昨日はあの後よく眠れましたか?あ、椅子の角度とか好きにしてくださいね、そこで調節できるので」
「あ、ありがとうございます!昨日・・・まあちょっと怖い気持ちにはなれましたが、わりと眠れました。本当にありがとうございました」
座ったわたしに紳士的に声をかけてくれる安室さんにお礼を言い、シートベルトを締め、また改めて昨日のことについて謝辞を述べた。
安室さんは、とんでもないと首を横に振る。
「いえいえ、ご無事でよかったです。あ、お昼なんですけど、僕のお気に入りの和食屋さんに行こうと思っているんですがそこでいいですか?」
「あっはい!和食だいすきです!」
「よかった」
そう微笑みハンドルを握る安室さんはどの角度から見てもびっくりするくらい美しくて、わたしはドギマギしながら手持ち無沙汰にスカートを握ったり髪を触ったりした。
横顔をちらりと盗み見るとあまりにもまつ毛が長くて、いいまつげ美容液を買おうと決心する。もうちょっと美意識を高めようと反省した。
安室さんの運転は、映画や漫画の中で見た悪魔のドライブテクニックとは裏腹にびっくりするくらい安全で、少し車酔いしやすいわたしでもなんの心配もせずに助手席に座っていられる。ありがたいなあ、とわたしは改めて深く腰をかけ直した。
あまり安室さんの方を見続けるわけにもいかないし、昨晩同様どこに目をやればいいのかわからなくなったわたしはひたすら前方を見続ける。いい天気だなあ、と思った。
「きょうはいい天気ですね」
「そうですね、よかった」
「・・・安室さんは、和食がお好きなんですか?」
「ええ。中村さんはどうですか?」
「わたしもだいすきです」
あまり慣れていない男性の助手席に座るのはなかなか気を使う。しゃべったほうがいいのか喋らないほうがいいのか。運転に集中したいタイプもいれば、沈黙を嫌がるタイプもいるだろうし。どうしたものかな、ととりあえず当たり障りのないことを言ってみると穏やかな返答が返って来たので安心する。
「なんか、事情聴取とかって、初めてなのでちょっと緊張します」
「あはは、慣れているほうがどうかと思いますよ」
「あっ、それもそうですね」
あなたはやり慣れてるでしょうけど、とか思いながらもまあそんなことは言えないので笑って流す。そのあとは本当にとりとめのない話をした。カツ丼出たりするんですかね、とか聞いたら笑われたりした。安室さんはお話上手でわたしも気を使うことなく会話できて、すごく楽だった。最初は緊張したけれど、まるで昔から知ってる人みたいに落ち着いて話せるようになった。よかった。
安室さんに連れてきてもらったお店は雰囲気のよい和食屋さんで、半個室になっていてお昼時でもうるさくなかった。店選びのセンスがさすがだなあと思いながら、安室さんおすすめらしい日替わり定食を注文した。わりとすぐに注文した品が出てきて、これはたしかによいお店だなあと思った。
「「いただきます」」
二人で目の前のお膳に手を合わせる。安室さんとこんなことになるなんてなんだか不思議だなあ、と思いながらお味噌汁にまず口をつけた。
濃すぎず、薄すぎず、出汁がしっかり出ていて、舌鼓を打つ。
「おいしい!」
「よかった」
安室さんは穏やかに笑った。本日何度目かわからないけれどかっこいいなあと思う。
「いいお店ですね。雰囲気も、味も、出てくるスピードもさいこう!」
「気に入ってくれると思ってました」
安室さんはにこにこ笑っていた。あれ、昨日会ったところなのにわたしそんなにわかりやすかったかな・・・?和食好き感全身から放出している・・・??などと一瞬首を傾げるも、まあこのお店を気に入らない人はいないか、と気にせずお刺身と一緒に飲み込む。
うん、お刺身も新鮮でとってもおいしい。思わず笑顔が溢れた。どんどん箸が進む。いいお店を教えてもらってしまった、また来よう、と心に決めた。
「記憶喪失・・・とのことでしたが。不便はありませんか?」
そうしていると安室さんがおずおずと切り出してきた。うむ、まったくもって記憶喪失ではないので少し胸が痛くなるも、わたしはへらりと笑ってごまかす。
「そうですねえ、記憶喪失とはいえど思い出とかそういった部分だけを忘れていているので、日常生活に支障はないし大丈夫ですよ」
「逆行性健忘、ですね」
「よくご存知ですね」
お医者様に言われた言葉がさらりと出てきたので驚いた。さすが安室さんだなあ、と思う。まあ記憶はぜんぜんめちゃくちゃあるのだけれど、映画「瞳の中の暗殺者」で蘭ちゃんが罹ってしまった記憶障害を装うのがこの世界で生きていく上でいちばん楽なのだ。本当にこの症状で苦しんでいるひとには申し訳ないけれど、事情が事情なので許していただきたい。
「住んでいたアパートが放火されたとのことでしたが、いまはお住まいはどうされてるんですか?」
「あ、それがラッキーでして、たまたまその場に居合わせた中に使っていない空き家を持っている人がいて、そこで住まわせてもらってます」
「ああ!それはよかったですね」
「ほんとに。わたし身元引き受けてくれるひとがいないんで、路頭をさ迷うところでした」
苦笑しながら言うと、安室さんは本当によかったと改めて噛みしめるように繰り返してくれた。すごく丁寧に真剣に話を聞いてくれるなあ、安室さん・・・いいひと・・・すき・・・生涯安室の女誓う・・・。
「でも本当にたいへんでしたね。休職中で、記憶障害となると・・・」
「あはは、そうですね。だけど幸い一応それなりに貯金はあったし、生活はそんなに困ってないですよ、今のところ。失業保険ももらえますし」
「それならよかった」
「でも早めにお仕事は探したいですね。なんていうか、無職・・・孤独で・・・」
遠い目をしながら言うと安室さんは苦笑した。いやこれがさあ、元の世界で金があるニートとかだったらぜんぜん楽しんでたと思うんだけどさあ、そうじゃないからさあ・・・。
「せめて知り合いがいないときついですね・・・。まあ、職場で友達と呼べるようなひとができるかと言われると微妙ですが・・・」
社会人サークルとかに入って、宗教とかマルチ商法の勧誘に合うのもちょっと怖いし・・・と言うと、たしかにと頷かれた。
そう、元の世界にいたら引っかからないだろうけどさ、孤独な状態でそういうところ飛び込むとまじでカモになりそうじゃんかあ・・・。
SNSでオタ友を作るのが一番堅実だとは思っているけれど、まあそれもすぐにめっちゃ仲良くなれるかと言われると難しいし。ウーンと唸りながら白米に手を伸ばす。白米うめぇ。漬物もうめぇ。
もっぐもっぐと和の味を噛み締めていると、少しの間を置いて安室さんが口を開いた。
「・・・じゃあ、僕と友達になりませんか」
「えっ?」
「僕と、友達に。こうやってときどきおいしいものを食べに行ったり、お茶をしたり」
にっこり。
そんな効果音がつきそうな笑顔で安室さんは言う。
えっ、安室さんと、とも・・・友達に・・・?!
安室の女全員にぶっ殺されそうな申し出に固まってしまう。いや、そんな、えっ、まあ、断る理由ないですけど、むしろ喜んでというか、なんならお金払ってでもお願いしたいレベルですけど・・・!!!
突然の申し出にわたしは目をパチクリさせてしまい、なんと返事をすればいいのかわからず口ごもる。そんなわたしを気にもせず、安室さんはにこやかに続けた。
「お友達とはいつも何されることが多いですか?」
「えっ?ええと、飲みに行ったりとか・・・?カフェ・・・?映画・・・???」
「じゃあ、そういうことをしましょう」
安室さんは若干身を乗り出し気味になって言う。え、あ、はい。いや、断る理由、もちろんないですけど・・・!!!
飲みとかカフェとか映画とか、友達とやるからただの友達との予定なだけで、こんな、安室さんみたいなどう考えてもわたしが邪な心を抱いてしまいそうな方とだと、安室さんはどうかわかりませんがわたしはめっちゃ意識してしまいそうなんですけど・・・デートみたいに思っちゃいそうなんですけど・・・!!!
「わ、わたしなんぞでいいんでしょうか・・・あ、安室さんのお友達、務まるんでしょうか・・・」
風見さんの腕ガッてして、これでよく公安が務まるな!って言ったみたいにこれでよく友達が務まるな!!とかされたりしない?大丈夫?
いや安室さんに腕ガッてされるとかご褒美だけど・・・お金払ってでもしてほしい・・・あっこんなこと考えちゃう時点でどうやっても友達務まらないのでは・・・!
「友達が務まるってなんですか!ぜひ、よろしくお願いします」
そんなわたしの心配など知らず、安室さんはわたしの間抜けな言葉をカラッと笑い飛ばした。
わたしは今ひとつ状況が掴みきれないまま、こちらこそよろしくお願いしますと頭を下げる。
ど、どうしてこうなった。
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