期待する資格



「じゃ、オレはこっちなので。おやすみなさい」
「うん、おやすみ蔵馬。また明日ね」


海を後にして自分たちゲストに用意された部屋に戻り、隣を歩いていたやよいに声をかける。扉を開けると桑原のいびきが響いていて、その音にオレが苦笑したところ彼女は目を優しく細めて美しい微笑みを浮かべていた。

異世界から来たと言った女は、どうして桑原に対して慈愛のような感情を抱いているのだろう。・・・いや、慈愛だなんて美しいものではないか。あの暗い夜の海で蹲っていた彼女は、明らかに恋に煩う女特有の不安定さがあった。



おやすみ、と手を振ってこられたのでオレも軽く左手を上げると彼女は笑顔を残して自室へと消えていく。
オレはその背中を見てひとつ息をこぼした。



あんなにも綺麗に笑みを浮かべて臆面もなく褒められるのは初めてだった。


正直なところ自分の人生において女性に好意を持たれることには慣れていたし、アプローチを受けることも日常茶飯事であった。おそらく、だからこそだと思う。
自分のとなりで穏やかに微笑むのに、特別な感情を見せない女が珍しいからだろうと思う。


ポリ、と頬を指で掻いて自分のベッドへと歩を進めた。
あの、頬に熱が集まった瞬間に囚われている暇はない。明日から死闘が始まるのだから。




第11話







「皆様、大変長らくお待たせいたしました!!
ただ今より一回戦第一試合の選手入場です。

暗黒武術会、開会いたします!!」


獣耳の生えたかわいい女の子、小兎ちゃんの開会宣言で会場が沸く。口汚く騒ぐ妖怪たちの声をバックにわたしたちは入場した。


「ノコノコツラ出しやがってタゴ作どもがァァァ」
「裏切り者の飛影と蔵馬、てめーらは肉切れをクソにしてくれるぜ!!」

下品な叫び声だなあ、とわたしはみんなから一歩下がったところでため息をつく。ものすごい殺気に桑原くんは嫌そうに顔を歪め、蔵馬も「仲間意識のない奴等に裏切り者扱いされるのは心外だなァ」とひとりごちた。

そりゃそうだよねえ、と蔵馬の独り言に頷いていると、おそらく少し遅れて歩いていたわたしの存在に気づいたのか暴言のターゲットがこちらに変わる。


「なんだあの美味そうな女ァア!!!」
「メチャクチャに犯して食ってやらァァ」
「えっキモ」

突然向けられた直接的な暴言にわたしはぞわりと背中に悪寒が走った。反射的にキモいと言ってしまったのもしょうがないだろう。気にとめる必要もないほど低俗な言葉だが、当然気持ちの良いものではない。

すると前を歩いていた蔵馬がこちらに来て、わたしを隠すように隣に立ってくれた。


「気にしないで。あんな奴ら、貴女に指一本触れることもできないから」
「あ、ありがとう。ごめんね」


やっぱり蔵馬は優しいなあ。そう思いながら側を歩かせてもらう。となりに味方がいるというだけでずいぶんと心が楽になった。前では幽助を背負った桑原くんが群衆たちに怒鳴ってくれている。


「オイィィィオレらのやよいちゃんに変なこと言ったヤツ全員出てこいこの男桑原がぶった切ってやらァ!!!!」
「(ウッ桑原くんも優しい、好き)」

オレらのやよいちゃんだなんて・・・とうっかり照れていると蔵馬にやれやれと苦笑されてしまった。うーんこれ、蔵馬にはわたしの気持ちがバレていてもおかしくない。わたしは慌てて破顔した顔を取り繕うのだった。



「両チーム中央へ!!」


小兎ちゃんの合図で六遊怪チームと浦飯チーム、双方がリングの中心へと進む。改めて中央に立つと会場の広さに圧倒された。


「戦い方と勝敗は両チームの大将同士の話し合いによって決めていただきますが、折り合いがつかない場合はそれぞれ5名が1対1で戦い勝った人数の多いチームの勝ちといたします」
「大将っつったって・・・幽助はねてるぞ」


小兎ちゃんの説明に浦飯チーム全員が幽助の方を見る。幽助は昨夜から一度も目覚めておらず、相変わらずいびきをかいて気持ちよさそうに眠っていた。

「・・・なら代わりは桑原くんしかいないね」
「うん、そうだねえ」


蔵馬とわたしがそう言うと、桑原くんはなんだか少し(というかとても)嬉しそうに顔を綻ばせた。


「え?オレ?」


うん、とわたしが頷くとなんだかエビスさんのようなにやけ顔を見せる。か、かわいい。今日もわたしの好きな人がかわいい。世界一かわいい。おばかさんでかわいい。


「いや〜〜〜やっぱそうかなァ、ウラメシの次ってのが気にくわねーが許そう!!
よっしゃいっちょ決めてやんぜ」

そして気合いを入れて進む桑原くん。となりで飛影がアホと呟いたのは聞こえていなかったようである。そういうところもかわいい。皆さん聞いてください今日もわたしの好きな人がかわいいです。
彼は威圧感のある是流と少し話し合い、一対一の五戦勝負で勝敗を決めることにした。




「では先鋒前へ!!」


「いってくるよ〜〜〜」
「トップはオレしかいねーだろ!!」


初戦は原作通り、鈴駒と桑原くんが務めるようだ。わたしは結果を知っているからこそなおさら心配になって、慌てて桑原くんに声をかけた。



「桑原くん、気をつけてね」
「おう!任せとけ!!」


彼はそう言って親指を立てる。ああ、そういうところもカッコいいんだけど、うん、本当にちょっと、お調子者だから、とっても心配だ・・・。
































生で見る桑原くんの戦いは本当に心臓に悪かった。
鈴駒が余興のつもりで手を抜いて桑原くんが優勢に見えている時もわたしは実態がわかっているからハラハラしたし、鈴駒が反撃に出た瞬間からはもう息をつく暇さえもない。

わたしはただただ固唾を飲んで見守るのみである。


「一方が心理作戦で虚をつけば一方はそれを受けて立ち上がる!!
さあ一回戦第一試合から白熱の好勝負となりました」

小兎ちゃんの実況は的確で、それでいて会場の空気を煽った。わたしは桑原くんには失礼かもしれないけれど、はやくこの試合が終わるようにと祈るのみであった。

鈴駒が魔妖妖〈デビルヨーヨー〉をとりだし、桑原くんが二本の霊剣を構える。ぎゅっとわたしは服の裾を握りながら、曲がりくねったヨーヨーが桑原くんを撃つのが痛々しくて目を背けていた。

ああもう嫌だ、この結末をわたしは知っている。どうせ負けてしまうのだから、できるだけ怪我をしないでほしいとそう願うのは失礼なんだろうか。

そう思っていたときだった。飛影に声をかけられたのは。



「・・・オイ、女」
「えっ!あ、はい、わたしのこと?」
「そうだ」


突然生物学上の性別で呼ばれて驚きながらそちらを向くと、飛影はじっと真っ直ぐな目でわたしを見つめていた。




「お前はアイツを特別に思っているようだが、期待はしてやらんのだな」
「え?」


突然思ってもいないようなことを言われてわたしは少し驚き目を瞬かせる。
期待をしていない?桑原くんに?

その言葉を頭の中で反芻し、理解して少し喉の奥が痛くなる。


期待だなんて、そんなこと。
未来を知っているのに、生きる世界が違うのに。

期待というのは、誰かに何かを求める行為でしょう?



わたしがなんと返したらいいのかわからず口ごもったままでいると、飛影はふいとわたしから視線を逸らした。



「・・・まあいい。だが、しっかり見てやれ」


お前はそのためにここにいるんだろう?




そう言われてわたしはハッとする。
たしかに、そうだ、わたしは。桑原くんに会いたい一心でここまでついてきたけれど、それよりも前に、マネージャーなんだ。


わたしがしっかり選手の勇姿を見守らないで、どうするんだ。





「うん、そうだね。
・・・ありがとう、飛影」
「フン」



わたしは飛影に一言お礼をいい、しっかり桑原くんを見据えた。


がんばれ、がんばれ、がんばれ。

こう思うことで何かが変わるわけではないかもしれない。
彼に何かを期待すること・・・原作以上のものを望むことなんてわたしには不可能だ。夢を見られるほど青くはない。


けれどもわたしがここにいて、この会場に立っているという時点で。
少しだけ変わったパズルのピースが何かを導いてしまうかもしれない。それはいいことかもしれないし、悪いことかもしれないけれど。


わたしは深く息を吸い、がんばれと声を出した。
その際肺に流れ込んだ空気は、隔離された島なだけあってどこか新鮮で懐かしいにおいがする。そして会場の熱気も混じっていて、少々苦いような気がした。