うそつきだれだ




「わ、これおいしい!」
「だろ?お気に入りなんだよね」

黒羽くんに連れていかれたラーメン屋さんの目玉ラーメンはたしかにめちゃめちゃ美味しかった。スープはわりとこってり系だけれど後味はしつこくないからいくらでも飲めるし、麺の細さや硬さもちょうどいい。チャーシューも味玉もおいしいし、これはいいラーメン屋さんに連れてきてもらったとわたしは心の中で小躍りする。また来よう。

どうやら人気店らしく中はわりと混み合っていた。わたしたちは奥の二人用テーブルに通されたので、向かい合いながらラーメンをすすっている。この喧騒の中なら何を言っても他の客には聞こえないだろう。それもあってここを選んだのかな、と考える。さすがに本当に黒羽くんが何の理由もなくわたしと晩ご飯をいっしょにするわけがないし。

わたしはラーメンをもぐもぐと咀嚼し、ごっくんと飲み込んだタイミングで切り出してみた。



「・・・で、どうしたの?心配しなくてもあなたの正体とかは誰にも言ってないよ」
「ん?いやそんなの心配してねーよ。菜々子さんは俺にカフェオレの借りもあるしね」
「やっすい借りだなあ」

冗談めかして言う彼にわたしはひとつため息をつく。カフェオレでそんなに言われるならまじでお金払わせてほしい、別に借りがなくても誰にも言わないので。

そんな不満が顔に出ていたのか、黒羽くんはクスクスと笑った。


「単純に今日のショーどうだったかなと思って。楽しかった?」
「うん、すごかったよ。めっちゃ派手だったね」
「ま、一回目が合っちゃってたから全部がぜんぶ騙されてくれたわけじゃなさそーだけどな。ほんとに菜々子さん、目ざといんだなー」


最初に会ったときにカフェで咄嗟に口から出た謎の設定について改めて言及されてわたしは苦笑する。ははは、知っていただけで別に目ざとくなんてないですよとは言えない。

そうしていると黒羽くんは、そういえばと話題を変えた。


「今日いっしょにいた人たちって何のつながり?」
「ん?」
「鈴木財閥のお嬢さんとか、名探偵眠りの小五郎とかといっしょにいただろ?」
「ああ・・・」

その言葉になるほどな、とわたしは合点する。掴んでいた麺を口にいれ、噛みながら少しだけ考えた。
わたしがコナンくんと一緒にいたのを気にしているのか。工藤邸に住んでいるのもばれているし。

まあキッド様からしたらコナンくんはライバルだもんな、気になるのは当然かとわたしは一人納得する。まあ別にコナンくんとは変な出会い方をしているわけではないし、わたしの身辺はきっと時空の管理人とやらの力で何を調べても整合性が取れるようになっているはずだから普通にこちらの世界に来てからのことを説明しよう。

わたしはそう決め、なるべく普段通りのトーンを心がけながら話し始めた。


「コナンくんって小学生の男の子と知り合いでね、あなたに呼ばれてあそこに行ったときたまたま会ってご一緒させてもらったの」
「ふーん、小学生のお友達がいるんだ」

黒羽くんはラーメンのスープをすすりながら、わたしの話など特段気に留めないようなポーズを取りつつ核心に触れる。

わたしもとりあえず流されてやるかと話を続けた。


「前に火災で住んでいたアパートがなくなったって言ったじゃん?そこのオーナーの息子さんがコナンくんの友達でね、目が覚めたときお見舞いに来ていた彼と知り合ったの」

ふんふん、と頷きながら黒羽くんは話を聞いている。


「頼れるアテもなくて困ってたときに、コナンくんがあの工藤さんのお家の鍵を預かっていて、同じく住むあてをなくした沖矢さんって人もそこに住むからいっしょに住むかって話になったの」
「ふーん、なるほどなあ」
「いやーありがたいよね〜」

わたしは軽く笑いながら蓮華でスープをすくいゴクリと飲む。うん、美味しい。ほっとする味だ。沖矢さんも知ってるのかな。家から近いし今度教えてあげよう。

そんなことを考えていたら、黒羽くんがおもむろに口を開いた。



「・・・ねえ、ところでさ。

菜々子さんってほんとうに記憶喪失なの?」
「!」


説明はこんな感じでよかったかな、とわたしがひとつ仕事を終えたような気持ちでいたところで。今度は突然予想もしていなかった方向からパンチを入れるようなことを言われ、思わずわたしは蓮華を持つ手を止めてしまった。あ、まずい。黒羽くんはじいっとわたしの方を見てくる。

・・・ここは、すっとぼけるしかない。



「うん。なんで?」
「いや、なんとなく。」


にっこり笑いながら黒羽くんを見ると、黒羽くんも同じく笑みを返してきた。
しばし訪れる静寂。わたしは嘘がバレないように黒羽くんから視線を逸らさない。


数秒の間。しばし無言で見つめあった後、黒羽くんが口を開いた。


「・・・知ってる?菜々子さん」


彼の唇は細く美しく、そしてどこか妖しく動く。



「女性って、嘘をつくときほど相手の目を見るんですよ」



わざとらしく使われた敬語に思わず口の端がひくつくのがわかった。ああまったく、本当に目敏いのはこの男のほうじゃないか。

わたしはなんと切り返すか決めあぐねたまま、もう一度蓮華でスープをすくうのだった。


























「ねー菜々子さん、怒んないでよ〜」
「怒ってません」
「怒ってんじゃん」


この怪盗と話したらボロが出ると判断したわたしは、あのやり取りからはもうとにかく塩対応を決め込んだ。


そそくさとラーメンを平らげ、いまは帰路に着いている。夜だし危ないし送るという申し出は丁重に断ったが、それを上回る勢いで着いてきたのでそこは渋々甘えておいた。もう二度と夜道を一人で歩かないって決めていたし。



つい先程まで世間を騒がしていた怪盗キッドは、何故かいまわたしの隣でへらへらと笑っている。こうして見るとやはりまだ子供で、高校生なんだなあと思う。
まあ、それでもわたしより何枚も上手だからタチが悪いんだけど。



「俺さー、菜々子さんのこと知りたいんだよね」
「わたしは知られたくありません」
「冷たいなー」


彼はわたしについて知りたいだなんてぬけぬけと言っているが、おそらくもう既にあらかた調べた後だろう。だからこそわたしがいまどこに住んでいるのかわかったんだろうし、本当に記憶喪失なのかなんて聞いてきたはずだ。

これ以上何を知りたいっていうんだ、というかわたしのことを知って彼になんの得があるというんだ。頭を抱えたいのを抑えて彼に聞こえない程度の大きさでため息をつく。わたしなんて別に、ごくごく普通のなんの取り柄もない一般女性で、強いて言うなら違う世界からきたってことくらいしか・・・



「!」


そこで、もしかしてという考えが頭をよぎった。反射的に勢いよく黒羽くんの方を振り返る
もしかして、でもまさか。いやしかし、彼なら。

ビッグジュエルを探す彼なら、異世界の女・・・この世界のことを知っている女を、呼ぶ手段があると仮定した場合実践してもおかしくないのではないか?そう、たとえば、別世界に住む剛昌ファンを無作為に選んでいて、たまたまわたしがそれに当たってしまっただけなのだとしたら(もちろん方法はからっきしわからないけれど)。



「菜々子さん?」


わたしがあまりにも突然黒羽くんを振り返ったからだろう。黒羽くんはどうしたんだといった風に首を傾げ、わたしを見た。



「・・・ねえ、あのさ。違ったら悪いんだけど」


もしも勘違いなら、わたしは完全に意味のわからない質問をしてくるへんな女だ。だが彼にそう思われたところで失うものは何もないだろう。

わたしは意を決して口を開く。




「わたしを、ここに、呼んだのって・・・あなた?」



月下の奇術師は、一度ぽかんとした後唇に弧を描いた。




「・・・そうだって言ったら、どうする?」


少し強く冷たい夜風が、わたしの頬を撫でた。







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