黒い羊は旅立った
時空の管理人を名乗る男は言った。
「君の思いが強すぎて、世界すら飛び越えてしまったんだろう」と。
ふと、学生時代に言われていたことばを思い出す。
「八生さんって感情ないみたい」
「いつもお高く止まってるよね」
「隣のクラスの委員長も振られたらしいよ」
「綺麗だけどなに考えてるかわかんないよね」
元の世界でのわたしはきっと、ただの動く人形で。
疎ましそうに向けられる視線を煩わしく思うことすら面倒で。
どこにいっても黒い羊だったわたしはより一層、届きっこないとわかりきっている宝物へと手を伸ばした。
わたしはそうでしか、生きられなかった。
第七話
「改めまして、八生やよいです。さっきはちゃんと自己紹介できなかったから・・・」
無事トーナメントで勝利を収め、目的地を目指す船の中。幽助が連れてきたマネージャーを名乗る女はそう言って微笑んだ。
下がる目尻は睫毛の長さも相まってどこか儚げで、陶器のような白い肌に控えめに差す桃色が愛らしい。
先程は暗い森の中だったためしっかりと認識できていなかったが、電球のついた船中で女はより一層美しく見えた。
「よーーーろしくお願いしまァす!!!!桑原和真どぅえーーーーーーっす!!!!!」
隣で桑原が勢いよく挨拶し、女の手をガシッと握る。彼女はあからさまに顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声でよろしくお願いしますと言った。
桑原に手を握られただけでここまでウブな反応を見せるとは余程男性に慣れていないのだろうか。成人はしていそうだし、こんなにも端正な容姿をしているというのに珍しい。しかし幽助とは普通に話していたな、と考える。
ふと、先程まさかと思った思考・・・桑原をやけに艶っぽい目で見ていたことを思い出すが、まああれは勘違いだろうと思い直した。
そのタイミングで桑原が「ハッ俺には雪菜さんというものがありながら!!!」とバッと離れて頭を抱えたので、やれやれと思いながら彼女の前に出る。
「こんにちは。俺は蔵馬、向こうにいるのが飛影。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
正直桑原相手にあれなら自分が話すと大変では・・・などと思っていたのだが、どうやら杞憂に終わったようだった。
やよいはフツーに、驚くほどフツーーーーーに自分に笑顔を返す。
「飛影くんもよろしくね」
初対面ではとっつきにくいであろう飛影にも彼女は笑顔で挨拶していた。美しい微笑を向けられて飛影が一瞬固まるのがわかる。
あまりこういった反応を見たことはなかったのだが、どうやら飛影も一応女に興味があるらしい。返答をしないくせに自分を凝視して離さない飛影に首を傾げたやよい。その仕草は非常に可愛らしく、やはりどう考えても桑原と接する時と態度が違った。
「あ、小腹空くかなと思ってお菓子焼いてきたんだけど食べませんか?幽助が気に入ってるパウンドケーキで・・・」
まあ幽助寝ちゃってるけど、とやよいは苦笑しながら鞄から包みを出した。なるほどたしかにマネージャー然としたことをする。
どうぞと覆面の人物に小分けされたパウンドケーキを渡し、覆面もそれを受け取った。その様子から改めてある程度親しんでいることは窺える。それから俺、飛影と続き、桑原に渡すところで彼女はまた顔を真っ赤にした。
礼を言って受け取ったパウンドケーキの包みを開けるよりもその様子が気になってしまい思わず見入ってしまう。
「あっ、あの、ぱ、パウンドケーキ、お口に合うか、わかんないんですけど」
「ひぇえー!!!!いいんですか!!!こんな美人が作ってくれたもん絶対うめーに決まってます!!!はっいかんいかん俺には雪菜さんが・・・」
ものすごい勢いで言ったあと頭を振って雪菜の名前を呟く桑原に、やよいは明らかに顔を曇らせ少し悲しそうに微笑んだ。
さすがにここまでくれば、もう彼女の気持ちに気づかないやつのほうがおかしいだろう。
飛影ですら信じられないものを見るかのように口をあんぐり開けてやよいと桑原を見ていた。
どうやらこの美女は、桑原のことが好きで好きでたまらないらしい。