まわりはじめるメリーゴーランド
「せいぜい最後の夜を楽しむことだ。明日おまえたちはそのカップと同じ運命なのだからな」
そう言い残して是流と鈴駒は浦飯チームの部屋を後にした。拍子抜けする程に隙だらけのゲスト達。初戦は余裕だろう、そう思いながら二人は自室へ戻るため足を進める。
しかしそんな中でも気にかかることがあり、是流は口を開いた。
「・・・鈴駒、あいつらの中にグッスリ寝ている男がいたろ。あいつはオレ達に殺気がないことを悟って起きなかったのだと思うか、それとも…」
「たんなるアホなんじゃないの、アハハハ」
鈴駒は笑うが是流はそれでも少し思案を続けた。ゲストに選ばれるほどの人間だ、なにかある・・・それはもちろんただの深読みなのかもしれないが、気づいていたのに一言も発さずただ自分のことを見ていた女の存在が余計にそれを示しているような気がしてしまう。
どうやら鈴駒も眠っている男のことは馬鹿にしていたようだが、女のことは気にかけているようであった。
「でもあのかわいい女の子はなんだったんだろーな。オイラのこと気づいてたのに好きなようにさせてたぜ。しかも別に強いってわけじゃなさそうだった」
「ああ・・・あの女ならオレにも気づいていたな」
そう、あの穏やかに微笑む女は奇妙だった。
振る舞いは隙だらけ、おそらく自分が敵意を向ければ簡単に殺せてしまうだろう・・・それも赤子の手を捻るように容易く。にも関わらず、他の者が気づきすらしなかった自分達の存在を簡単に認めていた。その上で口を開くこともなく、ただ成行きを見守っていた。
そして女には不思議な雰囲気があった。どこか浮世離れしているというか、なにかを諦観しているかのような、まるでそこにいるのにいないかのようなーーーー・・・。
「(まあ明日になればわかるがな・・・)」
そう思い思考の幕を閉じる。少し目を閉じると優しい微笑を湛えたあの見目のいい女が浮かぶ気がして頭を振った。
「うーーーーーん」
眠れない。
布団の中で何度寝返りを打っても目が冴えてしまい一向に気配すら訪れない眠気にため息をついた。まあそれも当然だ、十数年間ひたすらに片思いをしていた別の世界の人間と今日初めて出会えたんだから。眠れるわけがないだろう。
そう思ってむくりと起き上がる。
目を閉じると桑原くんの顔が浮かんだ。
桑原くんはああやって笑うのか。眉毛はああやって下がり、目元のシワはあんな形をしていて、歯並びはああなのか。
・・・あんなにも背が高くてスタイルがよくて、なんというか、元の世界にいた頃は他のメンバーに比べて人気のなかった彼だけれど、本当に本当に何度も卒倒しそうになるくらいかっこよかった。いやわたしはもともとわかっていたけど。みんなの目は完全に節穴である。
考えているとぽうっと頬が熱くなってきた。まるで熱に浮かされたような表情をしているんだろう。
一から十まですべて覚えていたい。
桑原くんが話した言葉、しぐさ、表情。あの目を通して世界を見たらどんなに綺麗なんだろう。あの高さから見える世界はどうなっているの?
ただひたすらに、これが夢でないことに感謝する。
高鳴る鼓動はうるさくて、これが恋だと改めて思い知らされた。もうそんな年でもないのに、と苦笑する。
「(ちょっと夜風に当たってこようかな)」
そう思いわたしはガウンを着て部屋を後にした。
ザァ・・・・・。
波の音がする。
夜の海は吸い込まれてしまいそうな程に暗かった。底がなくて、深くて、簡単な気持ちで触れてしまえば戻れなくなってしまいそうだ。
ホテルから出てすぐに海岸があったため、わたしはちょうどいいと歩を進めた。砂場に人が座るのによい頃合いの岩を見つけたので、そこに腰掛ける。
ああ、波の音、落ち着く。ここが本来還る場所だからなのだろう。
首縊島は周辺に何もない。ある程度栄えた場所であれば、海の向こうにぽつぽつと人工的な光が見えてもおかしくないのだがそれすらもなかった。
よほど隔離された場所なのだろう。まあ、霊界が暗黒武術会を開くことを認めた土地なのだから当然といえば当然なのだが。
上を見上げるといたく細い月が頼りなく浮かんでいた。吹いたら消えてしまいそうだ。わたしはそっとその月に手を伸ばし人差し指を立てる。
なぞるような動きをしてその月を隠してみた。簡単に視界から消すことができて少し苦笑する。
どうしてわたしはいまここにいるんだろう。
あの人に一目会いたくて、もうそれだけでいいと思っていたはずなのにいざ会ってしまうとそれでは済まなかった。
こうやって簡単に、見せかけだけでも消すことができればいいのに。
いや、元の世界にいた頃はずっとその気持ちをひた隠しにして心の奥底に押し込めて生きていたんだけれど。
ずいぶん遠いところまで、来てしまったな。
膝を抱いて自分の頭を埋めると、暗い世界に波音だけが響く。
その音だけを聞いていると、自分がどこにいるのかも覚束ない心地になる。
桑原くんに会いたかった。一目見たかった。見れた。話せた。で、次は?
次はどうなるかなんてわかっている。この結末なんて、知っている。
初恋とは実らないものだ。
わたしが恋をしたあの人は、届かないひとなんだから・・・
「やよい?」
「!」
思考の渦に呑まれていると、突然名前を呼ばれて体が跳ねた。反射的に声がした方を向くと、そこには。
「眠れませんか?一人でこんなところにいたら危ないですよ」
「蔵馬・・・」
穏やかに微笑む蔵馬がいた。
暗い夜の中でも深い真紅の髪は目立つ。
ああ、綺麗だな。そう思った。
「驚かせてしまってすみません。でも、女性が一人で夜中に行動するのは危険ですよ。
この島には基本的に妖怪しかいないんだから」
「あ・・・うん、ごめんね・・・」
「ま、とか言いつつオレも寝つけなくて出てきたんだけど」
蔵馬は茶化すように笑ったのでそれにつられて笑う。ああ、一人でうずくまっているところを見られてしまった。ちょっと恥ずかしいな。もういい年した大人なのに。気まずい思いをしていると、蔵馬がとなりの岩にかけていいか聞いてきたのでわたしは頷いた。
「波の音は落ち着きますね」
「うん・・・でも、暗すぎてちょっと心細くなっちゃった」
「街灯もろくにないような島ですからね」
蔵馬は遠くもなく近すぎもしない、パーソナルスペースには入らないようなちょうどいい距離に腰を下ろしてくれたので安心する。
しかし蔵馬のことをいろいろ知識として知っているとはいえ、今日会ったばかりの初対面の男性であることに違いはないので何を話すか少し悩んだ。うまい会話の糸口が見つからない。
どんな話題がいいだろう、と思い悩んでいたら蔵馬のほうが口を開く。
「そういえばさっき話の途中でしたね。幽助とはもともと友達だったの?」
穏やかに質問をされて、先程途中で話を終えてしまったことを思い出した。返事をしようとしたところで桑原くんがわたしの作ったパウンドケーキをおいしいと言ってくれたからそれで頭がいっぱいになってしまっていたんだ。申し訳ないことをした、と反省する。
「あ、そうだったね、ごめんね。
えっと・・・話すと長くなるんだけど、わたし実は異世界から来ていて…その、異世界トリップってやつをしてしまったの。突拍子もないんだけどさ。
それでコエンマ様にしばらくお世話になって、その関係でいまは幽助と行動してるっていうか」
何から話せばいいんだろう。うまくまとまらないなあ、そもそも理解してもらえるんだろうか、この超常現象。
うーんと悩みながらたどたどしく説明すると蔵馬は眉を寄せた。
「そう・・・それは、大変でしたね」
「え、こんな意味のわからない話ふつうに受け入れてくれるの?」
「まあ、オレも普通の人間からしたら意味のわからない存在だから」
心底気の毒そうに言った後蔵馬はまた笑顔で話を続けてくれる。それに少し心が軽くなった。
他の世界に行っていたら大変だったんだろうけど・・・この世界はそういう現象に対する理解があって楽でいい。
ありがたいなあ、と息をつく。少しだけ心が軽くなった。
「ありがとう」
「!」
「優しいんだね、蔵馬は」
ほっとしてにっこり笑うと蔵馬が妙に沈黙した。突然の静寂にわたしは首を傾げる。
「?どうしたの」
「あ、いえ!別に何も」
大丈夫です、と言うので少し不思議に思いながらもまあ無理に立ち入ることじゃないかとわたしはそれ以上追求するのをやめた。
さて、わたしはともかく蔵馬は戦うわけだしそろそろ寝ないと明日に響くな。
「じゃ、そろそろ部屋に戻ろうかな。ありがとうね、なんか蔵馬のおかげでちょっと楽になったよ」
「いや・・・オレは何もしていないので」
「ううん、なによりも危ないからって一緒にいてくれたし。頼もしいね」
立ち上がりながらそう言うと、蔵馬はその場に座ったままわたしを見上げた。まだここにいるの?と聞くために口を開こうとすると、なぜかこちらを意味深に見つめる蔵馬と目が合ってしまう。
「・・・あなたは、なんというか、珍しいひとですね」
「?な、なにが」
突然素っ頓狂なことを聞かれて目を瞬かせるも、彼は無言で首を横に振るだけだった。いやあなたのほうが珍しいわよ相当レアキャラよ、とか思っていると蔵馬がよいしょと立ち上がる。ああ、まあ帰るんだな、うん。よくわからないけどとりあえずわたしはホテルに向けて足を進める。蔵馬も先程の距離を保ったまま少し後ろについてきた。
顔が見えないし変に振り返るのもあれなので蔵馬のほうは見ずに他愛もない話をとりあえず続ける。まあ蔵馬も試合前でナーバスになっているのかもしれないな、さっき是流たちにコケにされたし。そっとしておいてあげよう。
わたしはそう自分の中で結論づけ、歩きながら先ほどわたしが指で隠してみた細い月を見た。
やっぱり吹いたら消えてしまいそうな月だなぁなんて考えているわたしは、後ろの蔵馬が頬を染めていたなんて全くもって知らないのである。