パープル・ネイルにご用心
「あ、安室さんからだ」
ピロンと着信音を立てて携帯がわたしを呼ぶ。あの日、安室さんと友達になる約束(?)をした日から一週間。
なんとわたしは安室さんと毎日メールのやり取りをするようになっていた。
もちろん安室さんは忙しい人なので一日あたりの頻度はそんなに多くない。あって1、2通なのだがそれでも途切れることなく続くやり取りがあるというのは、この世界で生きていくにあたってずいぶんと大きな希望のように思えた。
だってあの、あの安室透と連絡してるんだよ?こっちの安室透は「申し訳ないが諸事情により〜」とか言って突然消えたりしないんだよ???安室透LINEがどんな言葉に反応するのかをひたすら探求したあの日々は忘れない。
いやまあこっちの安室透も急に消えたりするかもしれないけどさ。いやしそうだな安室透。そのときは泣きながら酒を飲もう・・・。
そんなことを考えながら携帯を手に取りメールを開くと、「おはようございます。昨日言っていたおすすめのミステリ小説ですが、マイナーだけどこのあたりも中村さんはお好きだと思います」の文言と共にいくつかのタイトルがピックアップしてあった。
そう、今は安室さんにおすすめの本を教えてもらっている。なんてったって無職、暇なので!!!しかも推しの推し小説を教えてもらえるとかめっちゃ神がかったシチュエーションじゃない?まじで生きててよかった、安室さんわたしを助けてくれて本当にありがとう・・・生涯安室の女としてあなたの幸せを願うからね・・・!そう心の中で熱く叫んだ。
すぐに返事するのもちょっときもいし落ち着いてからじゃないと変態じみた文面を送ってしまいそうなのでいったん携帯を閉じる。
今日はおすすめされた本を図書館に借りに行こうかなあ、とわたしはルンルンで自室を出てリビングへ向かった。
『やはり鈴木次郎吉、やることが違いますねえ』
『キッドはこの挑戦に乗ってくるんでしょうか?』
リビングに降りるとワイドショーがついていた。なんだか聞き覚えのある単語がしてわたしは沖矢さんに声をかける前にテレビの方に気をとられる。
テレビのテロップには、『鈴木次郎吉、またまたキッドに挑戦?!今回はなんと歩行者天国にてキッドと対峙!!!』と書いてある。
ああ、なんかそんな回あったな。わたしは記憶の中のそのお話を引っ張り出す。どうやら時系列に沿って物語は進行しているようだ。
「おはようございます、菜々子さん」
「あ、昴さん!おはようございます」
声をかけられそちらの方を見ると、昴さんがキッチンに立っていた。この一週間で沖矢さんのことを昴さんと呼ぶのもずいぶんと慣れたものである。わたしは笑顔で昴さんに挨拶をした。
「いまトーストとスクランブルエッグを焼いているんですが、ついでに菜々子さんの分も作りましょうか?」
「あ、いえいえ大丈夫ですありがとうございます!あとで自分でやります〜」
わたしはそう返してテレビの前に座る。ワイドショーでは今までのキッドの特集が組まれていた。やっぱりこうやって見るとカッコいいなあ、怪盗キッド。いやもちろん黒羽快斗の時点でめちゃくちゃかっこいよかったけど。
突然の挑戦状に、どうお応えするか悩んでいる頃合いかなあと考える。歩行者天国かあ。ちょっと見てみたい気もするけど人がいっぱいのところに行くのは疲れるしテレビ中継で済ませようかしら。でもせっかくだし生で見たいような気もする。
心の中でうんうん唸っていると、朝食を乗せたトレーを持った昴さんがテーブルの方へやってきた。
「怪盗キッド、好きなんですか?」
「え?ああ、好きっていうわけじゃないんですけどちょっと気になっちゃって」
「まあ目を引くニュースですよね」
話しかけてきたものの、昴さんは相変わらず感情の読めないすまし顔でコーヒーを口元に運ぶ。今日も朝からカッコいいなあ。安室透とメールをして怪盗キッドがテレビに出てるのを見て沖矢昴が朝食取ってるところを見られるなんて本当に役得が過ぎるのではなかろうか。トリップ万歳とまで思い始めてきたぞ・・・いやそろそろ帰って本当の自分のおふとんでぬくぬくしたいけど。
まあそう思っていてもしょうがないのでわたしは会話を続けてみる。
「昴さんは怪盗キッドとか興味あるんですか?」
「うーん、どうでしょうねえ。まあ面白いんじゃないですかね」
「(わーすごい興味なさそう)」
そういえば原作でもキッド回はキッド回として独立していて(ミストレのところは別だけど)、昴さんとか安室さんが関わることってなかったなあと考える。まあキッドは新一のライバルだし、ライバルというのは実力が拮抗しているからこそなれるものだ。もしコナンくんに安室さんや赤井さんがついてしまったらさすがのキッドでも逃げ切れないだろう。このまま昴さんには永遠にキッドに興味を持たずにいてもらいたいものである。
そんなことを考えながらわたしも朝ごはん作るか、と立ち上がった瞬間。またピロンと音を立てて携帯がメールの受信を知らせた。
まだ安室さんに返事してないんだけどなあ、と考えながら差出人を見てわたしは目を瞬かせる。その差出人とは、なんと。
『おはよー菜々子さん。
今日は世紀のマジックショー見せてやるから、歩行者天国ぜったい来てくれな。
黒羽快斗』
そう記載されたメールを見て、わたしは一瞬見なかったふりをして閉じて、そしてもう一回見た。あ、やっぱり本物だわ・・・。
「どうしたんですか?なんだか挙動が変ですよ」
「エッ?!え、そうですか?!?!あっいやわたしいつも変ですよ!!!」
「まあそれもそうかもしれませんが」
「そうかもしれないんですか!?」
否定してくださいよ!そう言うと昴さんはハハハと穏やかに笑った。からかわれている。
まったくもう、とわたしはプリプリしながらキッチンへと向かった。いやしかしキッド直々にお呼び立てのメールが届くとは思わなかった、ていうかもうどういったショーにするか思いついたの???天才???IQがやばい???やばいね。知ってる。400だもんね。
正直タネも仕掛けもわかっちゃってるんだけど、せっかくなので行ってみようかと思う。無職暇だしそんな遅い時間じゃないしわざわざ連絡くれたし。わたしはそう考えながらボウルに卵を割り入れるのだった。
「うっわ・・・すごいひと・・・」
ハロワに行った後図書館に行って時間を潰し、よいこらしょと歩行者天国まで足を伸ばしたところもう馬鹿みたいに人がいた。キッド人気、恐るまじ。あまりの人数にわたしは開いた口が塞がらない。
さすがにこれは諦めて帰って家でテレビ中継を見るべきかな、とわたしは即刻くじけるがそれも仕方がないだろう。だってそもそも人がいすぎてパープル・ネイルの展示場所すらまったく見えないんだもん・・・。
しょうがない、今日はお暇しよう。そう思って引き返したタイミングだった。
「あれ?菜々子さん?」
かわいい声が下からして呼び止められたのは。
「んっ?あ、コナンくん!」
「こんにちは!」
「こんにちは」
反射的に呼ばれた方を向くと小さくてかわいいコナンくん(若干のよそ行きモード)がいた。今日もとってもかわいい。元気よく挨拶されたので笑顔を返す。
するとコナンくんの隣から別の声がした。
「あらコナンくん、知り合いなの?」
「このガキンチョ無駄に顔広いわよねえ」
そこにいたのは蘭ちゃんと園子ちゃん。なんだかんだで会うのは初めてなのでテンションが上がる。二人ともめちゃめちゃかわいい。現役女子高生、眩しい。
「あ、はじめまして!中村菜々子です」
「毛利蘭です、はじめまして」
「鈴木園子です〜いったいなんの知り合い?」
とりあえず自己紹介をせねば、と名前を名乗る。その後二人にも名乗ってもらえたのでコナンファンとしてテンションが上がりつつ、わたしとコナンくんの関係について説明しようと口を開いた瞬間。
「やや!美しいお嬢さんじゃないですかァ!!私は稀代の名探偵毛利小五郎、以後お見知り置きを」
「ちょっとお父さん!」
ガッと毛利小五郎おじさんに手を掴まれてわたしは驚きのあまり硬直する。す、すごい、めちゃめちゃ見慣れた場面なのに自分がされると熱いファンサをされてるような気持ちになる。
ごめんなさい!と蘭ちゃんに引き剥がされるところまでがもはや一種の様式美のようだった。うーん、なんというかビデオに収めたかった・・・。
あまりの展開にまだちょっと頭がついていかずにポカンとしていると、こういった場面に慣れているのであろうコナンくんが低い位置からいつものテンションで声をかけてきた。
「菜々子さんもキッドを見に来たの?」
「あ、うん。でもあんまりにも人が多いし、パープル・ネイルも見えないから帰ろうかなって」
「あら、じゃあわたし達と一緒に来る?わたし達パープルネイルの目の前まで行けるから」
「えっ!?い、いいの?」
「ええ。別に追加でもう一人くらい問題ないわよ」
任せて、と園子ちゃんは笑顔を見せる。さすが園子ちゃん、すごいなあとわたしはありがたくお誘いを受けることにした。
あれ、でもこれわたし園子ちゃんが鈴木財閥の娘だってわかっていないのにナチュラルに受けるの不自然か???ふとそんな疑問が頭によぎふ。
チラ、とコナンくんを見るとコナンくんはじいっとわたしの方を見ていた。
あ!!!やっぱり!!!不自然だ!!!気づいてよかった!!!!!!!
「や、やっぱり毛利名探偵がいるとその力で前の方までいけたりするんですねー!」
「んっ?ああ、まあそりゃもちろん私の手にかかれば容易いですよ、ハッハッハッハ」
「もー。おじさんもそうかもしれないけど、今回はわたしのおかげでしょー?」
「園子は鈴木次郎吉さんの孫娘なんです」
「えっそ、そうなの?!すごーい!!!」
笑顔で蘭ちゃんが園子ちゃんについて説明してくれたのでわたしは少し安心し、ちょっと大げさに驚いておいた。ちょっと大げさすぎたかしら・・・。
不安にはなったものの、とりあえずわたしはコナンくんの視線が外れたことに一人安心するのであった。
「ええー大変!じゃあ何かお仕事紹介しようか?ウチいつも人手不足だからこっちとしてもありがたいし」
「えっ?!?!?」
なんということでしょう。園子ちゃんにお仕事の勧誘を受けています。
パープル・ネイルの付近に到着し、まだキッドが登場する気配もないので簡単に身の上話をすることになったわたし。
たしかに自分で言うのもあれだけど憐れな身の上なので、同情はされるかと思っていたけれどまさかお仕事の紹介までされるとは思っていなかったので完全に仰天していた。園子お嬢様まじでいい子すぎるのでは・・・?知ってはいたけれど・・・。
「何がしたいとかある?けっこう手広くやってるからそれなりに希望には添えると思うけど」
「え、い、いいの?!そんな簡単に紹介してもらっていいものなの・・・?こんな役に立てるかも謎な女を」
「たぶん大丈夫だと思うわよ。あ、でもいきなりフルで働くのは菜々子さんがキツイかな?バイトからでもいいけど」
「女神かな・・・???」
こんな得体も知れない女にナチュラルに声をかけてくれるなんて、さすが園子お嬢様は度量が違う。感謝にひれ伏しそうである。
たしかに鈴木財閥は本当に手広くやっているし、接客業とかなら簡単にさせてもらえそうだ。しかし本当にそんな感じで仕事をやっていいのかなあ。わたしの本来の目的は元の世界に帰る、なのに。
「じゃあバイトから始めさせてもらおうかな・・・。ちなみに事務っぽい仕事とかもある?」
「あー、たぶんあるとは思うけど事務は人気だからねえ。最初は接客業のほうに回されるかも」
「そっかあ、まあそうだよね」
接客業はなかなかストレスが溜まるし(別に嫌いではないんだけど)不定休になりがちだからもし本当にしっかり働くならそっちのほうがいいんだけどなあ、と考える。そこでふと、こっちに来て間もない頃に毛利探偵事務所の事務とかできたらなーとか考えていたことを思い出した。
毛利小五郎の側にいることで(正しくはコナンくんの側にいることで)出会う人も変わるだろうし、もしかしたらその中にわたしを探している人もいるかもしれないから。
「そうだ!あの、すごい都合のいいこと言うんですけど、探偵事務所には事務職とかないんですか?毛利先生のような有名な探偵さんの事務所になら、何人か事務の人がいると思うんですけど!!」
「えっ、ウチですか?」
突然話を振られて小五郎おじさんは目をパチクリとさせる。しかしわたしもここで引き下がらず、畳み掛けるように話をかぶせた。
「はい!あの、わたし逆行性健忘なので自分に関する記憶はないんですけど仕事とかパソコンのスキルはあるままで・・・でもやっぱりちょっと不安なので、リハビリがてら週一とかでもパソコンを使う仕事をしたいなと思っていて。あの、なんならお金はいらないので!」
「いやお金はいらないってそんな」
「毛利先生のところで働いた経験があるって言ったらそれだけで今後ずいぶん就職活動が楽になると思うんです。その、本当に勝手で申し訳ないんですけど・・・」
こう言ったら毛利小五郎はたぶん断らない。わたしは彼の人柄を知っているのだ。ずいぶん強引かもしれないが、わたしは元の世界に帰りたい。悪い条件ではないはずなので許してほしいところである。
ただせっかく園子ちゃんにお仕事を紹介してもらっているのにそれをぶった切って毛利探偵事務所での就業依頼をするのもちょっと良くはないかな、と悩んだ。
それに毛利小五郎事務所以外でも出会える人間の母数は増やしておきたい。
「そして並行して接客業でもなんでも、園子ちゃんに紹介してもらったお仕事ができればめちゃめちゃありがたいんだけど・・・やっぱり早く社会復帰したいから」
「ウチのほうはどんな働き方でも大丈夫よん。でもおじさま、事務とか必要なの?」
「うーん、まあ俺はパソコンが苦手だから週一くらいで依頼者の情報をまとめに来てくれる子がいりゃあ助かるが・・・」
「そうねえ・・・相談者の入金確認とか個人情報とかをちゃんとデータ化できてないから、そういうのをやってもらえると助かるのは助かるかなあ・・・」
園子ちゃんの質問に小五郎おじさんと蘭ちゃんはウーンと悩む。これはもしかしたらあと一歩ではないだろうか。
「よ、よかったらそれさせてください!!!お給料とかぜんぜん歩合制というか必要かどうか見てからでいいので、とにかくいったん仕事させていただきたくて!!!」
「そんなに言うならまあ、一回来てもらってみるかァ」
「でもウチぜんぜん仕事ないので、本当に週一でも2時間くらいで終わっちゃうかもしれませんよ?」
「大丈夫です!!!」
かくして。
わたしは毛利小五郎事務所で週一だけ働けるかもしれない切符を手にしたのであった。
今日来てほんとによかった、キッドに感謝・・・!!!(まだあの子現れてすらないけど)
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