きみが誰かの番になれば解放してやれるのにね

幼い頃から写真を撮られると85パーセント以上の確率でわたしのまわりには白い影のような光のようなものが写り込んでいた。それはもう赤子の頃からそうだったし、その写真からは特段何も嫌なものを感じなかったのでわたしは気にしていなかったのだが、幼稚園、小学校と成長していくにつれ周りの環境は変わっていく。
「あの子と写真を撮るとおばけが写る」
そう噂が立ってしまえば幼い友人達がわたしから距離を置こうとするのは必然で、幼稚園で友達かできないとそのエリア内にある小学校に進学した際に友達ができなくなり、そのまま近くの中学校に進んでも交友関係を広げることができないのは至極当然であった。

そういったことからわたしは就学中に避けて通ることができない学校行事が非常に嫌いだった。特に修学旅行などというのは最悪だ。どこに行くにもグループで行動させられ至る所で写真を撮られるため、わたしと同じ班になりたがる子はおらず押し付け合いになるし、いざどこかのグループに入れてもらっても除け者にされてしまう。慣れっこになったとはいえそういうひとつひとつの経験はわたしに真綿で首を締めるような苦しさをもたらした。いったいわたしが何をしたっていうんだろう。
しかしその修学旅行中立ち寄った神社でわたしがいつも通りひとりでいたとき、たまたま通りかかった神主さんに声をかけられたことは今でもよく覚えている。
「おや、お嬢さん。君には珍しいものがついているね」
「えっ?」
「大事にしなさいよ」
きっといつもの光のことだろうと合点したわたしは神主さんにあの光の正体を聞こうとしたが、集合時間を知らせる声に呼ばれてしまいそれは叶わなかった。


大人になり就業すれば写真を撮る機会は格段に減り、いままでの知人達とは会うこともなくなった。されどもわたしは真っ当な交友関係を築いた試しがないためどうにも人と会話することに苦手意識が拭えない。社会の歯車にはなれたけれども人間としては不十分なままだと劣等感に呑まれていた。それもこれもあの光のせいだといい年になっても責任転嫁してしまう。そもそもあの日、幼いわたしが写真を見て騒めくおともだちに向かって「これはおばけじゃない」と言っていたら幾分変わっていたかもしれないのに。まあ、これが後悔先に立たずというやつだ。

働きはじめて3年程した頃、物好きな男性から週末食事に誘われた。同じ課の後輩だった。先輩として業務についていろいろ教えていたけれど、そういった事に発展するとは全く思っていなかったので驚いた。しかし彼は何事に対しても経験のない初なわたしでも一目でわかるくらい頬を染め声を上ずらせながら食事に誘ってくれたので、なんというかまあ悪い気はせず二つ返事で了承した。その途端ぱああと顔を明るくされたのでわたしもつられて笑ってしまった。もしかしたら初めて、恋というものができるかもしれないと心が踊った。

その日、家までの道のりは足取りが軽かった。珍しく服を新調し、傍目にも浮かれているということがわかるだろう程上機嫌だった。わたしが選んだのは白いワンピースに金糸で刺繍がされているもので、若作りし過ぎだろうかと思いながらもそのワンピースから手を離すことができなかった。いま思えばわたしは根暗な割に、白や金を好んで身につけている。いい一日になればいいなと思いながらクローゼットにそのワンピースを吊るした際他の手持ちの服を見てそう気づいた。

その晩不思議な夢を見た。誰かに叱られている夢だった。「きみ、だめじゃないか。」そう窘められたわたしは首を傾げながらごめんなさいと言った。わたしがいったいこの人に何をしたのか皆目見当がつかなかった。どうしてこの人は気分を害しているんだろう、わからないなりに考えようと頭を悩ませているとその男は落ち込んだような情けないような声で言った。
「いや、駄目なのは俺だな」
言葉の意味を理解できず、どういうことですかと口を開こうとした瞬間枕元に置いてある携帯のアラーム音がけたたましく鳴りわたしは飛び起きた。酷い焦燥感に襲われる。何か掴まないといけないものをすんでのところで逃してしまったような。
寝ぼけ眼でアラームを止め、そのまま布団から出ずに携帯を触っていると珍しくメッセージが一件届いていた。誰だろうと差出人を確認すると件の後輩で、少し胸を高鳴らせながらそのメッセージを見るとそこには「食事、やはりなかったことにしてください」といった旨が丁寧に書かれてあった。わたしは途端心臓の芯のようなところが冷たくなるのを感じ、なんだか情けないやら悲しいやら浮かれていたことが恥ずかしいやらで少しだけ泣きそうになった。わたしはやはり十分の形にはなれないらしい。


その週末、珍しく遠出をした。学生の頃修学旅行で行ったあの神社に無性に行きたくなった。わたしが不十分なのはあの光のせいだろう、何かが憑いているのならいくらでも払うからお祓いというものをしてほしいと思った。電話にて予約を取り、時間通りに着いたその神社。対応してくれるのはあの時の神主さんだった。あ、と声に出すと向こうもどうやら覚えてくれていたようで、「ああ、あの時の」と言った。修学旅行生なんてごまんと目にしているだろうに、記憶力がいいんだなとわたしは感心する。そしてその通りに述べると、いやいやと神主さんは穏やかな笑みを浮かべて首を横に振った。

「君だから覚えていたんだよ。どうやら条件は達したようだね」
「え?」
「審神者にならないかい」
さにわ、聞いたことのない単語にわたしは眉を顰める。皆目検討がつきませんといったわたしに神主さんは丁寧に審神者業について説明してくれた。危ない仕事だと思ったしわたしには到底こなせると思えなかったので断ろうとすると神主さんは苦笑する。
「すまないね。審神者にならないかいと聞いたけれど、君は審神者になる他ないんだよ」
「えっ?」
驚いたわたしに神主さんは続ける。わたしは前世も、前々世も、前前前世もずっと審神者で、記憶がなくともその輪廻からは抜け出せないのだと。

理不尽だと思った。昔々のわたしが審神者とかいうやつだったからといって、どうしていまのわたしもそれに沿わないといけないんだろう。しかし神主さんは穏やかに言う。「そういう契りを彼と交わしてしまったんだね」
彼とは、と聞こうとしてふと思い当たるものがあった。もしかしてそれは、あの、わたしが幼い頃からどこにいってもついてくる、白い光なのか・・・?

わたしはやけになっていたのかもしれないが、なんだかこれはもう避けては通れないもののような気がして神主さんの二度目の確認に頷いた。すると神主さんは政府に連絡してくるからこの書類にサインをして待っていてと怪しい文書を渡してきた。どうせ友人もいない、親兄弟からも疎まれている。乗りかかった舟だ、ええいままよとそれにサインをしたら、室内にいるというのに突然風が吹いて髪がなびいた。

「!」
わたしがびっくりして声にもならない声を上げると、わたし以外だれもいないというのに耳元で誰かが囁く。「どうだ、驚いたか」
驚いたよと思わず口にした瞬間走馬灯のようにぶわあああといままでの記憶が頭に駆け巡ってきた。ああ、鶴丸。今世もずっと側にいてくれたのね。

あの光のせいで自分が不十分の形なのだと思い込んでいたわたしは、むしろそれが真逆だったのだと知る。これからわたしは彼を迎えに行き、そこでようやく十分になるのだ。