04

『やっば! お前普通のいい子ちゃんかと思ったら案外苦労してんだな〜(笑)』

 私の身の上を話したとき、リオンは涙が出るくらい大爆笑をした。

『金なんてバックレたら? え、無理? んー、じゃあサクッとその詐欺グループを壊滅して、じいちゃんに金返してやって、スッキリしてから一般人に戻って好きなことやったらいいんじゃん?』

 まあ私はじいちゃんに金返すまではしなくていいと思うけどな〜、でもその詐欺グループは腹立つからボッコボコにしてやろうぜ! ……そう続けたリオンに、信じられないくらい救われたことを覚えている。
 もう殺し屋として生きるしかできないんだと絶望していた私に、その先を見せてくれたリオンの存在は光だった。私は彼女の言葉に励まされ、坂本くんへの一目惚れに普通の女の子みたいな感情を取り戻し、なんとか、なんとか、なんとか、なんとか、ようやく自分の人生を受け入れて生きることができるようになっていたのに。

「……赤尾は…………死んでた」

 坂本くんからの電話を受け取り、その時そばにいた私に伝えたのは南雲だった。坂本くんからの言葉をおそらくそのまま復唱したのであろう彼の言葉は無機質で、南雲自身その状況をまだ飲み込めていないようだった。

 リオンがいなくなり、私達がORDERに入ってもう一年以上になる。考えたくなくても、信じたくなくても、そうかもしれないと過ぎる思考を止めることはできなかったから、その言葉を聞いた時も心のどこかで「やっぱりね」と思う自分がいた。
 この世界で生きる以上、友人が亡くなるのは仕方ない。仕方ない、仕方ないと言い聞かせているうちに、私は涙も出なくなっていた。

 南雲に対する感情も、坂本くんに対する気持ちについても考える余裕なんてないまま、ただひたすらリオンを見つけるために尽力してきた。けれどもそれも、もう終わった。……終わってしまったのだ。
 終わってしまったら、ただ。もう、自分の人生を生きるしかない。

『サクッとその詐欺グループを壊滅して、じいちゃんに金返してやって、スッキリしたら一般人に戻って好きなことやったらいいんじゃん?』

 ……リオンはそう言ってくれた。だから私には、泣いている暇なんてない。



 あれからさらに月日は流れ。私はサクッと詐欺グループを壊滅して、おじいちゃんにお金も返し終えた。そして最近、自分の人生について考えている。
 ORDERにまで入っておいてこう思うのもなんだが、やっぱり私は全く殺し屋に向いていない。リオンの死の真相を探るため、ORDERとして頑張ってはいるが、もしも何かがわかったところで彼女が帰ってくるわけではないのだ。そう思うと情けないことに、人を殺す方がキツくなってきている自分がいた。

 引退しようかなぁ。でも引退して何をしよう。……もしも親が詐欺に遭わなくて、私も殺し屋になんてならなくてよかったなら、私は普通に勉強して今頃は大学生でもやっていたと思う。ちょっと遅れているけれど大学受験でもしてみようか。それとも普通に就職先を探してみようか。でも、やっぱりリオンと有月憬について、ちゃんと解き明かしたいし……。

 なんて、悶々とそんなことを考えていたとき、珍しく坂本くんから私と南雲に食事の誘いがあった。任務の後に流れでご飯に行くことはこれまでも時々あったが、わざわざ時間を合わせるなんて学生の時以来だ。
 なんだろう、と思いながら私は待ち合わせ場所に行き、お店に案内されて食事を注文した直後、「お前たちは友達だから言っておこうと思う」という前置きの後坂本くんが発した言葉に耳を疑った。

「引退する。……結婚したい人がいる」
「「えっ!?」」
「もう殺しはしない。決めたんだ」

 突然の引退宣言と結婚宣言。それに呆気にとられて固まっていると、私の隣に座っている南雲が目を丸くしながら聞いた。

「突然だね〜。何の子?」
「たまたま入ったコンビニの店員で……一目惚れした」
「ひっ……」

 一目惚れ!?!? 坂本くん、一目惚れとかするの!?!?!?

 私が抱いていた坂本くんのイメージからかなり遠い発言に驚くも、よく見ると彼が……どこか空虚な瞳をしていたはずの彼が、以前とは違う光を目に宿していることに気づいた。

 ああ、坂本くん、本当に素敵な人に出会ったんだな。私はそう納得して、……昔あんなに坂本くんに焦がれてまともに話すこともできなかった自分を少し哀れに思って、ちょっとやっぱり寂しくて、でも彼が幸福であることが嬉しくて、いろんな感情がごちゃ混ぜになった。
 けれどもそれらに一度蓋をして、私は笑顔を作る。

「……そうなんだ、おめでとう。とびきり幸せになってね」

 驚く程スムーズに出た言葉に、自分の恋の終わりを知る。ありがとう、と坂本くんは薄く笑んだ。こんなにちゃんと坂本くんと目を見て話をしたのも、彼の笑顔を見られたのも、人生で初めてだった。

 そしてその食事が終わった後、彼女さんを迎えに行くという坂本くんだけ別方向に向かい、私は南雲と二人きりになった。
 ……南雲と二人になるのは相当久しぶりだった。あの遊園地に行った日をひどく遠くに感じる。

 坂本くんと南雲、二人への感情に整理をするどころか、リオンがいなくなった後の私は何か大切なものをなくしてしまったみたいにありとあらゆることに心が動かなくなっていた。
 初めて人を殺した日も、詐欺グループを壊滅させた日も、おじいちゃんに借金を返し終えた日も、私は自分が喜んでいるのかなんなのかよくわからなかった。そんな私が南雲と二人で何を話したらいいのかも、今ひとつわからない。
 どうしたもんかな、と思っていたら、南雲が口を開いてくれた。

「突然だったねー、坂本くん」
「ねー。……びっくりした」

 一目惚れ。一目惚れかあ。坂本くんはいったいどんな人に恋をしたんだろう。彼はどんな人をかわいいと思うのだろう。見てみたいような、絶対見たくないような。……さっき坂本くんを目の前にしていたときは案外大丈夫だったのに、考える程に少しづつ心の中に澱がたまるように苦しくなる。

 そうか、私は失恋したんだ。……そうか、これが失恋か。ちょっと悲しいけれど、リオンが死んだ時と比べたらぜんぜん平気だから、まあ大丈夫だ。……大丈夫、だ。

「大丈夫? ……じゃなさそ〜」
「え」
「君わかりやすい上にごまかすのがとことん下手なんだから、変に我慢しない方がいいよ」
「ぐ……」
「いいじゃん。坂本くんのことはちゃんとお祝いできてたし、いま一緒にいるのは君が坂本くんのことを好きだって知ってる僕だけなんだから」

 泣いてもいいよー、ハンカチあるよー、と南雲は笑顔で白いハンカチを見せてくる。それに私は笑って、「大丈夫」と言った。

 あの観覧車に乗った日からけっこうな年月が流れた。南雲ももう私のことなんてなんとも思っていないだろう。坂本くんの結婚報告にあてられたのか、あの時南雲と付き合っていたらどうなってたのかな……なんてどうしようもないタラレバを考える。
 ……南雲も実はもう、いいひとがいたりするんだろうか。

「……南雲は結婚のご予定は」
「え、ないけど」
「そっかー……」

 よかった、と心のどこかでほっとしてしまう。これはいったい何でだろう。南雲にいいひとがいたら寂しいから? それはなんで寂しいんだろう。
 リオンがいなくなってからずっと、恋愛なんて考える余裕もなく時が止まったかのように生きてきた自分が置いていかれるみたいで焦るからだろうか。……なんて考えていたとき、南雲がこちらをじっと見つめた。

「……なに?」
「君この後予定は? 時間ある?」
「え、うん……一応」

 もう一軒行こうとかそういうのだろうか。私がそう首を傾げると、南雲は「ちょっと待ってね」とスマホを触り始めた。店でも選んでくれてるのかな? と首を傾げると、「ここなら間に合うな」と呟く。 そして突然私の手を取った。

「へっ?」
「行くよ!」
「わっ!? ちょっ、南雲!?」

 どこ行くの!? そう聞いても南雲は答えず走り出す。えっ何!? 意味わかんないんだけど! そう思いながらも私は彼について足を動かした。
 ……なんだかまるで学生の時みたいだと、ちょっと愉快になりながら。



「で、電車……? 電車乗るの?」
「うん!」

 南雲に連れてこられたのは駅だった。言われるがままにICカードを翳して改札に入る。どこに行くのと聞いても「まあまあ〜」と流されて教えてくれない。
 昔、特訓と称してよく一緒に出かけた時期のことを思い出した。あの時も直前になるまでどこに行くのか教えてもらえなかった。……そういうサプライズが好きというか、驚かせるのが好きなところは変わっていないんだなあと思う。にしてもほんと、夜ご飯も終わってもう八時半とかになるのに、二軒目以外でいったいどこに行くんだ……と思っていたら南雲が口を開いた。

「こうやって二人で出かけるの、久しぶりだねー」
「ほんとだね。……なんかすごい昔みたいに感じる。そりゃ坂本くんも結婚したりするよなあ」

 そう言いながら、自分が少しだけ坂本くんに少しだけ負の感情を抱いていることに気づく。
 ……リオンがいなくなってから自分はそれどころじゃなかったけれど、坂本くんは普通に好きな人ができて、その人と関係を育んだりできたんだ。いつまでも喪にふくしたり落ち込んだりするべきだというわけではないけれど、自分がこれっぽっちもそんな気になれないままここまで来たから驚いてしまった。
 でも、自分がそんな生き方をしていたからって坂本くんにまでそれを求めるのは違うな。リオンだって、いつまでも自分を引きずってうじうじされているより、楽しく生きていた方が喜んでくれると思う。

 ……私も出会いの場にでも行こうかな。就職したり受験したりもそうだけれど、もうちょっとくらい恋愛経験も積んでおくべきなのかもしれない。なんて考えてると南雲がまたじっとこちらを見てきた。

「なに?」
「いや、なんか……悩んでる?」
「バレた? ……私も最近引退考えててさ」
「そうなんだ」
「うん。詐欺グループは壊滅させたし、おじいちゃんに借金も返したしね。……昔、全部スッキリしたら一般人に戻ればいいじゃんってリオンに言われたのがずっと残ってて。まあ一般人になったところで何すんのって感じだけど」

 いまさら一般社会で生きる自分とかちょっと想像つかないよなぁ、と苦笑すると、南雲は存外真剣な顔で相槌を打ってくれた。

「……いいんじゃないかな。君、殺し屋向いてないし」
「同僚にそれ言う〜?」
「君はずっと殺し屋に向いてないところがいいんだよ」
「?」

 どういうこと? と首を傾げると、南雲は思い出したように笑い、懐かしそうな顔で続けた。

「最初に君を見た時、あまりにも浮いててびっくりしたんだよ。一般人がこんなところに紛れ込んでると思って」
「そんなに?」
「そんなに。でも坂本くんとか赤尾とかと一緒にいるし、……面白くなって近づいて。やっぱり変わってるなと思った。どれだけ経っても君って顔が一般人のままなんだもん」
「バカにしてる?」
「してないしてない。……ずっとすごいなと思ってたんだよ、向いてない世界で一生懸命頑張って生きてる君のことを」
「……」

 そういう風に言われると、なんというか、どういう顔をしたらいいのかわからなくなる。私はポリ、と指で頬をかいた。褒められているのか貶されているのかよくわからないけど、ずっと私のことを南雲が見てくれていたのはわかる。

「……君、ORDERに入ってからも、いつも可能な限り痛くない殺し方をしようと心がけてるでしょ。そのために人体の勉強もよくしてる。でも仕事はしっかりこなす。……そういうバランスがすごいと思うしいいなと思う」
「……ありがとう?」
「うん。だから君ならどこへ行ってもやっていけると思うよ」
「…………」

 にっこりと笑って南雲は言う。その言葉には説得力があって、私の心はすっと楽になった。……頑張っているところを、ちゃんと見てくれている人がいるって、幸せな事だと思う。

 やっぱりこの世界から足を洗おうかな。そう思ったとき、ひゅるるるる……と笛のような音がした。反射的にその音がした方向を見ると、……窓の向こうで花火が上がっている。しかも、けっこう近い。

「うん、間に合ったね〜」
「え?」

 それを見た南雲が満足そうに言った。……花火。そうか、南雲はこれを見せたかったんだ。

「綺麗。さっき調べたの?」
「今日出かける時にけっこう浴衣を着た人を見かけたから、そういえばそんな時期かって覚えてたんだ」
「そっかぁ……」

 じゃあこれから電車を降りて花火大会の会場まで向かうのかな。いいなと思ったけれど、私たちがいま乗っている電車って次の駅までけっこうあった気がするし、もしそこから会場まで歩くとなったらけっこうギリギリな気がする。まあでもラストに間に合えば十分か、遠くからでも綺麗だし……と思っていたとき。

「エッ!?」

 突然体がふわりと浮いた。何!? と理解しきる前に、突然間近に迫った南雲が言う。

「じゃ、しっかり掴まっててね」
「えっ? えっ、え、」
「行くよ〜」
「ッ!? きゃ、あーーーーーーーーーー〜〜〜〜〜っ!?!?!?」

 ガラリと開けられた電車の窓。南雲に姫抱きされた私。南雲は私を抱えたまま、電車から飛び降りた。

 明るかった車内から、突然放り出された夜の闇。しかし暗闇なんて一瞬で、また笛の音と共に花火が上がっていく。
 ドンッ! と大きな音がして、夜空に花が咲いた。南雲の顔が照らされる。その美しさに目を見開いたとき、彼が言った。

「好きだよ」
「っえ!?」
「ずっと君のことがすき」
「〜〜〜〜〜ッ!?」

 急に何!? と驚いているうちに、トンッと音を立てて地面に着地した。地面というか完全に、知らない人の家の屋根の上である。

「うん、ここやっぱりよく見えるね〜」
「な……な? ななななな、なっ、何ッ!?」

 混乱する私を地面に座らせて、南雲も右隣に満足そうに腰掛ける。「あ、どうせならお菓子と飲み物とかも買っておけばよかったね〜」なんて笑う南雲に全く理解が追いつかない。
 え、私いま、なにか言われませんでした? 幻聴??? そんなふうに混乱している間にも夜空には花火が上がり続ける。キラキラ、キラキラ、キラキラ輝く。
 あまりの情報量の多さにフリーズしそうになっていると、南雲がきゅっと私の手を握った。

「また花火を見に行こうって約束したでしょ、昔。覚えてる?」
「お……ぼえてる。観覧車の中でしょ」
「そう。あの時の花火も綺麗だったよね〜」

 ひゅるるる、ドンッ! ひゅるるる、ドンッ! どんっ、どんっ、ドンッ!!

 私達が話をする向こう側で、花火はどんどん上がり続ける。その音に負けないように珍しく声を張って話すけれど、やっぱり聞こえづらい。だからどうしても距離が近くなる。
 ……あの観覧車を思い出す。

「君の心の整理がつくのを待ってたはずなんだけど、なんかいつの間にか君、僕が待ってること忘れてたでしょ」
「え……」
「だからもう待ってあげない。坂本くんの結婚で複雑な思いをしてるだろうし、引退を機に新しい出会いでも探そうと思ってるんだろうけど、そんなの絶対に許さない」
「ッ、」
「君のことはとっくの昔に僕が予約済みなんだから」

 そう言って南雲が私の左手に口付けた。
 ……昔同じことをされたのを、思い出す。

「……挨拶?」
「そんなわけないでしょここ日本だよ」
「ねえあんたが昔挨拶って言ったんだけど」
「覚えてないな〜」

 絶対覚えてるくせに、と唇を噛む。そんな私に南雲は笑って、まっすぐに私を見つめた。

「好きだよ。あと、君も僕のことが好きだよ」
「……そ、んな告白の仕方、ある〜?」
「だってそうじゃん。まだ何か迷うことがある? 迷ったところでどうせ最後は絶対僕に落ち着くから、さっさと諦めて素直に僕と付き合おうよ」

 ね、と南雲はにっこり笑う。そんな彼にぐぬぬ、と私は言葉を詰まらせた。

「つ、付き合うとか……よくわかんない」
「知ってる」
「……リオンがいなくなってから、ずっと自分の気持ちも、よくわかんない」
「……それも、わかってる」

 花火が打ち上がる音がするのに、そちらを見る余裕がない。私は光に照らされる南雲から目を逸らすことができなかった。そんな私に南雲はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……赤尾がいなくなって参ってる君を見て、あの観覧車の中で待つなんて言わずにとっとと告白しておけばよかったって何回も思った。……そしたらまだ、 支えてあげられたのにって」
「……でもあんたも参ってるじゃん」
「それはそうだね〜」

 でもアイツの死の真相はぜんぶ僕が見つけ出すから、君は安心して一般人に戻ったらいいよ。南雲はそう言って笑う。

「……それじゃ南雲一人だけしんどいじゃん」
「君が向いてない仕事をして消耗してるのを見てるのも、けっこうしんどいよ」
「…………南雲ってちょっと優しすぎない?」
「まあそりゃずっと君のことが好きだしね」

 優しくもなるよ、と南雲は笑う。そんな彼に、なんだか目の奥が熱くて痛くなってくる。
 ……涙なんて、リオンが死んだ時ですら出なかったのに。なんで、今になって。

「君はこの世界に入ってからずっと無理をしてるでしょ。だからどんどん自分の気持ちがわからなくなって、涙もうまく出ないんだよ」
「……南雲は泣くことあるの」
「それは内緒だけど〜」
「……」
「でも僕は、君が僕の代わりに泣いてくれるとちょっとだけ楽になれるよ」

 南雲はそう言って、私の頬に伝う涙を拭ってくれた。
 ……それってなんだか、二人でようやく一人前みたいだ。リオンがいなくなってぽっかり空いた穴はきっとこれからも埋まることはないだろう。けれども南雲と抱きしめあっていれば、塞ぐことくらいはできるのかもしれない。

「……南雲と私が付き合ったら、リオンがまさかって笑いそー」
「うーん……時間かかりすぎだろってもうずっと笑われてる気がするな……」
「え? なんて? 花火でよく聞こえなかった」
「なんでもないよー」
「わ、」

 南雲はそう言って私の体を抱き寄せる。あたたかくて、大きい。久しぶりに嗅ぐ南雲のにおい。
 そうだ。南雲といると楽しくて、落ち着いて、ドキドキする。この複雑で形容しがたい感情を、人は恋と呼ぶのかもしれない。
 南雲の胸の中に顔を埋めた。彼の心臓がトクントクンと動いている。あたたかくて、優しくて、静けさに包まれて。こんなに穏やかな空間が、この世界にあったことに驚く。
 ……そして同時に、あれ? と気づいた。

「……あれ、なんかいつの間にか花火終わってない?」
「え。……あ、ほんとだ。もう九時じゃん」
「えーーーーっ! ぜんぜん見た気がしない!!」

 ガバッと南雲から離れて会場の方に目をやるも、そこには花火の名残だろうか、薄い煙が漂うだけ。……どうやら南雲に気を取られているうちに打ち上がりきってしまったようだ。

「わーんもったいない……! せっかく久しぶりの花火だったのになあ……」
「まあでも明日は××と△△で花火大会があるし、一週間後にも□□と〇〇と▽▽であるし、その次にも」
「待って待って待って。花火大会に詳しすぎない? 花火マニアか何かでしたっけあなた」
「いや実は今年こそは任務にかこつけて君のことを誘おうと思って下調べしてたんだよね」
「怖」
「怖。じゃないから。喜ぶところだから、僕のこの真っ直ぐな気持ちに」
「笑」
「笑。じゃないから!」

 もう! とわざとらしく怒る南雲に思わず笑ってしまう。……ああ、こんなに声をあげて笑うのは久しぶりだ。
 そうだ、この人と一緒にいると、私は肩肘張らずに……等身大の、普通の私でいられる。
 いろんなことがあった。いろんなことがあったけれど、南雲と一緒なら……この人と一緒なら、前を向いて、上を向いて、しっかり生きていけるかもしれない。
 その時、あっと南雲が声を出した。

「流れ星」
「ウソ、見逃した」
「大丈夫、君の分もお願いしておいたから」
「えっなんて?」
「南雲くんとずっと幸せでいられますようにって」
「ちょっと捏造しないでくれない?」
「え、違った?」
「…………内緒」
「笑」
「うっざ」

 茶化してくる南雲から顔を背けると、そこには丸い月が浮かんでいる。白くて高いその月に、四人でJCCに帰ったあの日や南雲と二人で歩いたあの日を重ねながら噛み締めた。
 確かに月はずっと綺麗だ。ずっとずっと、ずっと綺麗だ。

「……次は浴衣でも着て花火大会に行きたいなあ、与市さん」

 気恥ずかしくて小さな声で言うと、彼は目を見開いた後とびきり優しい笑顔で頷いた。
 もちろん、と私をまた抱きしめる与市の首筋にすり、と甘える。長かったなぁ、なんて言いながら私の髪を撫でるその優しい手。私はこれを絶対に離さないと、絶対に守ってみせると思いながら目を閉じる。
 ぜんぶ背負って愛そうと、固くここに決意する。