魔法をかけてよ、
「中堅前へ!!」
蔵馬の手当てに勤しんでいると、小兎ちゃんから声が上がった。昨夜挑発してきた腕の立つ是流が早くもリング中央へ出てきたことで、観客も浦飯チームも少しざわつく。
「・・・やつが大将じゃないのか」
「じゃ、あとのふたりはもっと強いのかよ!?」
桑原くんが慌てた声を出すのを横目に、飛影は至極落ち着いた声を出した。
「いや・・・ヤツがあの中で一番強いのは間違いない。ふざけた奴等のことだ、順番もジャンケンで決めたんだろうぜ」
そう言いながら飛影はリングへと向かう。
「オレが行く。
あいつは昨日なめたマネをしてくれたからな」
首元に巻いていたストールのような物を取り去りながら彼は不敵に微笑んだ。さすが人気投票二冠の男、相変わらずキマっている。
「がんばってね、飛影!」
両手でグッとガッツポーズを作って飛影に激励を飛ばすと、彼はこちらをチラリと見たあとフイと向こうを向いて歩き出した。うーむ、取り付く島がないというか、クールだなあ。ほんとうに。
「もうちょっと仲良くなれたらいいんだけどなあ」
「はは、そのうち慣れますよ」
ぼやくように言うわたしに蔵馬は穏やかな笑顔を見せてくれる。そうだったらいいんだけど、とわたしも苦笑した。
・・・しかし、そんなことを軽い気持ちで言っていた自分が直後打ちのめされることになるなんてこの時のわたしはつゆとも知らない。
ここは今まで生きてきたぬるく甘ったれた世界とは全く違うと思い知らされる。わたしは、ただここにいることすら許されないのだと、そう身に染みて思うようになるのであった。
第13話
早速開幕した中堅戦は、開始直後から取り巻く熱気がこれまでのものとは段違いであった。是流の強さは本物で、纏う妖気はあまりにもまがまがしい。
しかしその圧に怯むこともなく、飛影はきわめて冷静であった。
「ごたくはいい、こい」
「はぁあっ!!!」
煽る飛影に対して繰り出された是流の技は凄まじい。是流のパンチを受けて燃え盛る妖気に包み込まれてしまった飛影を見たとき、完全にわたしは蔵馬の手当てが頭から抜け落ちて口を手で覆っていた。
この試合がどうなるか、知っているのにだ。
倒れた飛影にわたしの体は思わず動き、大丈夫?と声をかけてしまいそうになる。しかしそんなわたしのまぬけな行動では到底追いつかないようなスピードで動く飛影は、いつのまにか是流の背後を取っていた。
「喜べ!!貴様が人間界での邪王炎殺拳の犠牲者一号だ!!」
彼の声は低く深く響き、わたしの隣にいる蔵馬までもが驚いたように声をあげる。
「まさか、あれは人間界では使えない正真正銘魔界の拳のはず・・・」
飛影が身に纏う妖気は凶悪で、わたしみたいなただの人間でもその恐ろしさは十分窺えた。右腕には黒い炎が巻きつき龍の形を作り出している。いや、あれは龍の形をしているのではなく本当に龍なのかもしれない。そう思わせるほどの迫力と、全てを焼き尽くしてしまいそうな不穏で不快な不協和音。何もかもを飲み込むような黒龍の地鳴りにも似た雄叫びは、一直線に是流へと向かった。
「炎殺黒龍波!!」
「!!」
「ヒッ・・・」
わたしはその迸る妖気に言葉を失い、あまりの恐ろしさに体が震える。初めて目にする、この世の全ての不吉を孕んだかのような攻撃。これが異世界。これが、わたしが、来たいだなんて軽々しく思っていた世界。
是流の体は消え去り、壁に焼け焦げた残り炭のような影だけが残った。飛影の圧勝である。こうなることも全てわかっていたのに、わたしはあまりの光景に言葉が出ない。硬直した体を動かせない。
「大丈夫ですか?やよい・・・」
「!」
呆然と是流の影を眺めていたら、となりにいた蔵馬に声をかけられた。優しく話しかけてくれたのに、わたしの体はびくりと大きく跳ねる。
「すみません。驚かせてしまいましたね」
「あ、や、う、ううん・・・」
慌てて取り繕おうとしても取り繕いきれなかった。身体中に汗が滲んでしまっている。
あの殺意は、わたしに向けられたわけではないというのに。そう、リングから離れた安全なところで見ていただけなのに、それでもこんなに恐ろしいの?そして、みんなどうしてこれを受け入れられるの???
桑原くんもわたしの側であまりの攻撃に驚いているようだったが、彼は「ヤツはいつ敵にまわってもおかしくない・・・」とつぶやいていた。
そう、受け止めているのだ。あの技を、あの恐ろしい技を見て、その上でこれからのことを考える余裕があるのだ。わたしはこうして思考を停止して、ただ目の前で起こった惨劇にパニックを起こしているだけなのに。
飛影が桑原くんと話をしているようだったがわたしはその内容すら頭に入らない。こんなんで何がマネージャーだ。わたしはここに必要ないと改めて思い知らされる。
そう、そもそもこの世界に自分は余計な存在なのだから。
・・・わたしはいったいどうしてここに来てしまったんだろう。桑原くんに会いたい、ただその一心だったがこれではただの役たたず。今後お荷物になるに違いない。
どうしよう、どうすれば、わたしにできることはいったい。動かない頭を無理やり回す。強迫観念に呑まれて吐きそうになっていた。
そこでふと、原作での知識を思い出す。
そうだ、飛影の、右腕。
彼はこの技を使う際に腕を一本犠牲にしたため、今はもう使い物にならなくなっているはずだ。
わたしは現状を受け止められないあまり、必死にその記憶に縋る。蔵馬はもともと軽い傷で済んでいたし、治療もすでにあらかた終わっている。いまはいったんいいだろう。
なによりもこのタイミングを逃したらわたしの勇気は粉塵と化してしまいそうな気がした。
「ひ、ひえい」
「・・・なんだ。そんな化け物でも見たような顔をして」
あまりにも恐ろしかったからだろう。わたしの声は非常に情けなく震えている。
彼はそんなわたしを馬鹿にするかのように一笑した。しかしわたしはそんなことで引き下がるわけにはいかない。
「う、うで」
「は?」
「うで、見せて。わたし、なおす」
がくがく、ぶるぶる。
もはやほとんど使い物にならないくらい震える両足でわたしは飛影に近づいた。いやだ。怖い。このひと、怖い。わたしとは違う人種だ、違う世界の人間だ。
でも、だけど、この人は飛影だ。
桑原くんの仲間で、わたしだって、ずっと好きなキャラクターだった。
「・・・そんなに怯えくさった顔で何を言うかと思えば。馬鹿にするな、どこも見てもらうところなどない」
冷たい目で見つめられ、わたしの肩はまた跳ねる。怖気づきそうになるも、ここで負けたらもういよいよこの世界に存在したらいけないような気がした。
「・・・あなたが何を言おうと。これが、わたしの、仕事できたから!!!」
わたしはばいんとパックマンを出現させ、ぱっくと飛影を飲み込ませる。彼は突然のことに驚き目を見開いた後、ものすごい形相でわたしを睨んできた。め、めっちゃ怖い。
「女!!!何をした」
「こっここにいたら、げげ元気に、なるので、お、大人しくしていてください!」
「ふざけるな、誰が頼んだ!」
「だ、誰に頼まれずとも!わ、わたしは、マネージャーなんです!」
「殺すぞ!!!」
「ヒッ・・・」
初めて向けられた言葉の暴力に、わたしは体が竦みぼたぼたと両頬から涙が落ちる。蔵馬と桑原くんがそれに驚いて飛影をたしなめてくれていたようだったが、わたしはその言葉すら耳に入らず必死で声を出した。
「そ、それでも、わたしは、あなたを治します!!!!!」
そうでも言わないともうこれ以上彼らと共にいてはいけないと思った。
わたしにできることなんて、これくらいしかないのだから。
えぐえぐと泣きながらもてこでもパックマンを消さないわたしに桑原くんと蔵馬が近寄ってくる。桑原くんはわたしの背中をぽんぽんと撫で、蔵馬はハンカチを渡してくれた。
くそ、情けない。もういい年なのに人前で泣いたりして、恥ずかしい。
妖怪というのは恐ろしい。いや、そもそもこの会場にいるひと全員・・・ひいてはこの世界にいる人間全員が恐ろしい。わたしが彼らと分かり合うことはきっと一度としてないだろう、だってバックボーンがあまりにも違うのだから。
でも、それでも。
わたしはこの世界で、しっかり息をすると決めたんだ。
わたしは蔵馬から受け取ったハンカチでしっかり顔を拭ったあと、溢れそうになっていた鼻水をチンとティッシュでかんで飛影を見つめる。
「悪いようにはしないから、そこで少し大人しくしてて!!!!」
飛影はその言葉にチッと舌打ちをしたあとパックマンを内側から殴った。しかし結界の役目も果たしているパックマンはそれくらいでは動じない。パックマンもひたすらに飛影の腕を治そうとしているのだ。
「・・・良くならなかったら覚えておけよ、女」
「はい!」
飛影は深くため息をついて、そのままずるずると座り込む。膝を立てたそこに頭を乗せ、寝る体勢に入ったようだった。
「(さすがに全快は無理かもしれないけど・・・少しでもよくなりますように・・・)」
ここまできたら意地だ、そう思いながらわたしはぎゅっと自分の服の裾を握る。とにかく少しでもパックマンが飛影の治癒をしてくれるよう、必死で精神を研ぎ澄ますのだった。