夢なんかより目まぐるしい



「ただいまでーす・・・」


安室さんにお家の近くまで送ってもらったわたしは、まだ夕方にもなっていないけれどこれからどこかに行く気にもならず普通に工藤邸へと帰った。
何度思い出しても初対面の方々の前で号泣してしまった事実が恥ずかしいし、安室さんの距離の詰め方はわりと心臓に悪かったので、いったん自室に戻ってゆっくり心を落ち着けたい。

とりあえず、昨日映画で見た世界一さいこうな作品の原作漫画をネットで買おうかな、と考える。映画の内容は大まかには一緒だったが違う側面が描かれていたりスポットがあたる人物が少し違ったりしていて、ファンとしてそれはそれで非常にそそるものがあった。もしかしたらマンガのほうにもそういう微妙な差があるかもしれない。そう考えるとめっちゃ滾る。

他にもこっちの世界でも同じ作品があるかもしれないから、ちょっとそれを探したいなーなどと考えながら靴を脱いだ。そこで、見知らぬ女性ものの靴があることに気づく。


「ん?」


これ、誰の靴だろう。女性らしいヒールが高い華やかなパンプスにわたしは首を傾げた。かわいいし、高そう。もちろんわたしのものではない。
もしかして沖矢さん、女でも連れ込んでるのかなあ。そういえば特段気にしていなかったけれど、昨日の夜は彼が帰ってきていなかったことを思い出す。
わたしが外に出るときはこんな靴なかったよね・・・???気づかなかっただけなのかな…。


なんとなくリビングへ進むのが気まずく感じられた。もし沖矢さんが狙ったりしている女性を家に招いていたりしたら、下手に勘違いされてしまったときまずいのではないだろうか。声はかけずにまっすぐ自室に向かうか、そう決意して歩き始めたとき。




「おっかえりなさ〜い菜々子ちゃーん!!!」
「わっ?!?!?!」


突然ガチャリとリビングの扉が開いて、ものすごい美人が飛びついてきた。
えっ?!なに?!誰?!

理解するよりも先に嫌味のない甘い香水のにおいに包まれる。うわあ、すごい、いい女感がすごい。
驚きながら反射的にその女性を受け止めると、彼女は歌うように楽しげに話した。



「はじめまして、工藤有希子でーす!
このあいだは新・・・コナンちゃんからお菓子受け取ったわ!本当にありがとう!とってもかわいくておいしかった〜!」

語尾にハートを飛ばしまくる超弩級の美人にわたしが言葉も失ってあたふたする。え、え、工藤有希子???工藤有希子さん?????
頭が追いつかないでいると、少し苦笑した沖矢さんが続いてリビングから出てきてくれた。


「おやおや、せめて離れて差し上げないと中村さんが状況を飲み込めないと思いますよ」
「あら!ほんとね、ごめんなさい!!」


てへ、と可愛らしく笑ってその女性・・・工藤有希子さんはわたしから一歩離れてくれた。
あらためて顔を見て、初めて出会ったことに対する感動やら何やらいろいろが溢れ出しつつ、真っ先にわたしの口から出た言葉は。


「め、めちゃめちゃ美人・・・」
「あらやだ!」


小学生並みの感想であった。
































「なるほど、沖矢さんは昨日有希子さんを迎えに行ってたんですね」


ティータイムにしようと誘われて3人でテーブルにつき、わたしはレモンティーを頂きつつクッキーを口に運んだ。おいしい。


「そうなの〜、本当は夜の10時くらいに着く便だったから車でお迎え頼んでたんだけど、トラブルで到着がものすごーく遅れちゃって」
「結局着いたのが今朝の8時頃だったんですよね。一回家に帰ろうかとも思ったんですが、面倒になって空港付近で一泊したんですよ」
「それは大変でしたね・・・」


自己紹介をした後、昨日から今日にかけての出来事を説明してもらった。どうやら今日わたしが家を出て少ししてから家に着いたらしい。にしてもなかなかハードな旅だっただろうに、さすが工藤有希子、めちゃめちゃ元気である。あと美しい。


「いくら飛行機慣れしてるとはいえさすがに疲れちゃったわ。菜々子ちゃんは今日はどこに行ってたの?」

本当に美人だなあ、と失礼にならない程度に顔面を凝視していると有希子さんに明るく聞かれた。あ、ウーン。まあ隠すことでもないし、言うか・・・。


「あ、えっと、警視庁に・・・」
「えっ???」

頬を掻きながら言うと有希子さんは目を丸くする。沖矢さんも穏やかだった雰囲気が少し鋭くなった気がした。


「どうして?何かあったの?」
「あ、実は、その。昨日、えっと、ちょっと、なんというか、襲われて・・・」


そしてわたしはもごもごしながら昨日の話を始める。安室さんの名前は念のため伏せて、通りがかった人が助けてくれたということするか、と考えた。

























「怖かったわね・・・!」


ひしっ。

話終えたところで、また有希子さんから熱烈なハグをいただいてしまった。


「あ、や・・・まあ、ハイ・・・」


やはりこう、外国仕込みなんだろうか、このスキンシップの多さは。また香る優しいフレグランスに同性にも関わらずドキドキとしてしまう。

しかしなんだかあたたかくて少しほっとした。有希子さんみたいな若くて綺麗なひとにこう思うのは失礼かもしれないが、少しだけ母親を思い出す。おかあさん、元気かな。


「菜々子ちゃん、いろいろたいへんだったと思うし記憶がなくて困ることもいっぱいあると思うわ。何かあったらいつでも相談してね」
「あ、ありがとう・・・ございます・・・」

「そして!昴くん!!」

今度は有希子さんはビシッと沖矢さんに向き直る。


「菜々子ちゃんのこと、しっかり守ってあげるのよ!」

すごい勢いでそう告げる有希子さんにわたしはおろおろする。そんな、沖矢さんはわたしなんぞではなく哀ちゃんを守るという非常に重大な使命があるので、わたしなんかで手を煩わすわけには・・・!


「いや、そんな、夜道に一人で歩いていたわたしが馬鹿でしたし、もう二度とそんなことしないですし、沖矢さんにご迷惑はかけませんので!!!」


慌てふためきながらフォローに入ると有希子さんはパチクリと目を瞬かせた。



「あら、あなたたちもしかして名字で呼び合ってるの?そりゃ頼るものも頼りづらいわね、今日からファーストネームで呼びあったら?」
「エッ」
「ふむ、たしかに同じ家に住んでいるのにいつまでもファミリーネームというのも他人行儀ですね。そんなに気負わず、何かあれば言ってください。帰りに迎えに行くくらいならしますよ、菜々子さん」
「ヒェッ・・・」


ね、女の子はこれでいいのよ!そう言って微笑む工藤有希子はとことんかわいく美しく、沖矢さんも有希子さんに合わせているだけだろうとは思いながらもここで変に突っぱねるのもあれかなとわたしは震える声で返答する。


「す、すみません。では、なにかのっぴきならない事情ができたときは、頼らせていただくかも・・・すみません・・・」
「もう、そんなに下手に出る必要ないのに!まずは菜々子ちゃん、ファーストネームで呼ぶ練習から始めてみましょう!」
「えっ、いや、あの」
「はやく」
「えっと」
「はやく!」
「す、すばる・・・さん」
「大きな声で!」
「昴さん!!!」


ここから地獄の『下の名前で呼び合いましょうコーナー』が始まり、わたしは何度も沖矢昴に菜々子さんと言われては恥じらい昴さんと呼んでは恥じらい、というどうにも心臓に悪い時間を過ごした。

工藤有希子、さすが、やっぱフツーじゃないぜ・・・。



そう思いながらも、なんだかんだ今日でずいぶん沖矢さん・・・昴さん、との心距離が縮まった気がして少し嬉しくも思うのであった。

しかし、本当にいろんなことが起こる二日間だった・・・。







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