白昼夢のような


突然の風見さんの登場に目をぱちくりしていると、すみません大丈夫ですかと改めてハンカチを握らされた。

手にハンカチが触れたことによりハッと我に返る。




「あっ、ハイ!大丈夫ですすみません!」
「けっこうかかってしまいましたよね・・・申し訳ありません、自分の不注意です。よければクリーニング代と、取り急ぎどこかで服の調達を・・・」
「え!そんな、大丈夫です!」


ウワー風見さんだ、かわいいー、おろおろしてるー!!!!
突然自分の好きなキャラクターと遭遇したことで、コーヒーによって濡れた服なんてどうでもよくなった。コーヒー臭いのはいただけないけど、いま着てるのはどうせ安かった古着だし服もさっきめちゃめちゃ買ったからそれ着ればいい。

それよりも、なんでこんなところにいるんだろう風見さん。スーツだから仕事中っぽいし、サボったりするタイプでもないからなんかの張り込みとかかな?だったら変に時間使わせちゃいけないよな、私なんかに。


「いや、完全にこちらの不注意なのでお支払いいたします、」
「いいですよーこれ安かったですしさっき服買いましたからそれ着て帰ります。お気になさらず」
「ですが」
「お仕事中ですよね?きっと。気にしないでください、むしろそちらのスーツにかかってませんか?」
「あ、それは大丈夫で・・・」
「ならよかった。じゃ、私着替えに行くのでこれで」


風見さんの性格的にもめっちゃちゃんと謝罪してくれようとしてるけど、こんなところで油売ってたら完全に降谷さんに怒られちゃうな。

そう思いながら無理やり話を終わらせ、一例して荷物を取るため背を向けると、あの!と風見さんが大きめの声を出して呼び止めてきた。



「これ、自分の連絡先です。後から気が変わることもあると思うので・・・もしクリーニング代など必要になったら、ご連絡ください」


そして電話番号が走り書きされたメモを渡される。・・・風見さんじゃなかったらこれ完全にただのナンパだぞ???大丈夫か???


「・・・じゃあ、まあ連絡することはないと思いますがもらっておきますね」
「はい!あ、念のためお名前だけ聞いておいてもいいですか、連絡いただくときのために・・・」


なんかめちゃめちゃ切羽詰まってるなこの人。降谷さんからのストレスに胃を痛めてるのかな・・・。

しょうがない、と受け取りながら笑顔を見せた。


「・・・中村菜々子です。クリーニング代を請求することはないと思いますが、縁があればまたご飯にでも連れて行ってください。私この辺りのこと知らないので」
「あ・・・最近引っ越して来られたんですか?」


引っ越して来られた、かあ。
もう、とっとと受け入れた方が楽なのかもしれないなあと思いながら苦笑いした。




「なんか、記憶がなくなっちゃったみたいなんです、私」


あまりにも説明できない箇所が多すぎて不安になってくる。
もしかしたら私はいつの間にか転生してコナンの世界でずっと生活していて、火事の拍子にこっちの世界での記憶を全部忘れてしまったのかなあ。なーんて。



面食らったような顔をして言葉を失う風見さんに、ぺこりと頭を下げて今度こそ私は荷物を取りに席に戻った。
このままトイレに行って着替えよう。せっかくだから買った化粧品もちょっとだけ試してみようかな、パウダールームが充実してたら。

ああ、風見さん。
会えたらもっと嬉しくなるはずの人なのに、自分というものが曖昧すぎてどう感じればいいのかもわからない。


渡された紙はカバンの内ポケットに閉まった。連絡することはないと思うけど、せっかくだし記念に大事にしよう。
















お手洗いに向かったところ、フィッティングルームもパウダールームもしっかり完備されていた。人も少なかったしこれ幸いと服を着替えてお化粧も足す。もともと最低限しかやってなかったから割といい感じになった。


そうしているうちにだいぶ疲れも取れたので、地下でお菓子の詰め合わせを三つ買った。阿笠博士や子供達の分、工藤夫妻の分、沖矢さんの分だ。
買った服を着てアクセサリーもつけたりしたことで荷物の重さはちょっとましになった気もするけどまた増やしちゃった。

時計を見ると時刻はもう四時を回っている。いろいろあったとはいえ、昼前に出たのに時間の流れが本当に早い。そろそろおうちに戻ろう。
















「あれ?菜々子さん?」


工藤宅への道のりを歩いていると、突然後ろからかわいらしい女の子の声に呼び止められた。
立ち止まり振り返るとランドセルを背負った少年探偵団がいる。博士のとこ行くのかな?ちょうどいいやと笑顔を作る。


「あ、みんな。学校帰り?こんにちは」
「「「こんにちは!!」」」

挨拶をすると元太・光彦・歩美ちゃんが元気よく返事をしてくれた。コナンくんと哀ちゃんもぺこりとしてくれる。かわいい。


「すごい荷物ですね・・・」
「歩美、持ってあげるー!」
「あれ?なんかオメー前と雰囲気違くねえか?」

元気な子供達にいろいろとキャイキャイと騒がれることなんてまあ滅多にないので少し慌てていたら、3人が少しずつ荷物を持ってくれた。エッめっちゃ優しい・・・。


「わ、ごめんね!ありがとう」
「コナンくんも持ってあげてくださいよー!」
「あ、いいの、どれも本当しょうもないものだから」
「あら・・・フサエブランドのショッピングバッグ」
「わ、ありがとう!お財布黒焦げになっちゃったから買ったの」


なんだかんだ言いながらみんなが一つずつ物を持ってくれる。ふぇーーーめっちゃ楽じゃんありがとうみんな・・・天使かよ・・・。



「菜々子お姉さん、なんだか今日とっても綺麗だねー!」
「整形したのか?」
「そんな短期間じゃできないですよ元太くん!お化粧ですよね?」
「あ、うん。前会った時はスッピンに病院着だったもんね・・・」


整形って・・・そんなに顔変わってないと思うんだけどな・・・私化粧上手くないし・・・と思いながらも、まあアラサーのスッピンなんて見れたもんじゃないからこの反応も当然かもしれない。アンチエイジング頑張っていこう。


「今日はお買い物してたの?」
「あ、うん。そうだ、コナンくんに渡したいものがあって・・・」
「ボクに?」
「うん。このお家に住まわせてくれてる工藤さんにお菓子の詰め合わせを買ってきたから受け取ってもらえないかなって・・・」
「いいのにそんなの気にしなくて!」
「そういう訳にはいかないよ、つまらないものだけど・・・後で渡すね」


居住費などは一旦沖矢さんに払い、そこからまとめて工藤夫妻に払ってもらうことになっているからいいけれど、何のご挨拶もなしに住まうのはさすがに社会人として気が引けた。気に入ってもらえるといいけど。



「あと、お隣さんになる阿笠博士に・・・っていうかみんなにもお菓子の詰め合わせ買ってきたの。今日も博士のお家に行くんだよね?よかったらそこでみんなでたべてね」


そう言うと、子供達から歓声が上がった。かわいい。


「菜々子お姉さんも一緒に食べよー!」
「お礼に博士のゲームさせてやるぜ!」
「元太くん、きっと菜々子さんはゲームに興味がないですよ、大人の女性ですから」
「あはは、どんなゲーム?」
「いろいろあるぜ!!」


そしてなんだかんだでそのまま阿笠博士のお家にお邪魔することになった。
子供は元気があってかわいいなあ。
























「降谷さん、いま少しお時間よろしいでしょうか」
「ああ」


取引も終わり本来の公安業務へ戻っていると、早速風見に声を変えられた。


「こちら頼まれておりました女性についての資料です。お目通しください」
「すまないな、突然業務を増やして」
「いえ。・・・何か重要な人物ですか?」


手渡されたファイルを少し覗き込む。
そこには『中村菜々子』と印刷された文字と、菜々子の写真がクリップしてあった。

うまく言葉が出ない。喉に少しつかえたように、返答をする。


「・・・ああ。まあ、」



重要な、人物。



「そんなところだ・・・・・」




菜々子。

どうして。
本当にここに、来てしまったのか?







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