Quasi calm



「こっちでよかったですか?」
「あ、は、ハイ」

黒羽くんが向こうの方に歩いていくのを見届けることもなく、わたしと安室さんは彼に背を向けて真逆の方向に歩き始める。前に家の付近まで送ってもらったから、安室さんはなんとなくわたしの家の当てがついているんだろう。
思いっきり黒羽くんと違う方角に歩を進めながら、「ヒィーーーさっき黒羽くんと家が近いなんて大嘘ついちゃったよーーーーー」と冷や汗を流すもそれについては特段言及されなかった。しかしこの安室さんに嘘がバレていないわけがないので非常に気まずい。居心地が悪い。沈黙が怖くなってきたわたしは無理やり口を開く。


「あ、あむ、あむろさんはこここんなところで、なっなにを?」

ヒェッめっちゃどもった。あわあわしながらそう言うも、彼は気にも留めないような笑顔を返す。


「ちょっとクライアントと打ち合わせをしておりまして」
「あ、な、なるほど!それはそれはお疲れ様です!」
「はい。菜々子さんはあれからどうですか?職探しの方は順調ですか」


菜々子、さん。
ナチュラルにまた名前を呼ばれてどきりとするが、まあべつに意味はないんだろう。原作でも梓さんや蘭ちゃんのことを名前にさん付けで呼んでいるわけだし。
いやでもなんかやっぱあの安室透に名前呼んでもらえるってすごいことだな、ドキドキしすぎて死にそうだぞ。


「えと、あ、はい!まだ正式に決まったわけじゃないんですけど、今度あらためてお話させてもらうことになってるのがあって」
「そうですか、それはよかった!菜々子さんならきっと大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます・・・!」


安室さんはまるで自分のことのように目を輝かせて喜んでくれる。い、いいひと。いいひとだしいい男だし顔がいいし笑顔が眩しいし、死ぬ。

キラースマイルにノックアウトされたわたしは息切れしそうになるのを抑えてなんとか安室さんに笑顔を見せる。すると彼はいいこと思いついた、とばかりにあっ!と楽しげな声を上げた。


「そうだ、菜々子さんのお仕事が決まったらそのお祝いにいっしょにご飯でも行きましょうよ」
「えっ?!」
「せっかくですし、いいお店探しておきますから」

にこー、と彼は人好きする笑顔でわたしにそう提案する。いや、いやいや、いやいやいやいや。


「そ、そんな、お忙しいだろうに、悪いです」
「ダメですか?」
「いやぜんっぜんダメとかじゃないしめちゃめちゃ嬉しいですけど!!!」
「じゃあいいじゃないですか」

ね、と彼はまた優しく微笑む。
なんだなんだなんなんだいったい。ダメですか?のときの顔とかまじで捨てられた子犬みたいだったぞこの人、車のフロントガラス素手で割るのに、車の上走って移動したり、カーチェイスでやばい顔したり、するのに、する、す、すき・・・!(あっだめだ安室の女の声が出た)


「連絡待ってますからね。もしそのお仕事先とご縁がなかったとしても、その時は残念でした会でもしましょうか」
「え、ええ・・・?どっちにしろごはんするですね・・・?!」
「イヤですか?」
「めっっっっっちゃくちゃハッピーですわーーーーーーーい!!!!!!!!!」


だ、だめだ。安室透、かわいいだけじゃなくてなんかもう、敵わない。
わたしは心臓がもの凄い勢いでバクバク脈打つのを感じながら、安室さんにブンブンと頷き続けるのだった。























「もうここ曲がったらすぐなので、この辺りで大丈夫ですよ!」
「家の前まで送りますよ。今日は徒歩ですから気にしないでください」
「(家を特定されたくないとか言えねえ)」


別に彼に他意がないというのはわかっているし、わたしが沖矢昴と一緒に住んでなければ全然お言葉に甘えて家の前まで送ってもらうしなんならお茶くらい出すんだけれども現実問題としてわたしは沖矢昴とハウスをシェアしているのでなかなかに困る。

どうしたもんかと思いながらも安室さんはナチュラルについてきて、わたしもわたしでそんな彼に強く言えるはずもなく(だって来ないでほしい理由を説明できないのだから)、ついにわたし達は工藤邸へと到着してしまった。


「これはこれは、立派なお屋敷ですね」
「ねー・・・すごい助かってます」


やってしまった・・・。



工藤邸をしげしげと眺める安室さんは相変わらず物腰穏やかで惚れ惚れとする佇まいだが、正直わたしは気が気じゃない。電気、ついてる。昴さん、いる。どうしよう出てきたりしたら。わたしはひとり冷や汗をかいていた。
いまの安室さんが沖矢昴=赤井秀一と気づくことはなかったとしても、その事実に辿り着くのが大きく早まるかもしれない。ん、あれ?どうせそのうち気づくことだからいいのか?いやいやでもこういうのって原作に従うようにしたほうがいいよね???誰か教えてくれませんかね正しいトリップの進め方。

そんなことに頭を悩ませていると、おもむろに安室さんが声を上げた。


「・・・菜々子さんはいまここの家主の方と同居しているんですか?確か使っていない家を借りている、とおっしゃっていたかと思ったのですが」

そう言われてわたしの肩は大げさに跳ねる。電気がついているのを見て他にも居住者がいることに気づいたんだろう。安室さんは明らかに焦るわたしに首を傾げ、菜々子さん?と名前を呼んだ。や、やばいやばいやばい。


「じ、じつはその、燃えたアパートでわたしと似たような境遇になった人が他にもいて、その人と一緒に住んでるんです。広いお家なので不便もしませんし」
「ああ、なるほど?」

なるほど、の声の語尾が上がっている。わたしの挙動が不審だからきっと変に思っているんだろう。じっと見てくる安室さんにわたしはソワソワしつつ、話題を変えなきゃと慌てる。


「あ、あの、なんで、お茶でもと言いたいところなのですが、その、やっぱり遅い時間だし同居人に悪いかなって」
「ああ!いいんですよそんなお気遣いなく。お心だけ頂戴しておきます」

ありきたりな言い訳をするわたしに微笑む安室さんはやはり美しくて、なんだかいよいよ申し訳なくなってくる。安室さん、本当に優しい。みんなにこんな優しくしているんだろうか。そのうち疲れてバテてしまわないだろうか。ただでさえ忙しい人なのに。なにかできることがあればお手伝いしたいけれど。


「では僕はこれで失礼します。またご飯、楽しみにしてますね」
「は、はい!こちらこそ!
あの、ほんとにいつもありがとうございます」
「いえいえ。じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」


そう言うと安室さんはまた優しく笑って手を振りながら向こうの方へ歩いていった。ちょっと失礼かなと思いつつ、その笑顔があまりにも眩しくてかわいいのでわたしもつられてぶんぶん手を振る。
すると彼の手の振り方が大きくなったような気がしたのでわたしの心はぽかぽかとした。

ああ、素敵な人だ。この人といっしょにいるととても心が安らぐ。もちろん緊張もするんだけど、それ以上に幸せな気持ちになった。
もう少しいっしょにいたかったな・・・なんて思って苦笑した。おこがましい。


安室さんが角を曲がって見えなくなるまで見送って、わたしは門を開きお家に帰る。安室さんにきょうのお礼を言おうとさっそく携帯を開くと、黒羽くんから謝罪のメールが届いていた。
まあ怒ってはいないんだけど、高校生にカマをかけられたのが悔しい。・・・そういえばあのとき安室さんに声をかけられていなかったら、わたしはあのまま黒羽くんにどうやったら元の世界に戻れるのと半狂乱で問い詰めてしまっていただろう。

そんなことを言っていたら、確実にわたしは怪しいヤツ認定されてしまっている。あそこで安室さんが間に入ってくれて助かった。


・・・安室さんはまるで、いつもわたしを守ってくれているみたいだ。




「ただいまでーす」


扉を開けて入ると2階の方からおかえりなさーいとゆるい声がした。ハア、緊張した。ただでさえ安室さんと一緒にいるとあまりの美しさに心臓がバクバクするのに今日は黒羽くんのこともあったし昴さんのことも考えなきゃだったしでいつも以上に頭を使った気がする。いやまあ普段頭使うことないんですけどね!あっだからこんな疲れてるのか!はっはっは!!!


若干自棄になりながら靴を脱いでいると、パタリパタリとスリッパを履いた足音が近づいてきた。その音のする方を見ると昴さんがいる。わたしはもう一度笑顔でただいまです、と言った。


「おかえりなさい。遅かったですね」
「あ、はい。ラーメン食べてきて」
「ああ、いいですね。美味しかったですか?」
「はい!近くにあるのでよかったら今度一緒に行きましょう」

そう言いながら脱いだ靴を整えていると、昴さんは飄々とした笑みを崩さず聞いてきた。


「さっきの人、彼氏ですか?イケメンですね」
「!」


み!!!!!!!!!

みられてた・・・!!!!!



わたしは心の中で慌てふためく。安室さんと会っているなんて、昴さんからしたらビックリもビックリ、っていうかなんならわたし怪しまれてもおかしくないくらいでは・・・?!



「ち、ちがいますよあんなイケメン!!!釣り合わないです!!!
その、前にハンマー女に狙われたって話したじゃないですか、あのとき助けてくれた通りがかりの男性です。きょうもたまたまバッタリ会って、危ないからって送ってくれたんです!」
「ホォー・・・」


慌ててそう言うと、沖矢さんはそれは面白い、といった風に少しだけ唇に弧を描く。ひ、ヒィ!やめて!変に勘繰らないで!なんにもないから!向こうもまだしばらくはあなたのこと気づかないはずだから!!!


「そ、そんなことより昴さん!きょうのキッドもすごかったんですよー!テレビ見ました?!」
「ああ、あいにく研究に勤しんでいたもので」
「ざ、ざんねんー!!!」


慌てふためきながらじゃあ手を洗ってきますー、と洗面所の方に向かうと後ろでクスリと昴さんが笑うのが聞こえた。
えっねえ怪しい?!わたしの挙動やっぱ怪しいかな?!なんていうかもうちょっとナチュラルに嘘つける人間でありたかったな?!?!?!

廊下を歩きながらわたしは頭を抱える。今日はもう疲れた。腹いせになるのかならないのかはわからないけど、もう二度と怪盗キッドのマジックショーには行かないぞと固く誓った。







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